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第二十三話 洞窟の最深部にて

 光源を手にするリディアを先頭に、ジョニーと風真も洞窟内へと侵入して行く。

 内部はかなり薄暗いがリディアの持つランタンの明かりのおかげで少なくとも周辺の状況はよく判りかなり有難い。


 暫くは三人も慎重に身をかがめながら先を進んでいた。傾斜のある岩場を下りながら進んでいく。

 いくらリディアが慣れているとは言え洞窟内はゴツゴツした岩の足場であり決して快適な道のりとは言えない。


 おまけに天井からは水滴が小刻みに滴り落ち、地面を濡らしてしまっている。油断して足を滑らしては傾斜もあって危険である。

 救いは入口こそ身を屈めなければ進めない程であったが、横穴を伝っていくにつれ段々と広がりを見せていき、数十メートル程進んだ頃には直立しても問題ないぐらいまでなった事だろう。


 そのおかげで少しはバランスが取りやすくなったと言える。とはいえば足場が悪いのと下り坂を進んでいっているのは変わらないので、余り調子にも乗れないわけだが。


 洞窟内は、リディアが最初に言っていたように足場の悪さを除けばこれといった障害も無く突き進む事ができた。

 とはいえ途中で蝙蝠の大群が通り過ぎていった際はジョニーも一瞬驚きの表情を見せたりしたものだが。


 只それが実際に蝙蝠なのかといったところではある。

 全体的のフォルムとしては蝙蝠といって差し支えないのだが、何せジョニーの知ってる種と違い、瞳が小さな黒真珠の様な三つ目だったり妙に牙が長かったりする。少なくともジョニーはこのような蝙蝠は見たことはない。

 ただリデイアの説明では吸血種ではないので特に害は無いとの事である。


 他にも洞窟内には、巨大化させたノミといった感じの外見に触手の脚を備えた蟲が、ナメクジのように岩壁を這いずり回り、ムカデに羽が生えた形状の翅虫が空中を飛び回っていたりもする。


 更に直進し、リディアがランタンを照らした先ではドス黒い毛並みのネズミを数匹、目にしたが、慌てたように一瞬で逃げ去ってしまった。


 リディアの話では、毛並みが黒いのは洞窟内で獲物に狙われない為らしく隠蔽色のような物らしい。だから極端に明かりを嫌うそうだ。


 これらの生物は、特に人を害を成すものではないとの話だったが、ジョニーにとってはどれも見た事もない生き物の為、興味深く繁々と眺めていたりもする。


 ただ洞窟内に生息する全てが全く害が無いというわけでは無く――


 それはジョニーが少し急な段差に差し掛かり、岩場に手を掛けようとしたした時だった。


「あ! そこ気をつけて!」

とリディアが咄嗟に声を荒げ、ランタンの光をジョニーの手元に向け翳したのである。


 暗がりの為ジョニーも気付かなかったのだが、手を付こうとしていた岩壁には緑色したゲル状の物体が引っ付いていた。


「なんだこりゃ?」


 その奇妙な物体に、思わず風真も疑問気に目を瞬かせる。


「それはスライムよ。狭いジメジメした場所に生息してる生物なの」


「へ、へぇ。これで生きてるのかい?」


 ジョニーが興味深そうにリディアに問い返すとリディアが眉尻を下げながら。


「うん、まぁそれぐらいの大きさなら直接人に襲ってくるような事は無いんだけど、表面に強い酸性を帯びてるからヘタに触ると皮膚が爛れて厄介なのよ」

 

 そうジョニーへ返答した。


「ふぇぇ。それは気を付けないとねぇ」


 ジョニーが若干大げさな身振りで、驚いたように両手を左右に振る。

 リディアはそんなジョニーの仕草を見て、はぁ……っと息を吐き出すも、更に先を急いでいく。


 こういった若干の障害はあったものの、一行はこれといった怪我を負うことも無く順調に横穴を下っていく。


 一行はひたすらに洞窟内を突き進み続けていた。

 感覚としては、麓から上ってきた分と同じぐらいの距離を下ってきたのではないかと思える程の距離を進んでいる。


「全く、一体どこまで続いてやがるんだよこの道は」


 更に進んだ先で、風真が辟易した様子でそう言葉を述べた。


「心配しなくても、もうすぐよ」


 そしてリディアがその言葉を発したのは、風真がぼやきだした直後の事だった。

 リディアが少し高めの段差から、岩場に手を付け、その細い脚を片方ずつ降ろしていく。


 下に降りた彼女の姿を確認して、後に続くジョニーと風真。

 そこは今までの傾斜のある道とは違い、平坦な道が降りた先から右横に向かって真っ直ぐと伸びていた。


 リディア達はランタンを翳しながら横道を突き進んでいく。

 ここまで来ると既に天井は見上げるぐらいの高さにまでなっていた。横幅もかなり広がっているため、三人横に並んでも問題がない位である。


「入口の狭さが嘘みたいだねぇ……」


 さり気なくリディアの隣に付いたジョニーが少し見上げるようにしながらそう呟く。

 その時だった、突如重苦しい音と共に地面が揺れ動く。


「なんだ地震かい?」


 ハットに手を掛けながら、心配気に言葉を発し天井を見上げるジョニー。

 頭上からは、今の揺れを受けて岩の細かい破片がパラパラと降り落ちてくる。

 ジョニーは険しい顔をしながら更に辺りを見渡した。


 すると更に数度地面が揺れ動く。


「まさか!?」


 突如リディアが声を上げ駆け出した。眉を寄せたその表情は真剣そのものである。


「おいおい。突然どうしたんだいリディア!」


 呼びかけながら後を追うようにジョニーも脚を早める。

 風真はと言うと眉を寄せ面倒くさそうに髪を掻きむしりながらも二人の後に続いていた。


 リディアの後を追うジョニーの視界に徐々に見えてくるは、大きな口を開けた岩穴。

 直感的に、リディアの言っていた洞窟の深奥がその穴の先にあるとジョニーは感じ取っていた。

 岩穴からは淡く青白い光が差し込んできており、その中へリディアが溶け込んで行く。


 そしてリディアに続きジョニーと風真も岩穴を抜ける。

 その先では肩で息を切らしたリディアが佇んでいた。


 三人の視界に広がるはごつごつした岩壁に囲まれた半球状の空洞であった。かなりの広さの面積を有しており、規模で言ったら一万平米程度は優にあるだろう。


 天井は見上げるほど高く、頭上には氷柱状の鍾乳石が連なるようにぶら下がっている。


 三人は広場の外壁に沿うように続く細い足場の上にいた。

 足場から四、五メートル程下がった位置には岩盤が広がり、所々に石筍が立ち並んでいる。


 それらの岩壁や鍾乳石に至るまで全てが青白く発光している為、辿ってきた細い道に比べればこの場所は遥かに明るい。

 ふとジョニーが岩壁に触れると指先に苔のような物が付着した。光の原因はその苔にあるようで、付着した指先は周りと同じ様に青白く発光し始める。


 いわゆる光蘚のような物かとジョニーは判断したが、それにしてもかなり燦然としている。

 これであればランタンの光も必要としないだろう。


 空洞内では先ほどと変わらず揺れが続いていた。しかし原因に関してはすぐに発覚する。

 リディアが狼狽した様子で凝める視線の先には、右往左往する巨大な生物が存在していたからだ。


 数を言葉で表現するなら匹と言うべきか人と言うべきか。巨大なソレは全身を淡緑色の肌で覆われており、毛と言えるものは一切生えて無い。

 大地を震わせながら、しきりに動かす四肢は人と同じく左右に一つずつ。しかし規模が明らかに違う。体長一〇メートルは優に超えてるであろうその巨躯に恥じない大木の様な有様は見る者を圧倒させる。

 そしてそれらの四肢が樽のような胴体に付いており、人でいったら明らかに寸胴と言われる体型であろう。


 首から上は淡緑の丸みを帯びた頭頂を顕にし、顔立ちはゴリラのような類人猿に近く、巨大な顔面には腹這いにした大魚を上下に二つ並べたような分厚い唇と巨大な鼻を有し両脇に先端が鋭角上の巨大な耳を備える。

 但し存在感を示すそれらの部位に比べると、瞳は遠目からでは有るのかすら定かでないほど小さい。


 その異様なほどの存在感を示す生物は、相も変わらず辺りをウロウロとしながら時折巨大な顔を左右に振っている。見る限りまだ三人には気付いていないようだが、万が一気づかれでもしたら厄介以外の何者でもないであろう。


「そんな……トロルがいるなんて……」



 巨大なソレに目を向けたまま、リディアがぼそりと当惑したような声で呟いた。


「トロルってあの巨大な奴の事かい?」


 リディアのすぐ隣に付きながらジョニーが問い掛ける。


「えぇ、参ったわね……普通――」

とそこまで言いかけたところでリディアの視線が動いた。そして岩壁に沿うように続く足場の先で視線を止め、目を丸くさせ口を広げる。


「お婆ちゃん!」


 叫んだ先にジョニーもみやる。足場の右奥には蹲るような格好の黒いローブを纏った者の姿。右手には木製の杖を握りしめている。


 その時トロルの耳が前後に大きく動き、その身が三人の方向へと向けられる。

 彼等を捉えたかのように直立し、更に鼻をヒクヒクと動かした後その分厚い唇を大きく広げ咆哮した。


 刹那――大気がビリビリと振るえだし、衝撃が洞窟内を駆け巡る。


 あまりの勢いにより吹き飛ばされそうになるハットをジョニーが右手で押さえ付ける。その場に滞留する空気の振動は、彼等の身体中を電気が走ったかの如く突き抜け、時が止まったかの様にその身を硬直させた。


 そして一猛を終えたトロルはその巨大な鼻を数度ヒクつかせ、荒々しく鼻息を吐き出すと捉えた目標めがけ歩みだす。


 その動きは正しく見た目通り鈍重なものであるが、大木の様な双脚による一歩一歩の歩幅は常人のそれとは違いすぎた。彼等の下へたどり着くのにそう時間は掛からないだろう。


 トロルの巨躯が動き出した事によりジョニーが我に返ったように口を開き、

「まずいねぇ、やっこさん完全にこっちに気づいてしまったみたいさぁ」

と目を丸くさせながら言った。


「ごめんなさい……私のせいで……」


 ジョニーの言葉を受け、申し訳無さそうに告げたリディアの表情は暗い。


「しょうがないさぁ。遅かれ早かれお婆ちゃんを助けに行くなら気付かれてた可能性が高いしねぇ。それよりも早く助けに行かないと……なぁ旦那?」


 そう言って左手を軽く振り上げ、風真の方を見やるジョニー。

 だが、風真からの回答は無かった。


 しかし、それでも語らずともジョニーには判った。その顔つきから考えが手に取るように……

 風真は恍惚とした表情を覗かせながら迫り来る正面の獲物に釘付けになっていた。嫌な予感を感じながらもジョニーは再度、旦那? と声を掛けるが帰って来た答えは、

「助けに行きたいならお前らで勝手にしろ」

という気のない返事だった。既に風真の中では目的が完全に移り変わっていたのである。


「おいおい旦那いくらなんでも……」


 ジョニーが一応は引き止めるつもりで言いかけるも時既に遅し。

 風真は何の躊躇いもなく眼下の岩盤目掛け飛び降りた。


 岩盤に降り立つ風真の姿を眺めジョニーは頭を抱え溜息を一つ吐く。


 しかし既に止めても無駄である事は察していた。体勢を整えトロルを見やる風真の双眸は、新しい玩具を与えられた子供の如く凛々としており、全く恐れなどを感じさせない。


 そしてそのまま腰の刀に手をやり前方の獲物目掛け駆け出す。

 直後、獲物と捉えられたトロルの動きが一瞬止まった。唐突に近づいてきた相手に戸惑ったのかもしれない。


 だが直ぐ様迎え撃つように行動を始め、巨腕を奮い岩盤に生える石筍を小枝でも手にするが如く難なくとへし折る。

 そして石筍を握りしめ、尖端を風真に向け、迫り来るその身目掛け巨腕を大きく振り抜く。


 放たれた石筍は巨大な槍と化し、風真目掛け淀みなく直進した。

 だが風真は、山道での魔獣との対決で見せた体捌きで目前の石矢を難なく躱し、更に脚に力を込める。踵を跳ね上げ瞬間的に爪先を踏みしめ力の流れを膝に収束させ一気に爆発させる。その動作は一瞬。


 正しく瞬きしてる間には獲物との距離を半分まで詰めた。だが、そこで一旦動きを止め、トロルの動きを観察するように見据えた。


 流石に初めて目にする相手に無闇に突撃するほど無謀では無いらしい。


 その一連の流れを見ていたリディアが腰に手を当て、

「もう! 何考えてるのよ! 一人であんなの相手に出来るわけないじゃない!」

と呆れたような口調で言い放った。


「しかし風真の旦那はそうは思ってないみたいだし、恐らくあぁなったらもう止められないだろうねぇ」


 ジョニーがやれやれと両眉を上げながら言葉を返した。


「とはいえ、折角旦那があぁやって囮役をかってくれてるんだ。このチャンスを逃す手は無いねぇ。とりあえず今のうちに救出に向かおうか」


 ジョニーの見立て通り幸いにもトロルの注意は風真へと向けられていた。

 この隙を逃さないようにとジョニーとリディアは奥で蹲るエイダの下へと急ぐ――

 


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