第百十話 第一回戦【風真VSエンジ③】
轟々と炎が噴き出る脇腹を認めながら、風真は目を見張り、そしてエンジを睨めつけた。
「テメェ――くっ、か! まさか俺が一撃いれられるとはな」
だがその直後口角を吊り上げ、なぜかどこか嬉しそうに声を弾ませる。
(……全く、本当に旦那は戦闘狂だねぇ)
観戦席から二人の様子を見ていたバレットは、あれだけの傷を追いながらも嬉しそうな風真に呆れたように眉を上げる。
ただ、まぁどっちもどっちだねぇ~、とエンジを評した。なぜなら対峙する少年もまた、随分と嬉しそうだったからである。
「それでもその程度で済むなんて流石兄ちゃんだ! でも、その炎いい加減どうにかしないと本当に死んじゃうよ?」
歓喜の声を上げるエンジであったが、その直後風真に対して警告も行った。確かに風真の脇に生まれた炎は今も盛んに燃え続けており、その勢いも増していっているように感じられる。
「……ふん! そんな心配は無用だぜ!」
すると、なんと風真は雷神を抜き、燃え上がる脇腹の一部を躊躇いもなく抉り取ってしまう。
そして己の肉片をべチャリと床に投げ捨てた。
これによって炎が燃え広がる部位が極端に減り、風真の肉の一部を消し炭に変え炎は消えた。
「ひぇ~~! 凄いな兄ちゃん、でも痛そうだね~」
「こんなもん、さっぱり痛くねぇ!」
吠える風真。確かに表情からは辛い様子が全く感じられない。相当痛みに対して強いのだろう。それは暗に彼がどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのかを示唆していた。
「うぅ、僕は見ているだけで痛くなります」
すると風真の様子を心配そうに眺めながら、シェリーが怯えた声で言った。まだ小さな彼女には少々刺激が強いのかも知れない。
「ふんっ、けどまぁ、炎に包まれたのが逆に良かったかもね」
「そうだねぇ、おかげで出血自体はそこまで酷くなさそうだしねぇ」
確かにふたりの言うとおり、風真の脇腹は炎による熱で傷口が塞がり出血も止まっている。
これであれば試合に影響はないであろう。
「お~っと! これはなんということでしょう! あまりに一瞬の出来事で会場も言葉を失っておりますが、エンジ選手の抜剣によって、試合の流れは大きく――」
「ちょ、ちょっとストップです~~~~! この試合一度中断してくださ~~~~~~!」
こうして風真も体勢を整え、改めて構えを取り向かい合うふたり。その様子を見ながら観客に向けて実況を始めるフレアであったが、そこへ急遽シンバルが乱入し試合を止めてしまう。
「はぁ!? おいテメェ! 試合を中断とはどういうことだゴラァ!」
すると、風真が怒りを露わにシンバルに向けて叫びあげた。ガルルっと瞳を尖らせ歯牙をむき出しにし、今にもシンバルに飛びかかりそうである。
「ヒッ! そんな怖い顔しないでくださ~~い! 仕方ないんですよ~その、エンジ選手の武器を念の為確認してくれと管理側から話がありまして……」
「へ? 武器って俺のか?」
シンバルの回答に、怪訝そうにエンジが尋ねた。それにシンバルが何度も頷き返し。
「あのですね、流石にその傷は切れ味が尖すぎると、なのでもしかして間違えて本物の武器の方を渡してしまっているんじゃないかと言う話になりまして、なので念の為エンジ選手の武器を確認させてくださ~~~~い!」
こうしてシンバルの乱入により張り詰めていた緊張の糸もぷっつりと切れ、風真もため息混じりに髪を掻き毟る。
「たくよぅ! 俺は別に本物でも構いやしないってのに!」
「そ、そういうわけにもいかないんですよ~」
「ははっ、まぁ仕方ないね。さて観戦席の皆様申し訳ありません。これよりエンジ選手の武器のチェックに入りますので今暫くお待ちを~」
フレアの声に観客席の雰囲気も弛緩し、一息つく形となった。中には不満を漏らす声も上がっていたが、もし万が一ミスで本物が渡されていて死者でも出したら洒落にならないと管理側が危惧したのであろう。
「でも確かにあの切れ味だと、刃がないとは思えないし、も、もしかしてエンジさんがズルをしたとか?」
「失礼なことを言わないで下さい! エンジ様は卑怯な真似など致しませんわ!」
「ひぇ! ご、ごめんなさい――」
失言だったかなとシェリーがその獣耳を垂らしつつ謝ってみせる。それにしてもチヨンのエンジに対する想いは相当なものなようだ。
「ま、無駄な時間だねぇ」
「エイダは間違いはないと思ってるのかい?」
「まぁね。でもそれはあんたも一緒なんだろ?」
バレットを一瞥しつつ訊いてくるエイダに、ははっ、と曖昧な返事を返す。
ただ、確かにバレットもエンジの使用している剣が複製なのは認識していた。風真にしても一緒である。
「でも驚きました。風真さんの傷口から炎が噴き出るなんて、あれがエンジさんの魔術の力を使った切り札なんでしょうか?」
「いえ、あれはエンジ様の本来の力の副産物でしかありませんわ」
「え? 副産物?」
「ようはあの炎は別に魔術の力なんかじゃないってことさね。ホムラル家の伝承血紋は実はその効果は至極単純――血液を沸騰させての全身強化さ」
「へ? け、血液を沸騰?」
「はい、血液を沸騰させ血流をよくし、更に代謝も上がりマナの循環効率があがります。その上で第二の術式が全身に行き渡り肉体の超強化を可能とするのです」
「ふん、肉体の強化自体は魔術じゃそれほど珍しくもないけどね。けれど全身となると話は別だ。相当腕のたつ魔術師でも強化できるのは精々二割増しか三割増しってところだし、それ以上は肉体が持たないからねぇ。だけどあの術式はそれを凌駕する効果があるのが特徴だ。練度にもよるが――あの坊っちゃんなら十倍ってとこかね」
「うふ、二十倍ですわエイダ様」
その回答に一瞬エイダの両目が見開かれたが、すぐに表情を元に戻し、全く末恐ろしい子供だよ、とため息混じりに述べた。
どうやらそれだけエンジのボテンシャルは高いらしい。
「でも、魔法と関係ないならどうして炎が出たんだろ?」
「う~ん多分だけどあの剣に秘密があるんじゃないかい? 熱を伝えやすい素材のようだし、それにあのギザギザは摩擦力を高めるのに効果ありそうだしねぇ」
得々とエイダにエンジの力を話して聞かせていたチヨンであったが、バレットの推察にその眉が跳ね上がる。
「どうしてそう思われるのですか?」
「う~ん、エンジがあの炎刀・彩を抜いた直後、刃から煙が立っていたから熱を帯びているなとは思ったんだけどねぇ。後はエンジが動き出した直後に刃が赤熱していたから相当な高温になっていたのもなんとなく判ったしね。つまりエンジは全身が強化されたことであの目にも留まらぬ素早さを手に入れた。そしてあの剣はその素早さを最大限活かすための物――ただでさえ熱を伝えやすい剣にあの素早さが加わることで摩擦熱で更に温度は上がる。だから風真の旦那の傷から炎が上がったのは、あの剣の熱によって血液に引火したからだと、そう思ったわけだけど――どうかな?」
ハットのブリムを押し上げ笑顔で振り返るバレットに、どこか悔しそうに、目が良いのですのね、と返すチヨンである。
その態度を見るにバレットの推測は当たっていたようだ。
「でも、そんな強化した相手に風真さん、か、勝てるのかな……」
「当然勝てませんわ! この勝負はエンジ様の勝利です!」
「ま、あたしゃどっちが勝ってもどうでもいいけどね」
「そ、そんな~、あ、ば、バレットさんは風真さんに勝って欲しいですよね?」
シェリーに縋るように尋ねられるバレットであるが。
「う~ん、でも確かにあれは厄介だしねぇ。旦那も油断してたら負けてしまってもおかしくないねぇ」
「ば、バレットさんまでそんな~」
「……ただ――」
悲しそうに訴えるシェリーだが、その後に続いたバレットの言葉に、ただ? と復唱しバレットの顔を見やる。
「その二十倍がどう影響するか、それが鍵かもしれないねぇ――」




