第三十一話 荒野の決闘
この章はジョニーが異世界に来る直前の物語です。
一応ウェスタンを意識してます意識だけです。
出来れば本編に戻るまで一気に更新出来ればなとは思ってます。
荒野に吹いた一陣の風が、その店先に申し訳無さそうに飾られた【BAR】と書かれた看板を前後左右に揺らしている。
BARの看板が飾られたその店は三角形の屋根が付いた木造二階建ての建物である。
入口のスイング・ドアを抜けた店内は、向かって右側に木製のカウンターと、カウンターの反対側には大小様々なテーブルとイスが合計六セット置かれており、更に店内の一番奥には手作りと思われるステージが備え付けられていた。
店内では、まだ日が沈みきってない内から陽気なウクレレや太鼓、マラカスのリズムが刻まれ、数多くの人々の騒がしい声が店の外まで溢れだしていた。
そしてまだこの時間だというのに、ビールやバーボン等を煽りながら、ある者は陽気に笑い、ある者は奏でられる音楽に静かに耳を傾け、ある者は数人でテーブルを囲みポーカーに興じている。
酒という媒体を通じ各々がそれぞれの楽しみを見いだしてるその酒場の店内では、カウンターの中でマスターがガラス製のグラスを白い布製のハンカチーフを使い、小気味良い音を奏でながら研き続けていた。
そしてそのカウンターの席に一人、氷の入ったバーボングラスを傾け続ける男がいた。
その男は頭にフェロム製のブリム付きウェスタンハットをのせ、上半身はサテン地でフリルの付いたウェスタンシャツを着こなしている。
そして下半身にはゆったりめのジーンズと腰に大きめのバッケル付きベルト、足には爪先が少し尖ったウェスタンブーツを履いており、ブーツの踵部分に鋸状のスパーと呼ばれる丸金具が装着されていた。
その全身をアイボリー一色の出で立ちで包み込む金髪碧眼のその男にむかいマスターが口を開く。
「ジョニー少し飲みすぎじゃないのか?」
「なぁに、こんなのは俺にとっちゃ水と同じさ、いや? むしろ血液かな?」
そんな自問自答を口にしながら、ジョニーと呼ばれた男は氷の入ったバーボンのグラスを更に呷る。
ジョニーがバーボンの入ったグラスを傾けると氷とガラスのぶつかり合う心地よい音がカウンターのふたりの耳に響いた。
「まったく、別に飲むのは構わないがそろそろ溜まったツケも払ってくれると嬉しいんだがね」
「おっとこりゃ痛いとこつかれちまったかな」
マスターの手厳しい言葉に、ジョニーは頭のハットを右手で押さえ込むように深めにかぶせ直し、顔を隠した。
すると突然、店内が黒色にそまる。全ての窓が黒地のカーテンに覆われ、一切の光を遮断した為だ。
「お、始まったか」
マスターが一言発すると、ジョニーも顔を隠していたハットを元に戻し、マスターの目線の先に視線を移した。
ジョニーが向けた目線の先には木製のステージがあり、そこに灯りと店内の客たちの視線が集中しだすと今までの陽気で明るいBGMから甘美的で妖艶な音に切り替わる。
そしてステージの後ろの紅いカーテンが開くと、その中から現れたのは真っ赤なドレスに身を包まれ、その小さな口に赤いバラをくわえた少女の姿だった。真っ白な肌に艶やかな黒髪、目鼻立ちの整った輪郭であるが、少女の二重のぱっちりとした大きな青い瞳は、まだあどけなさの残る顔立ちの中にも妙な色っぽさを醸し出している。
そして少女は音楽にあわせ両足で華麗にタップを踏み出す。
タップを踏みながら体全体で美しく妖艶なダンスを披露する少女に魅いられ言葉も発せず見続ける店内の客達。
「まったく相変わらず見事なダンスだぜ」
少女のダンスに目を向けながら、カウンターのジョニーがグラスを傾けながらそう呟いた。
やがて終盤、流れていたBGMが終わりを迎えた頃、少女はクルッと華麗なターンを決めると、いつの間にか右手に持ちかえていた赤いバラを客席に向かって投げ出す。
するとその赤いバラは、緩やかな弧を描きながらジョニーのハットのブリムに見事に突き刺さった。
「おいおい、今日のラッキーボーイはよそ者ジョニーかよ!」
「サニーちゃーん俺にもその赤いバラをプリーズ」
「まったくツイてんな、よそ者ジョニーさんよ!」
妬み混じりの罵声を背中に受け、ジョニーは、ハットのプリムから情熱的な赤いバラを取り外す。
ジョニーはステージ上でスカートの端を軽く摘まんでカーテンコールを行う少女に向け、右手に持った赤いバラを軽く上にあげサンキューのサインで答えた。
「まったく幸運な男だなジョニー。あれ欲しさにこの週末だけは欠かさずに顔を出すって客も少なく無いんだぜ」
ラッキーボーイに選ばれたジョニーへマスターがそう告げると、ジョニーは指先でその赤いバラをクルクル回し見つめながら、
「全く、まだこの町に居座って間もない俺には勿体ない代物だぜ」
と白く光る歯を覗かせながら言った。
ジョニーが指先で弄くり回してるその赤いバラは、この町では幸運のバラと呼ばれていた。
規模が小さく娯楽の少ないこの町では、週に一回行われるこの酒場でのダンスショーを唯一の楽しみにしてる住人も多く、ダンスの後に必ず投げられるバラはいつしか受け取った人に幸運を届けると噂されるようにもなっていた。
ちなみにこの噂の出処は、このバラを受け止めた男が、意中のレディに決死の覚悟で撃ち込んだ情熱という名の弾丸で、見事にハートをブレイクさせたから……らしいが結婚して間もないのに、もはやレディのヒップに敷かれてる辺り、そのバラは男にとってアンラッキーだったと言えなくもない。
とは言えこの場でそんな話をするのは無粋というものだろう。
人はアンラッキーなリアルよりもファンタスティックなロマンスの方を好むのだから……
そして、ジョニーがそんな幸運のバラから愛すべくバーボンのロックに手を変えようとしたときだった。
「もうジョニーってば、いい加減飲みすぎよ」
横から、いささか酩酊気味のジョニーを諫めるような少女の声が店内に響いた。
ジョニーが声のした方に目を向けると、そこにはさっきまで華麗なダンスを披露してた少女がいた。
少女はその身を真っ赤に染めあげてた情熱的なドレスから一転、真っ白なTシャツに青のジーンズと言う随分ラフな格好に変貌しジョニーが座るカウンター席の斜め後ろに立っている。
「やぁ子猫ちゃん、さっきは情熱的なプレゼントを有難う、それが嬉しくてついつい今しがた二杯目のバーボンに手をつけた所さハニー」
「二本目の間違いだろジョニー」
マスターは戯けるジョニーに鋭い突っ込みの言葉を入れた。
「ヤレヤレ参ったね」
そう言ったジョニーは、またもやハットを深めにかぶり顔を隠す。
「もう、ふざけたことを言ってないで今日はもう帰って。ねぇジョニーわかるでしょう?」
「うーん何でだいサニー? 夜はまだまだこれからさぁ、出来ればおいらの愛の讃美歌を君の耳元で夜通し囁きたいところなんだがね」
何かを心配するように帰りを促すサリーにジョニーは冗談混じりの口調で返す。
するとマスターがふと時計を見て、
「確かにもうこの時間だ、そろそろ帰った方がいいぞジョニー」
とサニーを援護するようにジョニーに帰りを促した。
「ヤレヤレ参ったね……」
説得するように帰りを勧めてくるふたりに対し、誤魔化すように更に帽子で顔を隠すジョニー。
「ジョニィィィ! テメェやっぱり今日もここにきてやがったなぁ!」
すると、突如店のスイング・ドアが勢いよく開かれ、朝の目覚めを邪魔された鳩の羽の如く激しく揺れ動くそのドアを背中に、ジョニーの名を叫ぶ男が立っていた。
その男の顔は、丸い岩石の如く大きくデコボコした輪郭をしていた。
頭は左右を完全に刈り取った黒のモヒカンヘアー。
そして分厚い唇からは歯牙が剥き出しに、大きな瞳は猛獣のように辺りを睨み回している。
そんな男の上半身は筋肉隆々で骨太の体格、そして体全体は日焼けで浅黒く変色している。
その体の上には何故か袖口がギザギザに刈り取られたダークブラウンのウェスタンシャツ。
鍛え上げられた腹筋をあらわにするように前はガバリと開け広げられている。
そして下半身は丸太のように太い太股と、象のようにでかいケツ。穿かれている黒のジーンズは悲鳴を上げ今にもはち切れんばかりだ。
酒場に足を踏み入れた、体長二メートル近くはあると思われる屈強な大男は、ジョニーに向かい一直線へドスドスというゴリラの足踏みの様な重低音を響かせながら向かってきた。
しかしジョニーは、近づいてくる大男の事を気にも止めず、カウンターで愛するバーボンを口に運び続けている。
そんなジョニーの横に大男が辿り着き、彼の背中を一瞥するとその大口を開きだした。
「てめえ! またサニーに手ぇ出すつもりで来やがったな!」
その大男はジョニーに向けて開口一番に怒鳴りちらした。
それを横で聞いていたサニーは額に手をやり、ため息を吐き出している。
「やれやれ、ダニエルの旦那は相変わらずだなぁ、前にもいったがおいらは全ての女性に愛され愛す事がモットーなのさ、サニーちゃん一人に特別ちょ……」
「うるせぇ! 何を言おうがてめぇがサニーに気があるのはミエミエなんだよ!」
ダニエルと呼ばれた男はジョニーの話を途中で遮るようにカウンターのテーブルを強く叩きつけ叫んだ。
「……ダニエルの旦那、さっきからさかりのついたゴリラじゃあるまいし、そんなに声を荒げまくってちゃ喉も痛くて仕方無いだろ、一杯奢るからとりあえずそこに座って落ち着いたらどうだい?」
「ジョニー、奢る金があるならツケを払ってくれないかな?」
二人のやり取りをものともせず淡々と口を挟むマスター。
「おっとマスターまたもや痛いとこをつかれたな。こりゃ傑作だぁ、なあダニエルの旦那」
冗談混じりの口調で適当に場を逃れようとするジョニー。
「うるせぃっていってんだろ! いい加減その減らず口を閉じやがれ! 大体俺は酒は苦手でのめねぇんだよ!」
相変わらずの大声で怒鳴り散らし、見た目に似合わない意外なことを口走るダニエル。
「もういい加減にしてよ二人とも! お店に迷惑でしょ!」
事の発端とも言えなくもないサニーは二人のやり取りに堪え兼ね声を荒げた。
しかしそんなサニーの心配も無用と言えるくらい、店内の客達はそのやり取りを気にもせずといった感じで各々好きなように興じている。
「うるせぃサニー! これは男と男の問題だ! 女は口だすんじゃねぇ! さぁジョニー! 表にでやがれぃ!」
「いやぁ遠慮しておくよ。おいらはサニーに賛成だぜ店に迷惑が……」
「さぁ、準備が出来たら表に出るぞ! 決闘だぁぁぁぁぁぁ!!」
「……なぁサニー、いつも思うんだが彼には人語は通じないのかい? まさか本当にゴリラと人間の間の子ってわけじゃないんだろ?」
「……正直自信ない――」
サニーは右手で頭を抱えながらそういった。
◇◆◇
ジョニーとダニエルは夕陽が沈みかけはじめる中、先ほどまでいたBARの外で佇んでいた……いや正確にはジョニーに関していえば連れ出されたというほうが正しいだろう。
ダニエルは先程の酒場でのやり取りの後、ゴリラのドラミングの如く胸を複数回叩き、ハットで顔を隠し無視を決め込もうとしたジョニーの襟首を掴み、ほぼ無理矢理店の外まで連れ出したのだから。
店の外で対峙するジョニーとダニエル。
すると店の中でのやり取りには気にも止めてなかった客達が挙って店の外に現れ始める。
「全くダニエルもこりねぇなぁ」
「やっぱり始まりやがったかぁ、サニーちゃんのダンスの時はいつもだしなぁ」
「よっしゃ俺はよそ者ジョニーに賭けるぜ!」
「俺もジョニーだな!」
「おれも……って全員同じじゃ賭けにならないだろ!」
いつの間にかすっかり観客にかわってる面々を尻目にサニーは一人深い溜め息を吐き呟く。
「全くあいつらときたらほんとに……」
「はは、今日もやってるねぇサニーちゃん」
声のする方へサニーが振り返ると、頭にジョニーが被っているようなプリム付きハットと、胸に星形のバッチを身に着け上下とも黒色の制服を纏った中肉中背の男が立っていた。
「シェリフ、見ているんだったら止めてくださいよぉ」
サニーは困り顔で彼に詰め寄る。
彼は一応この街を取り締まる立場にあるシェリフだ。
だが彼女の訴えを聞き届けながらも鼻の下のちょび髭を揺らし応えた。
「はは、まぁいつもの事だし大丈夫だろう。それに肝心のジョニーは……」
「おいジョニー!! 決闘のルールはわかってるんだろうな!?」
シェリフの言葉は途中でダニエルの怒声によって阻まれた。
そのがなり声を耳にしたジョニーは、ハットのプリムに手を掛けながら溜め息混じりに口を開く。
「なぁダニエルの旦那、本当にやるのかい? 無駄な事だとおらぁ思うんだけどな」
あいも変わらず、ふざけた調子で話すジョニーに対し、ダニエルは荒ぶる鼻息と同時に、大きく鼻を鳴らし詰め寄った。
「おいシェリフ! 俺たちの戦績はいくつだったかい!? 」
「……三勝〇敗だな――」
シェリフが呟くように話すと、それを聞いたダニエルがまたもや大きく鼻を鳴らしその分厚い唇を開く。
「だがなジョニー! 俺はこんなんで勝負が決まったなんて思っちゃいねぇ!」
ダニエルは猛獣の雄叫びのような大声で叫んだ。
「やれやれ、おいらは酒場で静かに愛するバーボン片手に宜しくやりたいんだけどなぁ……」
ジョニーが両方の耳を指で塞ぎながら溜息混じりに呟いた。
「いいかジョニー、ルールはいつもの通りまずバン! っとお互いに背中を向けて、ドカドカと一〇歩あるいたら一〇歩めでクルっと振り向いてドカンだ!」
「……相変わらずの判りやすい説明ありがとさん」
ジョニーはハットのプリムに手を掛けながら肩を竦め呆れたように答える。
「フンッ! じゃあ始めるぞ、いーっち!」
ダニエルの声と同時にお互いに背中合わせになり一歩目を踏み出す。
「にーっ! さーん!」
ダニエルの声が木霊し、お互いに四歩、五歩と足を進める、そして九歩めに差し掛かり――
「じゅう!!」
と叫ぶと同時にダニエルは腰のガンベルトから愛用のコルトSAAを抜き、振り向く! すると……
振り向いたダニエルの視界には、背中を向け猛ダッシュで走り去るジョニーの姿があった。
「……ぷっ……アハハハハッ! やっぱりだ、やっぱりジョニーの奴逃げやがったー!」
「アハハハハッ! すげーよあの逃げ足、まるで野生のバンビだぜ! アーーハッハ!」
「よかったじゃねーかダニエルの旦那! これで四連勝だぜ!」
「まったく普通にかけてもいい加減面白くないからどっちが負けるか賭けてるのに、これじゃあ賭けがまったく成立しねぇ! でも納得だ、あいつはとんだチキンやろうだぜ!」
荒野に嘲笑混じりの観客達の笑い声が響く。
そして背中を向けて走り去るジョニーを目に、ダニエルの拳はプルプルと震え、サニーはやっぱりといった感じに頭を抱えている。
「まぁ今日も誰も怪我が無くて良かったじゃないか」
シェリフは労いと思われる言葉を二人に掛けた。
そう、この決闘は、よそ者ジョニーがこの町に来てから毎週の様に行われる恒例の行事となっていたのだった――