第三十二話 よそ者ジョニー
その町は山々に囲まれた荒野の中にあった。
その町の入り口となる位置には【Rock Town】と書かれた簡単な作りの看板が飾られており、町の真ん中を簡素に整地された道が西から東へ突き抜けてある。
そして町の周りに広がる山々にはダニエル家の所有する鉱山が存在する。
そして町を丁度半分に北と南に分断させる形で北側には八軒の民家や牧場と鶏小屋。
南側には民家が七軒と馬小屋、そして鉱山で働く男達にとって夜の憩い場と化している酒場が一つ建っていた。
この町は、今は亡きダニエルの父【ビリー・ザ・ロック】が開拓し作り上げた町であった。
ビリーはこの町に住む住人たちをまるで家族のように愛し誰にも分け隔てなく接していた。
その為ビリー自身も町の住人に慕われ続けていたのだが、数年前急病によって惜しまれながらもこの世を去ってしまう。
しかしその意思は息子のダニエルにもしっかりと引き継がれ、父親同様ダニエルもまたこの町で住人に愛され続けている。
そんな町に……よそ者ジョニーと呼ばれた男がやってきたのは、あの酒場での出来事の一ヶ月ほど前の話であった。
「――あん? 一体なんなんだテメェは!」
ガラの悪そうな男が立ち上がると同時に発した怒鳴り声が店内に木霊する。
週末の酒場ではサニーのダンス見たさに多くの客たちが押し寄せるが、時折こういった面倒なごろつきがあらわれる。
その日もダンスを終え店内に顔を見せたサニーによそ者のゴロツキふたりが嫌らしい言葉を吐きながら絡んでいた。
その男たちのしつこさに、サニーもすっかり困り果てていた頃。
ひとりの男がカウンターから立ち上がり、ゴロツキ共とサニーとの間に割って入ったのである。
その事に腹を立てたのか、恫喝するように怒鳴り声をあげるゴロツキに対しその男は口をひらく。
「おいらかい? おらぁジョニーってちんけな男さぁ」
ジョニーと名乗る男が自己紹介をしつつ更に言葉を紡ぐ。
「しかしねぇ、正直お前さんたちのやり方はみちゃいらんねぇや」
ジョニーは両腕を更に大袈裟に広げ、両肩を竦ませながら、そのゴロツキ二人に言い放ち、ため息混じりに言葉を続けていく。
「女性を口説くってのはもっとスマートに行うものさぁ、あんたらの下品な会話じゃねぇ……只でさえ豚とトカゲみたいなコンビなんだからそこは上手くやらないとなぁ」
「ぶ……」
「トカ……」
呆れたように額に手をやり言い放つジョニーの言葉に、一瞬唖然とするゴロツキふたり。
そんなジョニーの発言に、クスクスという笑い声があちらこちらから漏れてきていた。
その店内の様子にゴロツキ共はキョロキョロと一瞬辺りを見回すも、次第にその顔がみるみる赤く染め上がり、額に血管を浮き上がらせながらジョニーを怒りの形相で睨み出した。
「ほら、可愛い子ちゃんは危ないからちょっと下がってな」
するとジョニーが白い歯を覗かせながらそう言って、サニーへ巻き添えを喰らわない位置まで下がるよう促す。
「ちょ! あなた本当に大丈夫なの?」
心配そうに言葉を投げかけるサニーにジョニーは親指を立て任せとけといわんばかりの笑顔で応えた。
そんなジョニーに対し太めなゴロツキが、
「てめぇ、ふざけた事ぬかしやがって! 女の前だからってかっこつけてんじゃねぇぞ!」
と怒声を浴びせながら、その剛腕を振り上げる。
「このボケナスがぁぁぁぁぁあ!」
そして、咆哮と同時に腹の出た男がジョニーへ向けてその豪腕を生かした右ストレートを繰り出した。
ジョニーの顔面にうなりを挙げて迫りくる右ストレート、しかしジョニーはそのパンチを見事に――
顔面でキャッチした……
頭から星が飛び出そうな程に、その顔面へ右ストレートの直撃を受け、ジョニーの足元もフラフラ、正直今にも倒れそうである。
「全くなんなんだこいつは? 威勢よく出てきたわりに、てんでじゃねぇか」
己の放った一撃に寄って、未だ足下が覚束ないジョニーに向かい、太い方のゴロツキが嘲笑交じりの言葉を吐いた。
その様子を見ていたサニーや、まわりの客たちが思わずポカンとしたような表情になる。
あれだけ格好つけて出てきたヒーローの不甲斐なさに呆気にとられているようだ。
「へっ! まぁいいや、こいつで――とどめだぁぁ!」
両目の焦点も定まらずフラフラのジョニー目掛け、ゴロツキは雄叫びのような声を発し、再びその豪腕を振り上げる。
そして、勢い良く繰り出された右ストレートがジョニーの顔面を捉えようとした――その瞬間であった。
ジョニーがバランスを崩し、丁度彼の後方にあった背の高い丸テーブルに向け、背中から倒れ込んだのである。
すると、ジョニーは反射的にテーブルの天板を右手で掴みにかかり、だが、傾倒する体を支える事かなわず、テーブルと一緒に派手に背中から倒れた。
……が、その拍子でテーブルを支える足の部分が下から上に向かって勢いよく跳ね上がり、トドメめの右ストレートを繰り出してきたゴロツキの顎にカウンターでヒットする。
その偶然のような一撃を食らったゴロツキは、その反動で翻筋斗打つように派手に倒れ込んだ。
倒れたゴロツキはそれによって白目を向き、口からは舌が飛び出ていて、明らかに気絶しているのが見て取れる。
「お、おい? おい! ち、畜生! てめぇやりやがったな!」
倒れた相棒に駆け寄り蜥蜴顔のゴロツキが声をかける。
だが、反応の無い事がわかると、男は怒りの声を発し近くにあったビール瓶をその手で掴んだ。
そして片膝立ちの姿勢で立ち上がろうとしているジョニーの背後にまわりこむと、手に持ったビール瓶を振り上げる。
「危ない! 後ろ!」
サニーが、ビール瓶を手に襲いかかろうとしているゴロツキの姿を見て思わず叫んだ。
その声に反応したジョニーは後ろを振り向きながら立ち上がろうとする。
しかし時すでに遅し、ゴロツキ男はビール瓶をジョニーの頭めがけて振り下ろした。
ガシャーーン! という割れる音が広がり、ジョニーの後頭部に叩きつけられたビール瓶が粉々に砕け、店内の床に破片が飛び散らかる。
そして頭にビール瓶を受けたジョニーは、焦点の合わなくなった両目をパチクリさせ、千鳥足の状態で左右に揺れ動いていた。
「へへ……ざまぁみやがれ! だがよ、こんなもんじゃすまさねぇぜ……」
そう呟きながらゴロツキの男は、トカゲの様な舌で唇のまわりを一度舐めまわす。
その様子にまわりの客たちがその場を制止しようとするも、男は割れたビール瓶の切っ先を振り回し、なんとか止めようとする客たちを牽制する。
そして男はジョニーの顔を睨み
つけながら、その鋭い尖端をジョニーへ向けた。
「くたばりやがれぇぇぇ!」
そして、ゴロツキの男が大声で叫び上げながら、ジョニーの顔面に向け鋭利な凶器と化したビール瓶での一撃を繰り出した。
しかしそのときジョニーが被っていたハットが地面に向けずれ落ちる。
すると、ジョニーは思わず落ちたハットにしゃがみこむような姿勢で手を伸ばし――その直尾ゴロツキの男がはなったビール瓶での一撃は寸でのところでジョニーの髪をかすめ、さらに勢いあまったゴロツキはしゃがみこんだジョニーの体に躓く形で前のめりに倒れ込む。
その倒れ込んだ先には先ほどジョニーの頭によって砕け散ったビール瓶によって、大小様々な破片が散らばっており、その破片の山に見事に突っ込んだゴロツキの皮膚がズタズタに切れ、顔中が真っ赤に染まる。
「ウガァァァァアアァいてぇ! 畜生! 顔にガラスがぁぁくそがぁ!」
ゴロツキの男はビール瓶の破片が突き刺さった血塗れた顔を両手で覆い隠すようにし、苦痛の叫び声をあげた。
「おい! てめぇらいい加減にしておけよ!」
すると、呻き声を上げ続けるゴロツキの後方から大きな怒声が響き渡った。
ゴロツキの男がその声に反応し後ろを振り向くと、そこには額に野太い血管を浮かばせ、小刻みにピクピクとさせるダニエルの姿があった。
どうやら事の一部始終を見ていたらしくダニエルは怒りの形相で男を睨みつけている。
そのダニエルの威圧感に、男は思わず、ヒッ! と情けない声を上げてしまう。
そんなゴロツキの顔を見ながらダニエルは両手を顔の前で組み、ポキポキと指の関節を鳴らしながら更に怒鳴り散らす。
「全くテメェらは俺の町で随分なことやらかしてくれたな! サニーにまでちょっかいかけようとするとはいい度胸してやがるじゃねぇか? どうなるかわかってんだろうな!?」
そういってダニエルはゴロツキふたりの首根っこを片腕ずつで思いっきり締め上げ、お互いの頭をシンバルのようにガンガンぶつけながら店の入り口まで力任せに引きずっていき、そのまま店の外に向けて力任せに放り投げた。
「いいかテメェら! 二度と俺の町に近づくんじゃねぇぞ! 今度もしその姿を見つけたら只じゃおかねぇからな!」
ダニエルの大口から飛び出した怒声を聞きゴロツキ共は、
「ヒィィィ! わかりましたもう二度と近づきませんので許して下さいぃぃ」
と情けない言葉を言い残し、一目散に逃げ去って行った。
ゴロツキがダニエルに戦き町を逃げ去ったあと、ジョニーは心配したサニーによりダニエル家で手当をうけることとなった。
決して活躍したと言えるような話ではなかったが、それでもサニーを助けようとしてくれたのは確かだからである。
そしてジョニーはこの騒動のあと、いつの間にかこの町に馴染み、居座る事となるのであった。
◇◆◇
燦々と町全体を照り付ける太陽が丁度青空の真ん中に差し掛かった頃。
町の簡素な路上の真ん中では子供たちと遊ぶジョニーの姿があった。
そんな子供たちの表情は、みな汚れを感じさせない満面の笑顔である。
子供たちはジョニーの肩や背中にのっかり無邪気に髪や唇をひっぱりあげたりしている。
そんなジョニーや子供たちの姿をまわりの大人たちも笑顔で見守っている。
その様子を見る限り、ジョニーは子供たちにも町の人々にも随分と慕われているようであった。
そんなほのぼとした風景の最中であった、ふとジョニーの視界に見慣れない数人の男たちがぞろぞろと近づいてくるのが映る。
「よぉ兄ちゃん、ちょっといいかい」
その男たちの一人がそういってジョニーを呼び止める。
ジョニーは声のする方へ目をやり、
「ううん? おいらになんかようかい?」
と返事を返した。
「あん? なんだ随分しまりのない顔の奴だなぁ……まぁいいか、なぁ兄ちゃん、ちょっとダニエルとかいう男の家を捜してんだけどなぁ、知ってたら教えてくれねぇか?」
ジョニーに近づき、随分と失礼な口調でそんな言葉を吐いてくる男たちの姿は見る限り、その出で立ちも、言葉づかいも、厳つい顔すらも決して上品とはいえず柄の悪さがにじみ出ている。
「よぉ兄ちゃん聞いてんのか?」
男の一人がドスの聞いた声でジョニーに聞き返してきた。
「う~ん、あんたらダニエルの旦那に一体なんのようなんだい?」
ジョニーはその男たちの様子を見て、素直には応対せず、逆に質問で返した。
「あ~ん? てめぇにはそんなこたぁ関係ねぇっだろお?」
頭の悪そうな巻き舌まじりの言葉で男たちの一人が怪訝そうに返してきた。
すると、
「これこれ君たち、人にものを尋ねる時はもっと上品に振る舞う物ですよ」
という声が男たちの後方から聞こえてくる。
その声に合わせるように左右に散った男達。
その間から声の主と思われる男が姿を表す。
それはパッと見に身長がかなり低く、ジョニーと比べても胸辺りぐらいまでしかない。
一般的な男性……いや下手したら女性より更に低い印象だ。
そんな低身長な彼の髪型はまるで茸の傘みたいな形をしており、金髪の色と相まって妙にけばけばしく映る。
更にその顔は馬のように細長く、横長の楕円形のような瞳が独特の嫌らしさを醸し出していた。
男は右の瞳に片眼鏡をかけており、その眼鏡をちょいちょい指で弄りながらいかにも作られたような笑顔を浮かべている。
さらに服装は、どこかの貴族が着るようなクロックコートと更にその上にマントを羽織っており色は赤で統一されていた。
ちなみに身長にあっていないのか、マントは少し地面に引きずられるような形になっており正直いって似合っていない。
そんな独特なセンスを持ち合わせた男が、やはり嫌らしい笑みを浮かべながらジョニーに向かって、
「うちの者たちが失礼したね、わたしは隣のサウザンド・シティから参りましたジム・クリムトンと申します。以後お見知りおきを」
とマントの裾を軽くつまみながら自己紹介を行い、手を差し出してきた。
どうやらジョニーに握手を求めてるらしい。
「あ……あぁこりゃわざわざどうも」
多少面喰らったような表情でジョニーが握手に応じたその時、
「お~いジョニー」
と言う大きめの声がジョニーやジム達の耳に届いた。
声のする方へジョニーが顔を向けると、そこには馬に跨がりやってきたシェリフの姿。
「あぁシェリフの旦那、丁度いいところに、なんでも彼らダニエルの旦那に用があるんだってさぁ」
「これはどうも、私ジム・クリムトンと申します。どうぞよろしく」
ジョニーの言葉に続けてジムが再びシェリフに自己紹介を行なった。
するとシェリフが一瞬驚いたような表情を見せたあと馬から降り、
「もしかしてクリムトンというと隣のサウザンド・シティにお住いの?」
とジムに向かって問い返した。
「あぁ、その通りだよ私がクリムトン家の主、ジム・クリムトンです」
ジムが片眼鏡に指をやりながら妙に得意げにそう述べる。
「は……はぁ、しかしクリムトン家の方がまたダニエルに何の御用ですかな?」
妙に低姿勢な態度でジムに接するシェリフ。
そんなシェリフに対し、ジムがまたもや片眼鏡を弄りながら言葉を続けた。
「なぁに、別に大した用ではないんですが……ダニエルさんの残した借金についてちょっと話をしに……ね」