第百十一話 第一回戦【風真VSエンジ④】
「え~、その、エンジ選手の使用している武器を管理員がチェック致しましたが、武器自体には問題は見当たらなかったと、つまり極めて殺傷力が抑えられている複製武器であることは間違いないとの結果が返ってまいりました~!」
「ふ~ん、つまり試合は続行ということでいいんだよね?」
シンバルが戻り、チェックしていた武器についての管理側の見解を述べた。
それを認め、フレアが確認すると、シンバルは激しく顎を上下させる。
何せ睨めつけてくる風真の表情が怖い。万が一これで中止なんてことになったら自分めがけて跳びかかってきてもおかしくなさそうだ、とかなりビクビクしている様子なのである。
「はい、じゃあこれ改めて返しておくね」
「おう! それにしてもやっとあんちゃんと決着がつけれるよ。出来ればこんなことは二度とゴメンだね!」
「全くだ。安心しろ、今度止めやがったらそいつを俺がぶっとばす!」
「ひぃ~……」
もう邪魔するなよ、と念を押すように睨みつけてくる風真に、思わずシンバルがフレアの背中に隠れ情けない声を上げてしまう。
それに苦笑するフレアである。
「ま、とにかく試合を再開させるから、君はもう下がってなよ」
「は、はい! すぐにでも! では、後はよろしくお願い致しますフレア様!」
フレアに向けてそう言い残すと、シンバルは脱兎のごとく勢いで武闘台を離れた。
「な、なんか相変わらず頼りがいのない人ですね」
その姿にシェリーが呆れ眼で感想を述べる。確かにシンバルは一見するととても気が弱い。
「シェリー、あれで彼は剣を持つと凄いのさ~」
「え~? とてもそうは見えないけどなぁ……」
そう思うのも仕方ないか、とハットのブリムを押し上げつつ、バレットが笑みをこぼす。
「さぁ~長らくお待たせ致しました! いよいよ風真選手対エンジ選手の熱い闘いが再開されま~~~~す!」
フレムの魔道具を通しての声に、再び会場が沸いた。待ちくたびれたぞー! などと闘いを煽る声も各席から聞こえてくるが、それを一番思っているのは当の選手である風真とエンジであろう。
ふたりは改めて互いが八歩分ほどの間合いを取った状態で向かい合い、真剣な瞳で見つめあう。
武器のチェックも終わり、これでもうふたりの決着を邪魔するものはいないだろう。
「さぁ、いくよ――兄ちゃん!」
声を滾らせ、かと思えばその瞬間には風真の横をエンジが通りすぎていた。正確に言えば風真が半歩分ほど位置をずらし、迫るエンジの攻撃を躱した。
勢い余ったエンジは瞬きしてる間に武闘台の端にまで達し、石が削られ生まれた煙だけが後塵として残った。
だが、エンジの動きはそれでは終わらない。風真を振り向いたかと思えば既にエンジの姿はなく、そして風真は背中を向けたままだ。
「やりましたわ!」
チヨンが嬉々とした様子で声を上げる。もしエンジの動きが見えているとしたなら彼女も相当動体視力がいいと言える。
シェリーなどは何が起きたか理解できていないだろう。
だが、彼女の声と同時に風真の身体が空中に浮かび上がったことでシェリーも風真がやられたと思ったのだろう。思わず彼女の口からも緊張の声が上がった。
ただ、チヨンは少々見誤っている感があった。エンジは確かに瞬時に身を翻し、足場を蹴り背中を見せ続けている風真へと迫った。
だが、彼の二撃目は風真に命中してはいない。その証拠に、空中の風真はそのまま一回転を決め見事武闘台の上に着地してみせたからだ。
表情もとくに変化はなく、これといったダメージを受けた様子はない。
「あ、あたってませんでしたの?」
「う~ん、そうだね~旦那は上手く雷神で受け流して見せたようだよ」
両手を広げバレットが言う。彼の視界に映る風真の右手には確かに雷神が握られていた。そしてバレットは一連の動きをしっかり認めていた。
エンジが炎刀・彩による斬撃を風真目掛け放ったその時、風真は雷神を背後に回し背中でその一撃を受け止めていたのだ。
そして雷神の刃で見事相手の力を受け流し、その勢いを殺すように空中へと飛び上がってみせた――その為、風真には当然これといったダメージはない。
「やるな兄ちゃん! まるで背中に目があるみたいだよ。でも俺だってまだまだこれから!」
エンジは更にスピードを上げ、今度は縦横無尽に武闘台の上を駆け巡り始めた。風真のすぐ横や目の前を横切るようにして攻撃を誘ったりもしている。
そしてその動きの中にフェイントと本物攻撃とを織り交ぜていった。
風真はそれらを雷神で次々と捌いていくが、反撃には転じれていない。
「おーっとエンジ選手、これはものすごい速度で風真選手の周りを疾駆し続けている! あまりに速く目で追うのがやっとという状況だ!」
フレアの声が会場に響き渡るが、見ている観客の目は点になりつつあった。殆どの観客はエンジの姿を目で追えておらず、ある程度腕に見覚えのある者でも、人型の影が視界の中で行ったり来たりしているのを感じ取っているぐらいだろう。
「か、風真さん大丈夫でしょうか? 全く動きに追いついていないようですが……」
「な~に心配はいらないさ~旦那はしっかりエンジの動きを追っているよ」
「え? でも全然顔も動いてないですけど……」
「ふんっ、当然だね。あいつは目で追えてないんじゃない、目で追っていないのさ」
エイダの言葉に、流石とバレットは感心したように瞳を広げた。なるほど王国屈指の魔術師と言われているだけある。
「兄ちゃんやるね! でも受けてばかりじゃ俺には勝てないよ!」
「……そうだな。そろそろ鬱陶しくなってきたし決着つけるか」
風真の周囲を駆け巡りながら自信ありげに言葉をぶつけるエンジ。
しかし風真は風真で、まるで勝ちを確信したような口ぶりでエンジに言葉を返した。
「兄ちゃん……自信あるみたいだけど、俺はまだまだ速くなれる!」
「な! あいつ更に速度を上げやがった!」
「お、俺の目で捉えきれないだと?」
観客席にいた何人かの男が立ち上がって声を張る。それぞれ屈強な戦士然とした男たちだ。腕に覚えがあったのか、これまでのエンジの動きはなんとか追えていたようだが、更にスピードが増したことでいよいよそれも叶わなくなったのだろう。
殆どの人々の目にエンジの姿はもう見えていない。ただ、武闘台に響き渡る、ヒュンヒュン、と言う風をきる音だけがエンジが其処にいるという証となっていた。
風真には相変わらず動きが見えない。いつの間にか武闘台の中心に立ち、そこで直立し何かを感じ取っているようなそんな印象。
だが――風真の手に変化。雷神を鞘に収めそして――
「あれは風神の構えだねぇ」
目を瞬かせながらバレットが言う。途中雷神に持ち替えていたのはエンジの動きに対応するためだったはずだ。
居合の風神は抜いた時の斬速は速いが、その刃の長さ故、懐に潜り込まれると防御に転じにくい。一方雷神であれば逆に刀身が短い分、接近戦に於いては対応しやすい。
今のエンジはかなり速い。それは風真も理解した。故に雷神に切り替え一気に間合いを詰めてくるその動きに合わせていた。
だが、それを風神に変えたということは――そして風真は両目を瞑っていた。
本来であれば無謀とも言える構え。勝負を捨てたと思われても不思議ではないが――
刹那、風真の左横の空間がゆらりと歪んだ。そこにいるエンジの姿をバレットの目は捉えた。定石だ、今の風真の居合の構えでは鞘が左にある為、抜いてもその刃はエンジには届かない。
だが――その瞬間けたたましい轟音、そして武闘台の外、今の風真から見て右側の場外から土塊が舞い、煙が立ち込め、土竜が掘り進んだような後が残る。
その様子に、目をパチクリさせるチヨンとシェリー。そして、あ~らら、とおどけたように口にするバレットと、ふん、と鼻を鳴らすエイダであり。
「勝負、決まりおったか」
そうエイダが後に続けると、場外に立ち込めた煙の中から何かが飛び上がり、そして回転しながら場外の地面に降り立った。
その姿を、赤髪の少年を風真は鼻を鳴らしながら見つめ、そしてエンジはくるりと武闘台に向けて振り返り、いや~、と後頭部をさすりながら照れくさそうに述べ。
「参ったね、俺の負けだよ兄ちゃん」
そう言葉を続けた。
「お~~~~っと! 勝負ありましたーー! 第一回戦! 風真選手対エンジ選手は~~! エンジ選手の場外負けで風真選手の勝利だーーーー!」




