第百九話 第一回戦【風真VSエンジ②】
「俺が相手にならないだって?」
エンジが怪訝な目付きで風真に問いかけた。すると、ああそうだ、と確信めいた口調で風真が言い放つ。
「お前の攻撃は単調すぎんだよ。一見すればそんな重い武器をぶんぶん振り回していて凄そうに見えるかもしれねぇが、俺にはそんなハッタリ通用しねぇ。そもそもでかすぎるから軌道も読みやすいしな。そんなんじゃ俺には勝てね~よ」
風真がそこまで言うとエンジが顔を伏せプルプルと肩を震わせた。風真の言ったことが図星だったのか――どちらにしても様子がおかしい。
「お~~~~っとここで風真選手! エンジ選手に核心を突く一言! あれだけの大剣を操るエンジ選手ですが、それを動きが単調の一言で切り捨ててしまいました!」
するとフレアが魔道具を片手に大仰な動きで周囲にアピールする。その途端再び観客が湧き上がった。
「や、やっぱり風真さんは流石ですよね!」
「ふん! あいつは調子に乗りすぎじゃ」
興奮気味に口にするシェリーだが、エイダは顔を歪めて厳しい意見を言った。
だが――バレットは改めて武闘台で相対するふたりに目を向ける。
確かに油断は禁物だがエイダの言うとおり、現状エンジには分が悪い。彼が言い放った事は的を射ており、確かにエンジの攻撃は動きが単調だ。
それでもあれだけの大物を扱ってることを考えれば、手にしたままあれだけ動けるのは十分凄いのだが、ある程度の腕を持つ相手ではいくら体術で魅せようとしても誤魔化しきれない。
(さて、彼はどうするのかな……)
しかしバレットはうつむき続けるエンジの姿を興味津々といった様子で眺めていた。
何せ彼からはまだ何か隠された力が秘められているような気がしてならないからだ。何より後ろで見守っているチヨンからは心配する様子が見えない。
「あはっ、はっはははははは、凄いぜ! やっぱ凄いぜ兄ちゃん! 俺、こんなに滾ったの久しぶりだよ! だから――だからいいよね、もう魅せても」
すると突如エンジが俯いたまま声を上げ笑い、そしてキリッと表情を一変させて風真を睨めつけた。その表情からは落ち込んでる様子など一切感じず――むしろこの試合においての覚悟が感じられた。
「……魅せるだぁ?」
風真が目を眇め反問する。それに対してニヤッとエンジが不敵な笑みをこぼした。
「……やはりエンジ様はあれをやられるつもりなのですね。それにしても風真様のお力がそこまでとは少々驚きましたわ」
「え? あれって?」
チヨンがエンジの様相を見据えながら口にする。するとシェリーが疑問の声を上げるが隣のエイダが、ふむ、と頷き。
「血を譲られ、あの若さでもうあれも扱えるのかい。末恐ろしい子だよ」
エイダの言葉にバレットはついつい気持ちが高ぶってしまう。
一体あれとは何なのか――その答えは武闘台で立つエンジから明かされることとなる。
「兄ちゃん、ここからが俺の、本気の本気だ! 【伝承血紋・解刃・炎刀・彩!】エンジが巨大な剣の柄に手をかけ、文言を紡げると、その瞬間、彼の小柄な身からしゅ~しゅ~と湯気が立ち昇り、かと思えば肌が灼熱の色に変化した。
かと思えばその体中に黒い文字の羅列が浮かび上がり、そして掴んでいる大剣にも同じような文字が刻まれていく。
「……伝承血紋、あれがチヨンとエイダの言っていたものなのかい?」
「ああ、伝承血紋ってのは特殊な術式でね。今は危険性が高いってことで禁呪扱いだが古来から伝承してる一族だけは継承が認められているのさ」
「そ、そんなの僕は初めて聞いたかも……」
「あまり公にはされていませんからね。ですが流石エイダ様です」
「ふん! あいつの父親の事はよく知っていると言ったろ?」
「なるほどねぇ、ということは血を譲るというのはその術式と関係あるのかい?」
「はい。伝承血紋は血液に直接術式を記憶させるもので、それによってより高い効果を発揮するのです。ただこの術式は特殊で新たに血に刻むことは難しく、その為術式が刻まれた血を後継者に直接譲るのです」
チヨンの説明にバレットは目を丸くさせた。血を譲るというのも変わった表現だと思ったが、確かにそれであれば確かに血を譲るである。
「随分と大胆な継承なんだね~さて、じゃあその効果と言うのは――」
「それはみてからのお楽しみですわ」
バレットへの答えはチヨンの魅力的な笑みを武闘台に向けられた視線で返された。
なので、バレットは改めてふたりに注目する。
すると、エンジが柄に力を込め、なんとその巨大な鞘から一本の剣を引き抜いたのである。
それは随分と変わった形状の剣に思えた。そして先程まで刃を覆っていた巨大な鞘とは全く異なり、細くシャープな片刃の剣である。
特徴的なのは刃に刻まれた無数の歯であろう。その形状はまるで鋸のようですらある。
「……ふん、なるほどな、ちゃんと中身があったってわけか」
「さっきまでのはあくまで鞘さ兄ちゃん。この力はそう安々と使っては駄目だって親父に言われてたから、でも兄ちゃんなら――使わなきゃ失礼にあたるし」
「お~~~~~~っと! ここでなんと、遂にエンジ選手が剣を抜きました! それにしてもこれはなんだ~! 先程まで無骨な得物からは一変し! 細く靭やかな刃がその姿を現しました~~~~!」
フレアの興奮した声が会場に向け爆発した。観客たちも最高潮にまで興奮している様子で、口々にあの剣はなんだ? や、まだまだ試合はわからねぇぜ! と一回戦から随分な盛り上がりである。
「なるほどな。それがお前の切り札ってわけか。ふむ、だけどこの世界にもしっかり刀はあんじゃねぇか。なあ?」
問うように口にする。確かにエンジの抜いたソレは風真の持つ刀にも似ていると言えるだろう。
「それはよくわからないけど、でもこれで兄ちゃんをより楽しますことが出来るのは確かだよ。でもさ兄ちゃん、約束して欲しいんだ」
「あん? 約束?」
風真が怪訝そうに眉を顰め言葉を返す。するとエンジが目を伏せ、冷たい口調で続きを述べた。
「――お願いだから、死なないでね……」
「は? な!?」
その瞬間、風真の視界からエンジが消えた。それに驚愕する風真だが、同時に脇腹に激しい熱を感じる事となる。
それに思わず風真が目をやると、脇腹が抉られ更に炎が吹き上がりメラメラと燃え上がっていた――




