第一〇話 ダグンダの街へ
シェリーの案内で歩くこと十数分。
「あ、見えましたよ! そこの街道です」
そう言ってシェリーが指差す方には、草原の中で幅広の街道が一直線に続いていた。
近づいてみるとその広さは三人が横並びに歩いてもまだ余裕がある程である。
それは一見ただの土面の道であるが舗装がしっかり行き届いているのか、余計な凹凸など一切なく、踏みしめると適度な柔らかさを保ち脚にかかる負担も少なそうである。
「後はこの街道を北に向かって進んでいけば僕の住むダグンダの街が見えてきますよ」
シェリーの言葉から、この街道は南北に縦方向で結ばれている道である事が推測できた。
三人は街道に沿って再び歩みを進めていく。
「ところで、シェリーの住んでる街までは後どれぐらいあるんだい?」
シェリーを中心に横並びで歩いている途中ジョニーがそう声をかけた。
「そうですね。距離でいったら後三キロぐらいです」
「そうかぁ。だったらそれほどの距離でもないかなぁ」
ジョニーはハットのブリムを軽く指で押上げた。喋りながらもその表情は緩い。
「そういえばお前、結局どこから来たんだ? 本当に空から飛んできたってわけじゃねぇんだろ?」
「うん? なんだい風真の旦那。おいらの事そんなに気になるのかい?」
「ふん! 別に大して気にもならねけどな。目的地まではまだ少しありそうだから、暇潰し程度に聞いてやろうと思っただけだ」
鼻を鳴らし、片眉だけを吊り上げながら風真はそう答えた。
「まぁ、正直おいらもなんで空にいたのかわからないんだけどねぇ。なんせその直前まではテキサスの『Rock Town』って町にいたんだからなぁ」
「敵刺す? なんだか物騒な名前だなぁ」
「そうかい?」
「まぁしかし全く心当たりがねぇなぁそんな処はよぉ」
「僕も……ちょっと聞いたことないですね……」
結局風真の時と同じくお互いの情報に進展は無く――
三人はそのまま何気ない会話をしながら先を急ぐ。
こうしてある程度、歩みを進めた所で後方から何かの足音のようなものが轟く。
その音は風真とジョニーの知ってる限りでは馬の蹄音のようである。
「あ! 皆さんちょっと端によってもらえますか」
シェリーに言われるがまま各々が道路の端に寄った。
すると後方から巨大な馬に引かれて走る馬車が目にとまる。
「これはまた随分とでけぇ馬だな。それになんだあの額のは?」
風真が目を大きく開かせながら言った。それは見た目には確かに巨大な馬といった感じなのだが、額からは先の鋭い角が飛び出ている。
尤もその角は何か革製のカバーのようなもので覆われてもいるが。
「えぇ。あれは貨物用の馬車ですからね。南の港町からダグンダまで一日に何度か運搬されていくんです」
「あれで馬なのかい? おいら角の生えた馬なんて初めてみるだよ」
「え? 独角馬の事もご存じないのですか?」
「さっぱり知らん」
「初めてだねぇ」
ふたりの反応に苦笑するシェリー。どうやらこの独角馬はシェリーにとってはそう珍しいものでもないようだ。
そしてそんな巨大な独角馬に引かれているのは、縦が二メートル横が一.五メートル程ある箱型の荷車であり底面には車輪が四つ備わっている。
「なるほどねぇ。それで後ろの荷車があんなに大きいのかい。しかし見たところ御者がいないようだねぇ?」
「御者ですか? 荷台には護衛が何人か乗っていますけどね。独角馬は賢いですから特には、それに……」
シェリーの言葉途中で、丁度馬車が三人の横を通り過ぎた。
そして馬車が横を完全に通り過ぎたとき、馬の一頭が風真達の方へ振り返り様子を窺うように一瞥し――
進行方向に再度顔を戻すと力を込めるように一瞬身を低め、一気に駆け出した。
みるみる内に離れていく馬の背中を眺めながら、
「なるほどねぇ……あれは御者を付けるのは難しそうだねぇ」
とジョニーが言った。
早くも視界から消え去ろうとしている独角馬は、ジョニーの知っているのと比べて二倍以上の速度は出ているように見える。
勿論それは風真にとっても衝撃的だったようであり。
「おいおい、あんなはえぇ馬、俺は見たことないぜ。全く大したもんだ」
顎に手を添えながら感嘆の声をあげるのだった。
「それにしても確かに随分賢い馬なんだな。おら達がいたから、通り過ぎるまで足を抑えていたんだろ?」
「はい、本当賢いですよね。道も完全に覚えてますし、時間もちゃんと考えて調整してるんですよ」
その言葉を聞いて、なるほどねぇ……と呟きながらジョニーは額を軽く指で掻いた。
馬一つとっても自分たちの常識とは掛け離れてることに対し、何か考えを巡らせているようである。
「見えてきました! あれが僕の住むダグンダの街です」
そして森を抜け歩くこと三十分。
草花だけが溢れかえる草原の先、シェリーが指で指し示す方には――
その景色を一変させるような街並みが広がっていた。
「これは、また随分と大きな街だねぇ……」
思わずでたジョニーの言葉には予想以上という含みも込められている。
「なぁシェリー。街に入れば何か食いもんぐらいあるのか? 何も食ってないからいい加減腹が減ってきてよ」
「えぇ。ダグンダはこのへんでは大きな商業の街として知られてますからね。食べ物も数多くありますよ」
その言葉を受けジョニーは再度街の方へと目を向ける。
確かに商業の街というだけあり、遠目からでも数多くの人々の姿が目にとまる。
「こりゃあそうとうな賑わいだぜ。風真の旦那、街についたら逸れないよう気を付けないとなぁ」
「は……はぁ? 人を子ども扱いしてんじゃねぇよ!」
思わず声を荒げる風真。
しかし横にいたシェリーも何故か心配そうに風真を見つめていた。
「な……お前まで! なんだその心配そうな顔はよ!」
「え? あ、いえ……心配というかその、風真さんその腰の剣ですが……」
「あぁ? 剣じゃねぇ、刀だよこれは武士の魂のな」
「え? 魂なんですか? よわったな。あ、あの風真さん……その……」
シェリーは何か言いにくそうに口籠らせた。少し考えるように俯いていたが、すっと顔を上げると、上目遣いで風真を見つめ再度口を開く。
「あの、風真さん。街にいる間だけそのカタナを外しておいてもらう事はできませんか?」
シェリーから告げられた言葉に、風真はいかにも不服だという表情を滲ませながら、
「あん? なんだよそれは。どうして刀を外す必要があるんだ?」
と問い返した。
「それが、街中ではそういった武器を持ち歩くことは、特定の方を覗いて禁止されてるんですよ。許可をもらって置くと、例えば外に出るときとかは所持を許されるのですが」
「あん? なんだぁ? ここでも廃刀令ってやつか。全くうんざりだぜ」
風真は顔を顰めながら吐き捨てるように言葉を述べた。
「え? え~と、はいとれい……ですか?」
「だから廃刀令だよ。それで得物を帯刀するなっていってるんだろうが」
「ハイトウレイというのはちょっとわからないんですが、ただ街中で武器の類を持ち歩くのは基本的には禁止で……」
「あぁ? とにかく何を言われようと、お上の決めた勝手な規則なんかに従う気はねぇからな」
二人の話は妙に噛み合わず。しかしこのままでは平行線で事も進まなさそうである。
「なぁ、シェリーちょっといいかい」
二人のやりとりを見かねたのか、ジョニーがシェリーに声をかける。
シェリーは、
「あ、はい」
と返事しジョニーの傍まで駆け寄る。
すると身を屈めたジョニーが、
「風真の旦那は中々強情そうだぜぇ……恐らくあの様子じゃあの刀を外させるのは難しいそうだしねぇ……だから……」
と何やら耳打ちをした。
「う~ん、そうですねわかりました。じゃあそれでなんとかします」
「おぉい。何こそこそ話してるんだよ」
「いやいや、旦那が街に入れるようちょっとねぇ」
「あぁん? とにかく俺はこの……」
「わかった、わかったよ風真の旦那。ただ、ようはその刀を外させなければそれでいいんだろ?」
「うん? あぁ、まぁそうだけどな」
両手を軽くあげそう問いかけるジョニーに風真は頬を指で数度掻きながら答えた。
「わかりました。それじゃあとにかく街へと急ぎましょうか」
言って足を進めるシェリーとジョニー。
風真はどこか釈然としない面持ちではあったが、頭を数度掻き、ったく、と一言呟くと二人の後を追った。
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