第百十二話 第一回戦【ラースVSアグ】
「か、風真さんが勝ったのは嬉しいけど、一体何が起きたのかさっぱり判らなかった~」
シェリーが悔しそうに口にする。しかしそれも仕方のない事だろう。そもそも今この観客席の中で一体どれだけの人間が理解できているものか。
「……ですが、見事でしたわ。見事なカウンターでした――」
すると、チヨンが悔しそうではありながらも風真に対し感嘆の言葉を述べる。エンジが一回戦で敗退したことは相当に堪えてそうでもあるが、ただ武闘台の上でのエンジの表情はむしろ爽やかなものだ。
そしてバレットが見つめる武闘台の上では、お互いの健闘と称え合うように握手し合う二人の姿。
「負けた、完璧に俺の負けだよ。やっぱ兄ちゃんはすげぇや!」
「ふん、お前も中々やるじゃねぇか。ま、俺ほどじゃないにしてもな」
「うぅ、でも自信はあったんだけどな~あれを見切られるとは思わなかったよ。禁じ手まで使ったのに」
「禁じ手?」
エンジの言葉に一瞬眉を狭める風真であったが。
「あぁ、あのグワッ! と速さを上げた奴か。まあ、あれは確かに結構驚いたけどな。だけど、いくら速くても攻撃が単調じゃ意味が無いぜ。動きも直線的すぎるし、あれじゃあ反撃してくれって言っているようなもんだ」
風真の発言にエンジが目を丸くさせる。そして後頭部を掻いた後。
「参ったな、それ親父にも言われていたことだ」
そういって罰が悪そうに苦笑した。
「さあ~! 皆様! 素晴らしい試合を展開してくれた両選手に改めて拍手を~~~~! そしてこの後は十五分ほど整備の時間を置いて第一回戦第二試合となりま~す!」
改めて観客たちから拍手が起こり、そして風真とエンジは試合場を後にするのだった。
「ごめんチヨン! 負けちゃった!」
試合が終わった後は、負けた選手は控室からは退場することになる。ただ負けた後も試合は観戦できるようにあらかじめ、観客席に選手用のスペースは用意されていたりするが――エンジはそのスペースをチヨンの隣にいた男性に譲り、ちゃっかりチヨンの隣を確保しつつ、申し訳無さげに謝罪した。
「何を言われますか! エンジ様は素晴らしい戦いでした! 今回は少し運というか、とにかく決して風真様にも負けてませんでしたよ!」
立ち上がり、エンジを称える言葉を続けるチヨン。例え負けたとしてもチヨンのエンジに対する気持ちは変わらないのだろう。
「でも、俺わりとすっきりしてたりもするかな。勿論次やったときは絶対勝つけど!」
「その意気ですわエンジ様!」
負けたにも関わらず確かにエンジの表情はどこか晴れ晴れとしたものに変化していた。チヨンも、その精神力の強さ流石です! と褒めちぎっている。
「ですが――風真様がカウンターを決めたのは判りましたが、ですがエンジ様の攻撃を行った位置でいけば、抜いても刃は当たらない筈……そこが不思議ですわね」
「それは何も不思議じゃないぜチヨン。兄ちゃんは回転して俺の攻撃を避けつつ反撃してきたからな」
「へ? 回転?」
チヨンが目をパチクリさせ復唱する。まさかそんなことが可能だとは思いもしなかったのだろう。
「まあ、あれは旦那じゃないと出来ない芸当だねえ。あれだけの速さで迫る彼に、回転しながら避けて攻撃を合わせるなんて、人間業じゃないさ~」
バレットが両目を広げながら口にする。何せ瞬きしている間に武闘台の端から端まで駆け抜けるほどの速さを誇ったエンジである。いくら攻撃を読んでいたとしても普通ならただ攻撃を合わせるだけでも至難の業だ。
「それだけのことが出来る風真さんはやっぱり流石ですね!」
風真が勝ったことでシェリーもご機嫌だ。チヨンは若干面白くなさそうな顔をしたが、エンジが隣に座っていることは嬉しいようでプラスマイナスゼロといったところか。
そしてそうこうしている内に試合の準備は進み、ふたたび武闘台にフレアが姿を見せる――
「よぉ」
控室から出てきたラースに風真が声を掛けた。どうやら風真は敢えて控室に戻らず、彼の出てくるのを待っていたようである。
「君は確か昨日の酒場の、風真君だったね。ふふっ、一回戦突破おめでとう」
「ふん、心にもないことをいいやがって」
「いえいえ、本心ですよ。それに私は強い人が好きでね」
微笑みの中にどこか相手を挑発するような空気を滲ませる。風真も似たようなところはあるが、彼に比べるとラースはそれをはっきりと示そうとはしない。
「……次の試合でやるのが楽しみだぜ」
「随分と気の早いことですね。私が勝てるかも判らないのに」
「お前がこんなところで負ける玉かよ」
「それは少々買いかぶり過ぎかと思いますが、まあ、頑張って見ますよ」
そういってヒラヒラと手を振り会場に向かうラースの背中を見つめながら、たぬき野郎が、と風真が一つ呟いた――
「さぁ! いよいよ二回戦の始まりです! 両選手入場!」
相変わらずテンションの高いフレアの案内によって、ふたりの選手が武闘台に姿を見せた。
「え~ではここで簡単に両選手のご紹介を!」
そしてフレアによる選手の紹介が行われる。だがバレットはそのうちの一人は既に知っていた。酒場で喧嘩の仲裁に入ってきたラースという男だったからだ。
そしてその対戦相手はアグ。老齢の男で白髪。額がM字型に顕になっており、赤いローブを身に纏い、その手には杖が握られていた。
それを見るに相手は魔術が得意なタイプであろうとバレットは予想する。そしてラースに関して言えば黒尽くめの外套に両腰には曲刀が一本ずつといったスタイルである。
「あの兄ちゃん、店で見たときから思ったけど強そうなんだよな~」
するとラースの姿を目にしながらエンジが評した。彼も店でラースの姿を目にしている。
「エンジ様がそう言われるならかなりの腕前かもしれませんね、勿論エンジ様の足元には及ばないと思いますが、あ、果物いかがですか? はい、あ~ん」
「ば、馬鹿! それぐらい自分で食べれるって!」
「……エンジ様はチヨンの手にしたものは食べられないというのですね。うぅ、このチヨン! エンジ様に嫌われては!」
「わ、判った判った! はい、あ~ん」
にこにこと嬉しそうにエンジの口に食べ物を運ぶチヨンを見ながら、ため息をこぼすエイダである。
「あたしゃもう帰ろうかね」
「え! そんな! まだ試合はありますし、次がリディアさんの試合じゃないですか~」
シェリーが眉を下げて困ったように訴えた。それを認めながら苦笑するバレットである。
ただ、確かにこう後ろでイチャイチャされては堪らないだろう。
「う~ん、でもここで彼が勝てば次の試合は旦那とになるんだねぇ」
「ふむ、だけどねぇ、あのアグとかいう男の腕、もしかしたら術印が施されてるかもしれないねえ」
「術印?」
聞きなれない言葉にバレットが問い直した。すると、あぁ、とエイダが顎を引き。
「術印は魔術の式を直接身体に刻んでおく方法さ。こうすることで術の発動が早くなるという利点があるけど、使用する術がある程度制限されるという欠点もあるけどねぇ」
「なるほどねぇ、そういえばフレアの紹介で炎の魔術師と紹介されていたねぇ」
「あぁ、恐らく腕に炎系の印を刻んでいるのだろうさ」
そして、遂に第二試合が始まった。
すると開始の掛け声とともにアグという男がラースに向け間合いを詰め始める。
これには会場中からどよめきが起こった。まさかいかにも魔術師然といった風貌の男が接近戦を挑むとは、と考えた者が多数いたのだろう。
だが、それは大きな勘違いであり、アグはある程度まで距離を詰めたところで大きく息を吸い込み、そして口から巨大な炎を吐き出した。
一瞬にして武闘台の広範囲が炎に塗れる。
「あれを術式の展開なしにやるってことはやはり術印だろうね。見てみな、腕にもちらりと見えているよ」
エイダの声にバレットも反応し、アグの腕を見る。僅かに捲れた袖の中から確かに何か奇妙な配列の文字が見えた。
「でも、これで勝負は決まりでしょうか?」
「いや――」
シェリーが腕を組みながらそんなことを言うが、バレットは否定の言葉を口にし視線を動かす。
すると炎の中から飛び出す一つの影。ラースである。しかもこれといったダメージを受けている様子がない。
「チッ! ならばこれでどうだ!」
アグが後方に飛び跳ね、そして杖を突き出すと同時に自分の頭ほどの大きさである火炎球を発射した。
だがラースの動きは俊敏であり中々命中しない。アグの放つ火炎球は更に数を増すがラースは弾幕の中を軽やかに避け、移動しその距離を詰めていった。
アグが見た目通り魔術師なのはこの戦い方からして間違いないだろう。故にラースからしてみれば接近戦に持ち込まなければ話にならない。
だが、アグも負けてはいない。再度炎の息吹を広げ接近を拒もうとし、そこから距離を離し火炎球による連射を続けた。
一見するとこれは遠距離からでも攻撃が可能なアグに分があるように思える試合だった。
だが――
「な!?」
アグが驚愕に目を見開く。それは再びアグが炎の息吹を放った直後であった。やはり距離を離そうと考えるアグであったのだろうが、いつの間にかその背は武闘台の端にあったのである。
これでは背後に逃げることは叶わず、しかもその時ラースは息吹を跳躍して躱していた。
空中を軽やかに舞うラースはそのまま一気にアグとの距離を詰め、抜いた曲刀による一撃を相手の身体に叩き込む。
魔術による戦い方を主としてあるアグがこの一撃に耐えられるわけにもなく――そのまま場外に落とされラースの勝利が決まった。
「これは凄い! 一見追い詰められているかのように思えたラース選手でしたが! なんと逆に相手を誘導し逃げ道を塞いでいた! 先程の第一試合に続いてこの第二試合も素晴らしい内容でした!」
そしてフレアの熱い実況に会場中が再び盛り上がる。そんな中ラースはアグに手をかし引き上げた。その姿に女性陣からは黄色い声が上がる。
(うん?)
だが、その時バレットは何か妙な違和感を覚えた。だが、それが何かまでは釈然とせず、そして第二試合を追えたふたりが会場を後にするのをなんとなく見つめ続けた――




