第二十六話 女好きジョニー
風真を救った、正しく神風と言えるような現象に一部始終を見ていたジョニーも目を丸くさせハットを押さえ込む。
「はぁ。良かったぁ……」
するとリディアのホッとするような声。ジョニーが振り向くと、両手を前に突き出すようにしながらリディアが安堵の表情を浮かべていた。
「リディア、お主……」
そんな孫の姿に戸惑いの表情を浮かばせながら、エイダが呟くように言った。
そんなふたりを交互に眼にしつつ、ジョニーが、ふむ、とハットを上下させる。
「ババァ! 邪魔してんじゃねぇぞ!」
すると、突如風真がエイダに向かって怒鳴りつけた。
それに反応したエイダが表情を一変させ、風真を見下ろし口を開く。
「黙らんかい! この馬鹿者が! 良いか、トロルはただ自分の縄張りを荒らされてると思ってるだけじゃ! 素直にこちらが引き下がればそれ以上何もしてこんわ!」
エイダが捲し立てるように一気に言いのけた。酷く興奮してる様子ではあるが言い終えると途端に身を屈め腰の痛みで顔が歪む。
「ちょ! お婆ちゃんあんまり無理しないで」
その姿にすかさずリディアが駆け寄って優しく肩を支えた。
その間、トロルは耳を激しく上下させ鼻をヒクヒクさせながらエイダ達の方と風真の方を交互に見回していく。
「おい! 俺はこっちだ!」
すると、風真がトロルに向かって手を挙げ挑発するように叫びあげた。
トロルは一瞬動きを止めると、風真の声が届いたのかその身を風真の方へ向け雄叫びを上げる。
ビリビリとした空気の振動が風真の身を包むと、嬉しそうに笑みを浮かべながら、
「へっ……そうこなくちゃな。まだまだ勝負はこれからだぜ!」
と述べ再び刀の柄に手を掛けた。
「こ……この馬鹿が! お主これだけ言ってもまだ続ける気なのかい!」
「あん? 向うがやる気出してるのに、尻尾巻いて逃げるような情けない真似出来るかよ」
エイダがいくら言い聞かせようとしようが、今の風真には無駄な事であった。目の前に現れた好敵に心奪われた風真には、他者の理屈などとても通用しない。
「ぐむぅ、何なんじゃあの馬鹿は……」
エイダは顔中の皺を寄せ集めながら、憎々しげに言葉を漏らした。
「こうなっては仕方ない。リディアとジョニーとか言ったか? 二人ともあの馬鹿を連れてここを出い」
「え? そんな……お婆ちゃんはどうするのよ?」
エイダの言葉にリディアが表情を落とし反問した。
「あたしゃ大丈夫だよ。心配されなくても自分の身ぐらいなんとかするさ」
「でも、お婆ちゃん腰の痛みでロクに魔術なんて使えないじゃない? そんな状態で放っておけないわよ」
「……いいから行きな。これは元々あたしが撒いた種だ。もっと慎重に行動すべきだったのに毎年の事と油断した」
エイダは腰を曲げたまま肩を落とし、更に言葉を紡げる。
「あのトロルには何の罪もありゃせんのさ。ただこの場所を守りたいだけじゃ。それなのにこれ以上あの馬鹿に傷付けられるのは見ていられないよ」
「だからって!」
「――なぁエイダちゃん」
思わずリディアが声を荒げたその時、横からジョニーが口を挟んだ。
「エイダ……ちゃん?」
するとエイダがジョニーの言葉を復唱し目を丸くさせる。
その年でちゃん付けで呼ばれるなど思いもしなかったのだろう。
だが、そんなエイダに視線をやりながらも構わずジョニーは話を続ける。
「あのトロルの瞳はしっかりと見えてるのかい? あんな小さな瞳でよく風真の旦那の素早い動きを捉えられるなぁって不思議でしょうがなくてねぇ」
話の流れを断ち切るように全く別の質問をぶつけてくるジョニーに、エイダは一瞬戸惑うが皺だらけの口を開き、
「トロルは眼なぞにたよっとらせんわ。あの瞳は機能などしとらん。その代わりに発達した鼻と耳を活用し匂いと音で判断しとるんじゃ」
と説明した。
ジョニーは、
「ふぅん。なるほどねぇ」
と顎に手を据えながら、一人納得したように更に口を開く。
「ついでに質問だが、トロルの再生能力ってのはどんな場所でも再生可能なのかい?」
「……可能じゃよ。それこそ生きてさえいれば心臓だって再生するわい……ってさっきから何なんじゃ? 妙な質問ばっかしおって」
エイダが訝しげな表情でジョニーに問いかけた。
「なぁに、もしかしたらこの状況なんとかなるかもしれないと思ってね」
「え!? ジョニーってば今ので何か思いついたの?」
リディアが両目を大きく見開きながら聞いた。
「まっ。やってみるしかないやね」
ジョニーが戯た感じで応え、岩場の淵に歩を進めトロルを見上げた。
既にトロルと風真の距離は近い。一瞬即発の空気が双方の間に漂っている。
するとジョニーはトロルの巨体を見上げ、腰のガンベルトに手を添えた。
これまでと表情も一変し、眼光鋭く標的に向けて意識を集中させる。
そして、ジョニーの様相が今までの戯けた感じからは想像も付かない程、鋭く研ぎ澄まされていき、どこかピリピリとした空気がその身から発せられていた。
その変化をリディアも感じとったのか、ジョニーの姿を固唾を飲むように見つめている。
炯眼するジョニーの瞳に、トロルの横顔が映りこんだ。
その瞬間二丁の拳銃がほぼ同時に抜かれ――
ジョニーは軽く横にスイングさせるように手首を捻り引き金を引く。
その瞬間、轟音と共に銃口が火吹を上げ、放たれた二発の弾丸は空気を螺旋状に切り裂き、曲線を描くようにトロルの顔面目掛け突き進んでいき――
「グウゥウオォオオ!」
――刹那。
トロルの叫びが洞窟内に木霊した。
巨大な両の手で顔面を覆うようにし、地団駄を踏むように、トロルが地面を何度も踏みつけその場で激しく暴れまわる。
「な、なんじゃそれは? お前、一体何を?」
するとジョニーの手に握られた二丁の拳銃をマジマジと見つめながら、怪訝そうにエイダが問いかけた。
「瞳を狙ったのさ」
「瞳?」
ジョニーの返答に重ねるようにリディアが声を発した。
「あぁ……あの部分はトロルにとっても盲点だったって事さぁ」
言ってハットのブリムを銃口で押し上げながら、
「トロルにとって瞳を撃ち抜かれるのは初体験だったってわけさぁ。あれだけ小さな瞳だ、今まで狙われる事なんてそうは無かったんだろうねぇ。いくら再生能力があってもあの痛みは応えるだろうさぁ」
と言葉を紡げる。
「馬鹿な!? お前話を聞いてなかったのか! これ以上トロルが傷付くのをあたしゃ見たくないと……」
「悪いが――」
エイダの言葉を遮るようにジョニーが言葉を重ねる。
「おいらは世界中の女性を愛するって心に決めてるのさぁ。エイダちゃんを残してもし何かあったらリディアが悲しむ。そんな姿おいらは見たくないしねぇ」
ジョニーはそこまで語り、更に、それに……と続け。
「勿論エイダちゃんみたいなキュートなレディを見捨てる事も出来ないけどね」
そう言って軽くウィンクを決めるジョニー。
「な……何を」
言いながらも年甲斐もなくエイダの頬が淡く紅潮する。
そんなお婆ちゃんの姿に苦笑するリディア。
だが、ふと頭を擡げ、その瞳を白黒させた――