第十一話 商業の街ダグンダ
無事ダグンダの街に到着した面々の視界に飛び込んできたのは、街の中心を突き抜けるように敷設された往来。
その通りに沿うように、隙間なく正しく商業の街というに相応しい数多くの店舗が軒を連ねて立ち並んでいる。
それらの多くは木造平屋の小さな建物であるが、一部の飲食店や宿屋は二階まである作りのも目に付く。
店の軒先には、通りにまではみ出した天幕の下に品物を並べ、客引きを行う商人の姿も見られ街中は活気に満ち溢れていた。
「こりゃぁ、凄い人の量だなぁ。これは油断すると本当に逸れてもおかしくないぜぇ」
数多くの人々で溢れかえる往来を目にし、思わずジョニーが驚きの声を上げた。
ただ多いだけではなく、様々な色相の髪や肌、更にシェリーと同じように獣耳を生やした人物などその姿は多種に及ぶ。
「ふふ、でもジョニーさん。これでも少ない方なんですよ」
「おぃ」
「ふぇえ、これでも少ない方だっていうのかい? 全くたいしたもんだねぇ」
「おいっ!」
二人の会話を制して風真が声を荒げた。
何とも楽しそうな二人に反して、その顔は不機嫌そのものである。
「どうしたんだい風真の旦那? そんな威嚇するサルみたいな顔して」
「誰が猿だコラ! つか、やっぱり納得いかねぇぞ! なんなんだよこれは!」
風真はこれといって、自らの左腕を右の人差し指で指し示した。
風真の左腕には……ピンク色の、兎というか鼠というか、何とも形容しづらい生き物を模したような大きな物体が抱えられていた。
「え~と、ですから以前あったお祭りの景品の余りで、ぬいぐるみのダグンダくんです」
「名前なんかどうでもいいわ! なんで俺がこんなものを持たないといけないんだよ!」
「だから言ってるだろう旦那。そのぬいぐるみで刀を隠しておけば、とりあえず目立たないし、旦那が刀を手放す必要もない。これで万事解決。万々歳さぁ」
ジョニーが両手を広げ躍けるように言葉を述べた。
ぬいぐるみはどうやら背中に切込が入っているらしくそこを利用し上手く刀を入れているらしい。
確かにこれなら刀が他の人々から見られることは無いだろう。但し風真の刀が収まるぐらいのぬいぐるみである。別の意味で随分目立ってしまっている。
「ったく、なんだって俺がこんなわけのわからないものを……」
「旦那ぁ、今更文句を言っても仕方ないだろぉ? もうここまできてしまったわけだし」
ブツブツと文句を言う風真に、ジョニーが両手を広げ言い聞かせるように言葉を発した。
「すみません風真さん。丁度良いのがそれぐらいしかなかったんですよ」
シェリーは申し訳なさそうにそう言ってはいるが、その口元は緩んでいる。
「シェリー!」
すると突如、人の波の中からシェリーを呼ぶ声が響いた。
一行が声のした方へ顔を向けると、白い前掛けを、腹か腰かわからない位置に身につけたふくよかな男性がシェリーのもとへ駆け寄ってくる。
「あ、ドメイクさん」
シェリーが声を掛けると、駆け寄ってきたドメイクと呼ばれた男性は、太腿に両手を添え、ぜぇぜぇ、と肩で息を切らした。大した距離を走ったとは思えないが燃費は随分と悪いようである。
「シェリーの知り合いかい?」
ジョニーのその問いかけにシェリーは、
「あ、はい僕が良く買い物に行くパン屋のご主人です。いつも良くしてもらっていて……」
と返答した。
するとドメイクはなんとか息を整えたようでその顔を上げた。パン屋のご主人というだけあってか、酵母菌で膨れ上がったかのような見事な丸顔である。
「し、シェリー! 一体どこ言ってたんだぁい! 朝から姿が見えないって随分ウィルが探していたんだよぉ」
開口一番にドメイクはシェリーを心配するような言葉を述べた。
するとシェリーが、
「え? お父さんが……?」
と大きな瞳を瞬せ呟くように言った。
「そうだよぉ。ダメだよぉ何も言わず勝手に出歩いたりしたらぁ。一体どこにいってたんだぁい?」
ドメイクはなんとも間延びした声でシェリーに問いかけた。しかしシェリーは少し困ったような表情を浮かばせながら、
「し……心配かけて本当にごめんなさい! とにかくお父さんの所へはすぐに戻りますから」
と頭をさげ謝った。ただ何処に行っていたかに関しては触れていない。
「う~ん、そうかぁい? わかったよぉ。とにかく早く帰ってお父さんを安心させてあげてねぇ」
そう言ってドメイクは稷を返し、途中何度か振り返り手を振りながら離れていった。
歩き方も喋り方も随分とおっとりとした男である。
「なんだか随分心配されていたみたいだけど大丈夫かい?」
ドメイクが見えなくなったところで、ジョニーは心配そうにシェリーへ声を掛ける。
するとジョニーを振り返り、シェリーが眉を落としつつ返事する。
「え、えぇ、ただ出来るだけ早くお父さんを安心させてあげたいんで……」
ドメイクの話だとシェリーは父に随分と心配されているようである。
そのせいかシェリーの表情もどこか浮かない。
「そっか、じゃあとりあえずシェリーの家まで急ぐとしようか」
ジョニーはニカッと白い歯を覗かせながらそう言った。
ドメイクの話とシェリーの表情から、それが一番適切なのだろうとジョニーは判断したようである。
「はい! ありがとうございます。と、ところで……」
シェリーは言葉を途中で切ると、辺りをキョロキョロと見回した後、ジョニーの瞳を見つめ更に言葉を紡げる。
「風真さんはどこにいったのですか?」
「うん……?」
短く言葉を切り、ジョニーも辺りを見回すが確かに風真の姿が無い。
「おいおい。まさか本当に逸れちまったとかじゃあないよなぁ?」
頭のハットに手を添え、やれやれといった感じで言葉を述べ更に辺りを見回す。
すると突如往来の先から、
「おいおい、どういう事だよそれは!」
という風真の怒声が二人の耳に届いた。
ジョニーはシェリーと声のした方に向かうが、そこで風真はすぐに見つかった。
只でさえこの街では目立つ格好な上、ぬいぐるみを抱えているのだから近づけば一目瞭然だろう。
風真は往来に設置された屋台の前に立っていた。
屋台では、銀色の串に刺された肉が何本も金網で焼かれ香ばしい匂いを辺りに漂漂わせている。
どうやら風真はこの臭いに釣られてここまで来たらしい。
「風真さん。本当に逸れたかと思って探しちゃったじゃないですかぁ」
シェリーが風真の傍までより、困り顔で声をかけた。
「あん? 馬鹿言え。ちょっと良い匂いがしたから少し離れただけだろ。逸れてなんかいねぇよ」
「それを逸れたって言うんじゃないのかい? 旦那」
ジョニーが最もな意見を風真にぶつける。
するとそのやりとりを見ていた細身の店主が、
「何だい。この変な格好した男シェリーの知り合いだったのかい? だったら何とか言ってくれよ。さっきからお金も払わないで肉を食わせろってうるさいんだよ」
と眉を顰めながら言ってきた。
「はぁ? でたらめ言ってんじゃねぇぞ親父! 銭なら払うって言ってんだろうが。ほら見てみろよこれ! これだけあって何が不服だって言うんだ!」
そういって風真が指をさしたところには、くすんだ感じの金色の硬貨が数枚置かれていた。硬貨の真ん中には一圓と印字されている。
店主はその硬貨を手に取り、まじまじと見つめた後、
「なんだこんな玩具みたいな物」
といって放り投げた。
「あぁぁぁああ! てめぇ何すんだこのクソ親父! 俺のなけなしの金を!」
「うるせぃ! 何が金だ! 嘘をつくならもっとマシな嘘つきやがれ! 大体いい年こいてそんなぬいぐるみ抱えて恥ずかしくねぇのかこのスットコドッコイ!」
「あん? ざけんな! 俺だって好き好んでこんなわけのわかんねぇもの抱えてるわけじゃねぇだよ!」
歯牙をむき出しにし、身を乗り出して食ってかかる風真と、負けじと声をはりあげる店主。
このままでは喧嘩になってしまうのでは? と危惧したシェリーが、風真の抱えるぬいぐるみを引っ張り、
「と……とにかく風真さん! まずは僕の家に向かいましょう! 食べ物ぐらい何か用意しますから、ね?」
と声を大にして言った。
「冗談じゃねぇぞ! こっちは金払ってるのになんでこんな目に……」
「まぁまぁ風真の旦那。とりあえずここは離れようぜぇ。さぁさぁ」
風真の言葉を途中で区切り、ジョニーは彼の背中を押すようにして無理くりその場から離れさせた。
「お……おい! 冗談じゃねぇぞ! 大体俺の金! おい!」
叫びながら離れていく風真の背中を、店の店主が冷たい視線で見つめていた――