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第二十一話 助言

――どれ程の時間が過ぎただろうか?


 両者共に一向に動く気配が無く、時だけが無情に過ぎていく。

 風真の体勢は変わらない。風神に手を掛けたまま腰を落とし……双方の睨み合いは続く。


「ね、ねぇ……さっぱり動かないんだけど……」


 リディアが痺れを切らしたようにジョニーへ囁いた。


「……まぁ風真の旦那も迂闊に動けないってとこなのかもしれないねぇ。初めて対峙する相手……しかも向こうも攻めてこようとしない――とはいえ」


 ジョニーは顎に手を添え少し考えるように俯く。

 そして顔を戻し口を開き。


「おぉい。風真の旦那ぁ」

と口に右手を添えながら呼びかけた。

 

 しかし風真は反応を見せない。

 集中している為聞こえていないのか、それとも聞く耳を持っていないのか……目の前の獲物を見据えたまま姿勢を保っている。


 だがジョニーは構うことなく、更に言葉を紡げていく。


「なぁ風真の旦那。いくらなんでもちょっと力みすぎじゃないのかい?」


 言ってハットに手をやり、軽く片手を広げながら更に話を続けるジョニー。


「全く、そんなに殺気丸出しで顔だってすげぇ怖い顔してるぜ? 本当どっちが獣が判らないぐらいだぜ」


 その言葉に、無反応だった風真に変化。蟀谷が僅かに波打つ。


「なぁ旦那? そんな剥き出しの刃に、態々突っ込んで来る奴なんていやしないと思わないかい?」


 最後に言い放たれたジョニーの問い掛け。

 その直後、風真の態度が変わった。腰を上げ、直立し、ジョニーに向けその口を開く。


「ふん。余計なお世話なんだよてめぇは」


 ジョニーを一瞥し相変わらずの口調、だがその雰囲気に少しだけ変化が見られた。

 彼へその言葉を投げかけた直後、再び風真は腰を落とし構えを取る。手は風神に掛け獲物を見据え――


「何よ。別に何も変わらないじゃない」


 リディアが呆れたように言葉を発した。だがジョニーが呟くように、

「いや、違うさ。全く大したもんだよ風真の旦那は……」

と感心したように言った。


 その一見何の変化も感じられない風真の構え。だが、そこから発せられる空気は明らかに変貌していた。


 その身から発せられていた刺々しい程の殺気が和らぎ、余分な力が抜け、その構えはより自然体に近い形となる。

 そして、その動作に顕著に反応したのは目の前の魔獣。


 その目付きをより鋭くさせ、その身を屈め始める。

 すると魔獣の双牙が再び光りだす。水平に伸ばされていた牙は一旦収縮し、今度は横では無く前方に伸ばされていった。


 先を尖らせ、伸ばしきったその形状はまるで二本の鋭利な槍そのものである。


「どうやら、あちらさんは一撃で仕留める気なようだなねぇ……」


 その状況を思わずリディアも固唾を飲み見つめている。


「なぁリディア。あの牙は無制限に伸びる物なのかい?」


 横からのジョニーの質問に、え? と驚きながらもリディアは返答する。


「流石に無制限って事は無いわね。それに形状によっても違うし……でもさっきみたいに刃状にして横になら自分の体長ぐらいまでは伸びるはずよ」


 リディアの説明に、ふむ……と顎に手を添えながら一言発し。


「だったらもうちょいこっちだねぇ」

と言ってリディアの腕を引っ張る。


「え? ちょ……なに、なに?」


 戸惑いの声を発するリディアの腕を引っ張りながら、ジョニーは岩山の際ぎりぎりまで寄り、リディアの背中を壁に付けさせる。


「ま、一応念のためにってね」


 言って再びウィンクを決めるジョニー。

 リディアの頬が少し火照り……


「も……もう! 何なのよ一体!」

と言って正面で腕を組む。


 その様子に微笑するジョニー。

 だが、直様表情を変え目の前の戦いに視線を戻す。


――ふぅぅぅぅ……


 風真は肺に溜め込んだ息をゆっくりと吐き出し、目の前の獲物を、鋭い光を宿した双眸で見据える。

 相対する剣歯虎は、喉を震わせ巨大な槍と化した双牙をゆり動かし攻撃の機会を窺っていた。



 風真はと言うと風神に手を添え、構えを一切崩すことなく相手の動向に着目している。

 それは一見するとリディアが話すように先程から何も変化が無いように思える。


 だが風真から発せられていた殺気が和らいだことで、剣歯虎は攻め入る隙が出来たと本能で感じ取った。

 だからこそ牙の形状を鋭い槍にまで変化させ、一撃で確実に仕留めれる形態を作り上げたのである。


 魔獣が牙の形を槍へと形成したのには二つの理由があった。

 一つは勿論、風真の身を刺し貫き一撃のもとに葬り去るため。

 そしてもう一つは、風真がもし先程のように横へと回避した場合――

 その時は再び形状を横長の刃へと変化させ切り裂く算段である。


 つまり剣歯虎は牙の形状を槍へと変化させることで、風真の取れる選択肢を狭めたのだ。

 そしてジョニーは、剣歯虎の狙いをこれまでの動向からある程度察していた。


 だからこそ、その牙の最長範囲をリディアに確認したのである。


 リディアとジョニーが見守る中。

 戦端を開いたのは、剣歯虎であった。

 その半身をすっと深く屈め、瞳を鋭く尖らせる。


 人と獣。

 それぞれの視線が中心でぶつかり合い、火花が飛び散っているようにも思われたその瞬間――


 魔獣の前脚が振り上げられ、それに続くように後ろ脚に力がこもる。

 砂塵を巻き上がらせ、跳ねるように駆ける魔獣。


 それは初撃の飛走とは違い、大地を抉り駆ける疾走。


 半端な対応では命に関わる。それほど目の前のの獲物は周到だ。

 咄嗟の判断力は、本能で動く野生の獣の方が人間より遥かに優れている。


 魔獣と呼ばれる剣歯虎も決して例外では無いであろう。

 風真へと迫りくる双槍との距離はあと僅か。魔獣の四肢があと数歩進めば、風真の身を刺し貫く事だろう。


 だが風真は動かない。微動だにしない。その捉えた双眸で魔獣の突撃をただ見つめるだけだ。


――刹那。


「きゃぁあぁ!」


 リディアが悲鳴をあげ両手で顔を覆った。

 視界に残る残像は、魔獣の双牙が風真の胴体を刺し貫く姿。


 そして、その瞳を決して閉じることなくジョニーもその瞬間を刮目していた。

 そう、魔獣の牙が風真を捉えた、その瞬間を――


「ははは、なんてこったこりゃ……」


 ジョニーが少し上擦ったような声を発した。

 その声を聞いたリディアが、両手で顔を覆ったまま、

「も、もしかしてやられちゃったの?」

とジョニーに訪ねた。


「いや……安心して見てみなよリディア。全く大したもんだぜ風真の旦那は」


 ジョニーの返答を受け、リディアが顔を覆っていた両手の指を開き、風真の方へと視線を向ける。

 その指の隙間から視えたのは、構えの姿勢を保ち続ける風真の姿。


 え? と一言疑問の声を発し、リディアは更に視線を移動させる。

 剣歯虎は、風真の五メートル程後方で喉を鳴らしながら、構えを取るその背中を見続けていた。


 しかしその表情は酷く狼狽している様子だ。

 その槍と化した牙での一撃――

 それは剣歯虎自身も確実に捉えたと確信した攻撃であったであろう。


 だがしかし、実際は風真の身体を貫くどころか、掠りもせず、まるで残像でも相手していたが如くすり抜けてしまったのである。


 あまりの出来事に動揺を隠しきれていない剣歯虎は、ただ低く唸り、風真の動向を見つめ続けるのが精一杯の様子であった。



「……ったく、俺の腕も訛っちまったかな」


 ふと風真の口が開き、呟くように声を発した。

 と同時にその場に刀身が鞘に収まる快音が鳴り響き――


 次いで訪れるは、何かが罅割れるような不協和音。

 その音色は魔獣の口元から発せられていた。


 思わず剣歯虎も音の方向へ視線を落とし、その瞬間。

 見事なまでに根元から寸断された二本のソレが地面に向けて落下した。


 周囲に響く重苦しい音を耳にした後、剣歯虎目掛け風真が振り返り睨めつける。


「ふん! 本当は顎ごと持って行くつもりだったんだがな」


 その炯眼を魔獣へと向けながら、鼻息混じりに堂々と言葉を発し片眉を吊り上げ。


「まあ、次は外さねぇがな!」


 気合一閃。風真は柄を握り再び目の前の獲物を睨みつけた。


 だがしかし――


 風真のやる気とは裏腹に、剣歯虎は正しく牙を無くした獣。腰が引け、グルル、と唸るも表情から怯えが見え隠れしている。


 そして、風真の視線から目を離すと、その身を翻し一目散に逃げ出したのだった。


「お、おいこら! 畜生! なんだってんだこれからって時によ!」


 遁走するその姿を目で追い。ぼやきながら風真は髪の毛を掻き毟る。


 何はともあれ、これで取り敢えずの危機は乗り越えることが出来たのだった――



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