第一話 風真と相澤
四話までは侍が異世界にいくまでの話です。
第二章の五話目から異世界での話が始まりますので四話まで飛ばしてそこからよんでいただいても問題はありません。
その男は崖沿いから上空高く広がる青空を見上げるようにして佇んでいた。
崖沿いに佇む男の顔はほりが深くややつり上がり気味の瞳。黒い髪をざっくばらんの短髪に刈り取り、六尺(約百八十cm)ある長身に紺色の着物を身にまとっている。
佇んでいる男の腰には二本の刀が吊るされているのが見て取れた。
男が腰で差し持っている刀の一本は、蒼色に染められた柄と、刀が納められる鞘が地面に届く直前まではある長刀であった。
そしてもう一本の刀は金色に光る柄が特徴的だが、長刀に比べると尺が半分程度しかない。
男の腰帯にはそんな二本の対照的な刀が吊るされていた。
その男を睨むようにして、多数の男達が見通しのよい岩場で十間(約十八m)の距離を取り身構えている。
男達は警官の紋章が施された黒色の詰襟とズボン、腰に異国の武器サーベルを腰に下げ、さらに銃を肩にかけ戦闘の合図をいまかいまかと待ちわびていた。
「相澤長官! 部隊の準備整いました」
警官の男の一人が、右手を頭の前に持っていき敬礼の姿勢を取りながらそう告げた。
相澤長官と呼ばれた男が声のする方へ首を回し振り向いた――その相澤の顔は小さく細目の輪郭に鼻筋が通った造りで、切れ長の双眸には銀縁の眼鏡が掛けられている。
振り向くと同時に写し出された相澤の五尺九寸(約百七十八cm)ある細身の身体には、青色の詰襟とズボン、腰にはサーベル、詰襟の制服には警官の紋章の他に豪華な彩飾が施された勲章が複数個取り付けられていた。
「ご苦労様、風真くんの様子はどうですか?」
「はっ! 風真の様子は……なんというか此方に背を向けたまま動きが無く、我々には気付いていると思うのですが……」
警官の男は相澤にむけ敬礼の姿勢を崩さずに答えた。
相澤を目の前にした男の額からは若干の汗がにじみ出ている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。報告有難う」
相澤は報告にきた部下の肩を軽く叩き、労いの言葉をかけた。
「はっ! 有難う御座います失礼いたしました!」
男は、はっきりとした口調で相澤にそう告げると、深々と頭を下げ、もとの定位置目指して駆足で去っていった。
「さてと……いきますか……」
部下が元の配置についたのを確認した後、相澤は小さくそう呟くと、風真に視線を向け歩み始めた。
◇◆◇
風真の方へと歩みながら相澤は従える部下たちに合図を送り数歩後ろに下がらせる。
そのまま部下たちより前に前進し、風真まで声が届くぐらいの位置で歩みを止め、その姿を正面に見据えるようにして口を開く。
「全く手間を取らせてくれますね、風真 神雷君」
相澤の発したその声に反応するように、風真はボリボリと黒髪を掻きながら、面倒くさそうに声のする方へ振りかえる。
「やれやれ……」
風真は振りかえると同時に吊り上がった目を大きく見開くと、相澤の方をじっと見据えるようにして睨みつけた。
「全く、まるで飢えた狼のような目付きですねぇ……困ったものです」
相澤は息を大きく吸い込み、深いため息をつくとさらに言葉を紡げる。
「その刀で随分ウチの者たちを傷つけてくれたようですねぇ……」
「ハンッ! 俺は只、降りかかる火の粉を払っただけさ」
静かな口調で事を告げる相澤の文言に連ねるよう、風真は吐き捨てるように言葉を返した。
「……その火の粉とやらを払い落とすために、うちの警官達を何人も切ったわけですか……相変わらずですねぇ風真くん」
「……てめぇは随分かわったようだがな」
風真は静かに言葉をもらすが、その相澤を見据える鋭い目付きはかわらなかった。
相澤は、ふぅ……と一つため息をつき、風真の表情を伺いながら言葉を綴っていく。
「……風真くん、幕府が侍を持て囃していた時代はもう終わったんですよ」
相澤の話を風真は押し黙るように……しかしその鋭い視線を決して逸らすことなく聞いている。
「時代は明治に変わり古くさい考えかたも捨て去らなければいけない」
相澤は両手を軽く広げ、両肩を軽く上下させ言葉を紡げていく。
「この廃刀令が布かれた御時世に、そんな物騒な刀を腰に差して歩くのはもう貴方ぐらいのものです」
風真の腰帯に吊るされた刀に向けて相澤が指を差しそう告げた。
相澤の口から発せられるその言葉に対し、風真の表情はさらに険しくなり、突き刺すような視線で睨みをきかせている。
「本当に恐い目付きですね……今にも噛みつかれそうなぐらい……」
「お望みなら、その喉にすぐにでも食らいついてやるぜ!」
風真は口を大きくあけ、間髪いれず上下の歯を勢いよく噛み合わせた。
風真の歯と歯のぶつかりあう音は、距離が離れているにも関わらず相澤の鼓膜に響きわたる。
「はは――この喉にですか……」
相澤は少し斜めに傾けたその首に手をあて、軽く摩るような動作を交えながら言葉を繋げていく。
「全く本当に血に飢えた狼のようですね……どうでしょう風真くん、そんなに戦いが恋しいというならウチに来てみては?」
そう言いながら左腕を右の腰にまわし、右手の指で眼鏡を軽く押し上げ、相澤は風真に問いかける。
「部下達が斬られた事を踏まえても、貴方程の実力があるなら私の口添えで何とでもなります」
相澤は体勢を変えず言葉を重ねるように、今度は少し強い口調で風真に言い放った。
「ふん! お前からそんな話を持ち掛けてくるとはなぁ、相澤長官さんよ」
風真は鼻をならし、嫌み混じりの口調でそう述べた。
「侍の時代は終わったか、確かにあの戦で皆散っていったな、友も好敵手も師匠でさえ……なぁ相澤?」
風真は相澤に問い掛けるように言葉を発す。
「だがまだだ……まだ俺が終わっちゃいねぇ……」
相澤は掛けている眼鏡を指で直しながら、風真を見据えるように見つめ続けていた。
「お前らが勝手に決めた事に従う気なんて毛頭ねえ! それが国の決めた定めだといわれてもなぁ!」
風真は相澤と警官隊を睨みつけ、声を荒げ更に言葉を続ける。
「この刀奪われる事は死と同じ! 侍を辞めお前らに屈することも俺にとっては死と同じ! だから俺はこの刀を振るう! それが俺の流儀! 侍としての俺の生き様だ! 刀こそは俺の誇りであり命! これまで幾多もの戦いの中で磨きあげたこの魂、どうしても奪いたいなら下らない口上なんかじゃなく、その力をもって奪い取るがいい!」
風真は鞘から刀を抜き、目の前に立ちはだかる大群に向かって鋒をまっすぐに向け声高々にいいはなった。
「――いちおう私はまだ生きてるんですがね風真君」
「フン! 侍であることを辞めた時点で、お前も俺に取っては死んだのと変わらねぇんだよ!」
風真は相澤と警官隊に向けていた刀を肩の上に持っていき、そう言い放った。
「侍をやめた――ですか手厳しいですね」
眼鏡のまん中の縁に手をかけながら相澤は静かに呟いた。
「風真君のその刀、金色のは確か『雷神』腰に差している長物は『風神』でしたか――立派な物ですね、これで最後になるわけですし、一本頂けませんか?」
相澤は静かに、風真の刀に指を突きつけながらそう告げる。
「なんだ? テメェの冥土の土産にもっていきたいってのか?」
上半身を反らし顎をあげぎみにしながら、風真はそう答えた。
「はは……全く、残念ですよ風真君。君となら良い仕事が出来ると思ったんですが――交渉決裂、ですかね」
「俺は最初からてめぇと交渉する気なんざねぇ。どちらかが死ぬだけ、そうだろ?」
相澤は一度は瞳を伏せるが、レンズの奥のギラついた眼で風真を一瞥し、そして翻るように踵を返すと片手を掲げ、部下たちに合図を送った。
そして大勢の警官隊が一斉に配置に付くと、相澤の合図により警官隊は一斉にわかれ、崖を背にしている風真を中心に十間の距離を維持しながら扇状に広がる。
「百五十人の部隊を十五の小隊にわけての包囲網です。さてさて、風真くんはどうでますかね――」
相澤は警官隊より後方の位置まで移動し、顎に手を添えながら呟いた。
「失礼します! 相澤長官! あれはどういたしましょうか?」
すると相澤の元へ小隊とは別の場所に待機している部下の一人が近づき、右手で敬礼の姿勢をとりながら相澤に尋ねた。
「……そうですねあれは使わないに越したことは無いですからね、取り合えず待機していて下さい」
「はっ! 承知いたしました! しかし……失礼ながら相澤長官、風真一人の為にここまでする必要があったのでしょうか?」
その部下の男は敬礼の姿勢を崩さず相澤に疑問を投げ掛けた。
「……あなたはあの戦をご存じないのですか?」
相澤は眼鏡を一旦はずし、眼鏡のレンズを指で軽くこすりながら呟く。
「はぁ? 戦です……か?」
男は間の抜けた顔で間の抜けた返事を返してくる。
「……まぁいいです、此方から指示をだすまではどうぞ待機していて下さい」
その顔に眼鏡をかけ直しながら、相澤は呆れたような口調で部下に待機命令を促した。
「はっ! わかりました! 所で相澤長官……」
「まだ何か?」
相澤は如何にも不快感をあらわにした口調で返事を返す。
「はっ! その……先程、もし風真が相澤長官の条件を飲んでいたら本当に上に掛け合うつもりだったのですか?」
男は多少不安な顔を除かせながら尋ねた。
「……本気でしたよ。問題無いでしょう? 私だって元々は貴方がたの敵だったのですから」
男はその相澤の言葉に声も出せず押し黙っている。
「それで? 他にも何か知りたい事がおありですか?」
相澤はその男を、鋭い目線で睨み付けながら強い口調で尋ねた。
「い……いえ! し……失礼致しました!」
男は額に多量の汗を滲ませながら、慌てて踵を返し去っていった。
「全く――知りたがりにも困ったものですね……」
相澤はそう呟くと視線を風真と警官隊の方へと戻した。