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第三十四話 ジョニーの本気

 決闘を明日に控えたその町外れの荒野では、夜空に轟かすようにいくもの銃声が響き渡っていた。

 あたり一面に包まれる闇を照らすはただ一つの月明かりのみ。


 そんな月明かりに照らし出されるのは巨大な影一つ。


 その影に別の影が一つ近づき、

「随分せいが出るねぇダニエルの旦那」

と声をかけた。


「チッ、なんだジョニーてめぇか」


 ダニエルが顔を顰め、舌打ち混じりの台詞をはく。


「なんだとはあんまりだねぇ、せっかく見守りにきたってのに」


「チッ、気持ち悪い事いうなっての」


 そういうとダニエルは、再び愛用のコルトSAAを構え離れに置かれている酒瓶めがけて撃ち込んでいく。

 夜空に数発の銃声が響くと、その音の数だけ酒瓶が粉々に割れ散った。


「ナイスショット」


 その腕前に、ジョニーが拍手をしながら感嘆の声をあげる。


「ケッ、てめぇに褒められても嬉しくもなんともねぇ」


 そう言いながらダニエルは近くの手頃な岩場に腰をかける。

 それにあわせるよう、ジョニーは近くにポツンと一本だけ生えている枯れ木に背中を預けた。


 ダニエルはジョニーの方を伺いみながら、

「本来なら明日はてめぇとの決闘の日だったな……」

と若干顔を俯かせながら、そんな何気無い一言を呟いた。


「あぁ、そういえばそうだったなぁ、おいらすっかり忘れてたさぁ」


 ジョニーは相変わらずの軽い口調で言葉を返す。

 するとダニエルは目を伏せ、少し寂しそうに言葉を続けた。


「全く、結局てめぇとの決着は付けることができなかったな」


「……なぁにいってんだか、あれは明らかに、おいらの負けで間違いないだろうって」


 ジョニーは苦笑いを浮かべながら、そう応える。


「俺が言ってんのは、本気のてめぇと決着を付けることが叶わなかったって意味だよ」


「いやいや、おらぁ充分本気だったぜ本気で走ったさぁ」


「そういう事いってんじゃねぇよ! このすっとこどっこい!」


 真剣に話を進めようとするダニエルに対し、あくまで軽い口調を変えないジョニー。

 その態度にダニエルのイライラが募っているように見えた。


「やれやれ、しかしなぁ、旦那は少々おいらの事を買いかぶり過ぎだぜぇ。一体なんだってそんなにおいらとの決闘にこだわっていたんだい?」


 ジョニーはやれやれと肩を竦めると、ダニエルに疑問の言葉を投げかける。


「……てめぇが最初に町にやってきた時の事を覚えてるか? サニーがごろつきに絡まれていた時だ」


「あぁ、ありゃあ情けない姿を見せちまったねぇ」


 ダニエルの話にジョニーは頭を掻きながら照れくさそうに答えた。


「……確かにな、だが結果的にてめぇはサニーを助けてくれた」


「いやぁ、あれは助けたなんて大層なものではないさぁ、俺にとってラッキーだったってだけでね」


「ラッキーか……だがなジョニー、あの時最初にお前がごろつきの顎にヒットさせたテーブル……」


 そう言いながらダニエルはじっと真剣な表情でジョニーを見据え言葉を紡ぐ。


「ありゃあ、テーブルの天板に比べて脚側の方が圧倒的に重てぇんだよ」


「……へぇ、そうだったのかい、おらぁ全く気付かなかったなぁ」


 ダニエルの話を理解できてないかのようにジョニーが振舞う。


「ちっ、とぼけてんじゃねぇ。いいか? 脚の方が重いってことは、あの時ごろつきの顎をヒットさせたのは偶然なんかじゃないってことだ」


「……」


 ジョニーはダニエルの話を黙って聞いていた。

 そんなジョニーの様子を窺いながら、さらにダニエルは話を続ける。


「そう考えてみたらあれは偶然にしては出来過ぎだった。だが全て狙ってやったことなら合点がいく」


「……それこそ買いかぶり過ぎだぜダニエルの旦那。まぁあれだ、あの時は恐らく必死で火事場の糞力ってやつかい? それが発揮されちまったんだよ」


「……そうかい、だったら再びその火事場の糞力ってやつを発揮して貰おうか」


 そう行ったと同時にダニエルが立ち上がり腰の拳銃に手をかけた。


「……おいおい、一体何の冗談だい?」


「抜けジョニー! ここで決着をつける!」


 ダニエルの表情は本気だった。


「……なぁダニエルの旦那、決闘は明日だぜ? ここでこんな無駄なことしても疲れるだけで意味がないだろう」


「意味はあるさ。明日の決闘、少しでも勝てる可能性の高いほうが出るべきだ。だから……俺とお前、勝った方が明日の決闘に挑むべきだ」


「……やれやれだぜ。相変わらず強引だなぁダニエルの旦那は、こっちの都合なんかお構いなしなんだからなぁ」


 そう述べながらジョニーは呆れたように両手を広げた後、表情をかえ……腰のガンベルトに手をかけた……


 しばし二人の間に緊張感が漂う。

 そして双方が腰の拳銃を抜いた瞬間。

 ジョニーの手元から黒い塊が回転しながら明後日の方向へと飛んでいった。


「……」


「……」


 その時、先ほどとは違う意味での沈黙が訪れた。

 ダニエルの視界には指だけで構えを取るジョニーの姿。


「あ……あははははは、いやぁまいったねぇ。久しぶりに抜いたもんだから上手くいかなくてねぇ」


 ジョニーは構えをとくと、バツが悪そうに後頭部に手を添えながら苦笑いを浮かべる。


「くっ……お前に期待した俺が馬鹿だったぜ!」


 呆れたような……腹に据えかねたような、そんな言葉をジョニーにぶつけ、ダニエルは拳銃をしまった。



 ジョニーとの対決を諦めたのか、ダニエルは溜息をつきながら再度岩場に腰をかける。

 ジョニーはと言うと、飛んでいった銃を気恥かしそうに取りにいっているところだ。


 そしてジョニーは落ちている拳銃を拾い上げ、ガンベルトに収めつつダニエルの方へ振り返るとその口を開く。


「なぁダニエル、おらぁもっと自信もってもいいと思うぜ。なんせ毎日のように寝る間も惜しんで練習してんだ。その努力……きっと報われるにきまってるさぁ」


「……チッ、知ってやがったのかよ」


「まぁね、おらも最近は夜ふかしが過ぎてね」


「……なぁジョニー、正直言うと俺は後悔もしてるんだ。あんな安い挑発にのっちまって……俺は単純だからよ、頭に血が上ると見境がなくなるっていうか……」


 ダニエルはがらにもなく自虐的な台詞を吐き出す。

 まるでボスの座を明け渡したゴリラのようにその身が縮こまっていた。


「まぁ確かにダニエルの旦那は後先考えないところがあるからなぁ……でも今回はそれで正解だったとおらぁ思うなぁ」


「チッ、勝手なことばっか言いやがって。結局そのせいで町のみんなにもサニーにも迷惑かけちまってるっていうのに……」


「だけどなぁ、例えばあの時もしその条件をのまなかったら奴らの事さぁ、もっと強引な手段に出てたかもしれない。そうなったら何かしらの被害がでてたかもしれないだろ? それに町の皆はあんたの事が好きなんだ、だから誰も迷惑だなんて思ってないと思うぜ」


 ジョニーはダニエルを擁護するように言葉を述べる。


 だがそれでも浮かない表情のダニエルは、

「だけど、もし明日俺がまけちまったら!」

と弱気な台詞を吐き出した。


「……大丈夫だよダニエルの旦那、幸運の女神さまは気まぐれだが、それでも最後には正しい者の方へ振り向いてくれるものさ。おらぁ明日は女神様が必ずダニエルの旦那に振り向いてくれると信じてるぜ」


「ジョニー……チッ、まさかお前に慰められるとはなぁ、全く俺も焼きが回ったもんだぜ!」


 そう言うとダニエルはいつもの強気な表情に戻し立ち上がる。


「ちっ、こうなったらもう細かいことを気にするのはやめだ! 明日は必ず勝つ! それだけだ!」


 完全にいつもの調子に戻ったダニエルは空を見上げるようにして声を張り上げた。


「その意気だぜぃダニエルの旦那」


 ジョニーは親指を立てながら笑みを浮かべそう返した。


「あぁ、せっかくシェリフにもこの銃の整備をやってもらって準備万端なんだ! みんなの期待にはこたえねぇとな」


「うん? なんだい旦那シェリフが銃の整備をしてくれたのかい?」


「あぁ、まぁ正確にはシェリフの知り合いに腕の良い整備士がいるらしくてな、おかげで調子はばっちりだぜ」


 そういいながらダニエルは腰から拳銃を抜き構えをとってみせた。


 そんなダニエルのポーズを真剣な眼差しで見るもジョニーはすぐに表情を変え、

「そうかい……だったら明日の決闘はダニエルの勝利で間違いないねぇ」

と言って夜空を見上げた。

 夜空に輝く満天の星たちは、まるで明日の勝利を祝ってくれているかのようであった――






◇◆◇


 町を朱色に染め上げていた夕日が、まもなく西の空に沈もうかとしている頃。

 町の中心では二人の男が睨み合っていた。


 睨み合う男の一人は死神バレットと呼ばれる賞金首。

 その周りにはジム・クリムトンとその取り巻き達の姿。


 そして相対するもうひとりの男は勿論ダニエルである。

 そんなダニエルの周りにはサニーを含め町の住人達が皆集まってきていた。


「よく逃げずにいられましたねぇ、それだけは褒めてあげますよ」


 ジムが片眼鏡に指を添えながら見下すような目つきでそう述べた。


 するとダニエルは、フン! と豪快に鼻息を鳴らし、ジムとバレットを交互に見ながら、

「そっちこそよく逃げずにやってこれたもんだな、褒めてやるぜ!」

と強気な台詞を言い放った。


「全く、減らず口だけは立派なものですね。バレットさんもそう思うでしょう?」


 ジムはバレットに目をやり、確認するように話をふる。


「いやいやこの男は大したものですよ。この間、ちょっと話した時にも中々の反応でね、今日はいい勝負が出来そうだ」


 等と心にも無いような事を言うと、バレットはダニエルに向かって歩み始める。

 眼の前で立ち止まったバレットに対し訝しげな表情を見せるダニエル。


 するとバレットは突如ガンベルトから愛用の拳銃を取り出し、手首のスナップもきかせ華麗にガンスピンを見せ始めた。


 ダニエルの目の前でバレットは拳銃を縦や横に器用に回転させた後、ダニエルの方へグリップを向けた状態で拳銃を差し出す。


「……いったい何の真似だ?」


「なに、戦いの前の儀式みたいなものだ。俺はいつもこうやってお互いの拳銃を交換し見せあうのさ」


 ダニエルはバレットの表情を窺いながら、自らの銃も取り出しお互いの得物を交換しあった。


「……全く変わった銃だな」


 ダニエルはバレットの拳銃をマジマジと眺めながらそう呟くように言った。


「褒め言葉だととらえさせてもらうよ。しかしこれも中々いい銃だ」


 バレットはそう言いながらダニエルのコルトSAAで軽くガンスピンを決め、先ほどと同じようにグリップ側をダニエルに向け差し出した。


「フン!」


 ダニエルは鼻息を荒げ、愛用の銃とバレットの銃を再度交換させた。


「これで準備はOKだな」

とバレットが確認するように言う。


「俺はいつでもいいぜ」


 ダニエルが口元を引き締めそう返し、腰のガンベルトに手を添えると、

「それでは始めて頂きましょうか」

と言いながら、ジムはいつものように片眼鏡を弄りさらに話を続ける。


「お二人共、ルールはわかってますね? お互い背中合わせになり、一歩つづ歩みを進め、一〇歩目でお互い振り返り撃ち合うのです。そして一発でも先に当てることができた方を勝者とします。ここまでは大丈夫ですか?」


「あぁ大丈夫だ」


「問題ない」


 ジムの説明にたいして二人が返答した。


「ふふ、ダニエルさん出来るだけ死なないようにしてくださいよ。借金のかたに色々と貰い受けなければいけないですし、死なれると面倒な事になるので……」


「ケッ! まるで俺が負けるような言い草だな」


「いえいえ、そのような事はもうしてませんよ。まぁ精々頑張って下さい。それでは……始めましょう」


 ジムが大げさな身振りでそう言うと、バレットとダニエルが位置につき、お互いの背中を合わせる。






◇◆◇


 ジョニーは遠巻きからバレットとダニエルの姿を視界に捉え、その様子を見据え続けていた。


 ジョニーは二人の対峙する決闘場所に向かわず、そこから少し離れたところにある馬小屋の屋根に乗り決闘の様子を眺めている。

 屋根の上からはバレットとダニエル、二人の動きがよく見えた。


 ジョニーの瞳にお互いが銃を交換しあう姿が映し出される。

 そしてバレットはダニエル愛用のコルトSAAを、自らの腕前を披露するがごとくガンスピンといわれるアクションを決めダニエルに銃を戻した。


 それに伴いダニエルもバレットに銃を手渡す。

 そしてジムも含めた三人が言葉を交わしたあと、ダニエルとバレットがお互いの背中を合わせる。

 いよいよ決闘が始まり、お互いが一歩ずつ大地を踏みしめはじめた。


 一歩、二歩……と二人が脚を進めていき、そして最後の一〇歩目に差し掛かったその時。

 お互いが振り向くと同時に拳銃を抜きあう姿がジョニーの瞳に映し出された。


 その時心地よい風がジョニーの体を包み込む。

 風にのった硝煙の匂いを、ジョニーの鼻の粘膜に纏わりつかせながら――






◇◆◇


「ま、まさか……そんな、馬鹿な!」


 ジムが唖然とした表情で声をあげた。

 その様子からひどく動揺しているのが見受けられる。

 バレットとダニエル――決闘が開始されルールに則り互いが大地に一〇歩目を踏み込んだ瞬間、お互いが振り返るど同時に激しい銃声がRock Townの町に轟いた。


 そして、その瞬間、空中に浮き上がった一丁の拳銃――それに刻まれるはドクロの刻印。


 そして、ダニエルの手には愛用のコルトSAAがしっかりと握り締められていた。

 勝負を決めたダニエルの視界には、バレットの銃が空中へと弾き飛ばされ、小気味よい回転音を奏でながら大地へと落下する様がスローモーションのように映し出されている。


 バレットは困惑した表情を浮かべながら右手を押さえ、思わず、クッ! という悔しそうな声を漏らす。


 しかし恐らくこの状況を最も理解できてなかったのはダニエルを含むRock Townの住民たちであろう。


 その場に暫くの沈黙が生じる。

 だが、沈黙の後訪れたのは住人たちから湧きおこる怒涛の歓声であった。


 そして最も驚きの表情を浮かべていたダニエルが思わず、

「やった……やったぞおぉぉぉぉぉぉ!」

という勝利の雄叫びをあげる。


 その様子を苦々しい表情で見つめるバレット。


 そして茫然自失といった感じで立ち竦むジム目掛けてダニエルが指を突きつけながら、

「さぁ! これで借金は無しって事でオッケーだな? 悪いが約束は約束だ! 素直に諦めてとっとと帰るんだな!」

と堂々と言い放った。


 するとダニエルの言葉に追従するように、町の住人から、そうだっとっとと帰れ! や、もう二度とこの町に近づくんじゃねぇ! といった罵声が借金取りの連中に浴びせられる。


「く……くそ! とりあえず、戻りますよ!」


 ジムは悔しそうに声を張り上げると踵を返した。その動きに合わせてバレットや取り巻きたちもその身を翻し、渋々と町を後にするのだった――

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