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第百六話 大会開催

 午後になり、いよいよ一行は試合の開始を待つのみとなった。

 会場は選手控室と客席とに別れており、リディアと風真は、バレット、フレアと別れ、一足先に会場入りする。


「リディアさんは武器はなしでしたね。風真さんはこちらをお使いください」


 先ほど武器を預けた女性にそう言われ、風真は刀二本を受け取る。


「うん? なんだ武器使用していいのかよ」


「はい。但しそれは貴方様から預かった武器を元に、私が複製したものです。見た目も性能も殆ど同じですが、刃の部分がなく殺傷力が抑えられております」


 そう言われ、風真が鞘から雷神を抜く。確かに見た目には殆ど一緒だが、言われたように刃がなく、これでは野菜を切ることも出来ないだろう。


「へぇ! ここまで完璧な複製魔術はじめてみた。凄いわねぇ」


 風真にはよく判らないが、リディアが感嘆の声を漏らしてる辺り、かなり優れた力なのだろう。


「それでは、どうぞこちらへ」


 武器を受け取ったあと、二人は係員に促され、そのまま控室へと移動する。

 

「こちらでお待ちください。間もなく開会式が始まりますので」


「はぁ? またそんなんやんのかよ。めんどくせぇ」


 風真の愚痴に係員は苦笑いを浮かべつつも、その場を後にした。

 そして改めて控室を見る。この部屋は会場の入口から見て正面二階部分にあたる位置にあたり、試合をする武闘台を見下ろせる面はガラス張りになっていた。


 部屋は選手八人が待機するには狭すぎず広すぎずといったところか。

 椅子やテーブルも用意されているが座っているものは誰もいない。


 風真は改めて選手の顔に着目する。


 その中にはエンジの姿もあった。風真とリディアには気づいたようで、一瞥はしてきたが、すぐに視線を変えてしまった。


 しかしその一瞥からして真剣味の感じられる表情であった。

 声を掛けてこないのは、試合が始まる前に完全に精神を戦いに集中させているからかもしれない。


 更に風真は見回す。エンジ以外では、まず浅黒い肌を持つ筋肉質な男、彫りが深く厳つい顔をしており、頭を完全に剃り上げ黒い法衣のような物を身にまとっている。


 風真からしたら自分の暮らした国にいた、僧侶を思い起こす見姿だが、違いは、錫杖ではなく、先端に鉄球のような物を取り付けた打撃武器を持ってるところか。


 次に見たのは真っ赤なローブを身にまとった初老の男である。髪の毛は色が抜け落ち見事な白髪、前髪は後退しており、額がM字を描くように顕になっている。

 そして右手に銀色の杖を持ち、瞳を閉じて何やら集中してる様子だ。


 その初老の男から数歩離れた位置には、金髪の青年の姿。外側に跳ねたような髪型だが、右目に関しては完全に頬ぐらいまで伸びた毛によって隠されてしまっている。


 出で立ちは詰め襟タイプの白シャツに、黒ズボン。上背は風真よりは低いが、一般的な中肉中背という感じか。腰にはショートソードを差し持っている。


 そして――。


「やっぱりあの女も選手だったんだ――」


 そう呟いてリディアが目を向けた位置には、以前一悶着があった際に姿を見せた、スワン・ホワイトが壁に寄り添って腕を組んでいた。


 リディアの姿には向こうも気づいたようで、その顔を確認するなり、馬鹿にしたような笑みを浮かべてくる。


 それを受け、リディアもかなりムッとした様子で腕を組んだ。


 だが、そんなリディアを余所に風真はもう一人の男の姿をじっと見据える。


 そこに立っていたのは、スワンと同じようにあの時店にいた、ラース・ブライトであった――。





◇◆◇


「バレットさん!」


 突然の聞き覚えのある声に、バレットは少々驚いた顔をみせながら、その主を振り返る。

 そこで手を振っていたのは、少年――もといダグンダで暮らす少女、シェリーの姿である。


 バレットはハットのブリムを押し上げつつも、階段を上って彼女の座る席まで近づいていった。


 客席はすでに多くの観客でほぼ埋め尽くされている。二人の試合をみようと脚を運んだバレットは、どこに座ろうかと迷っていたところでもあった。


 そんな折、シェリーの左隣りは丁度一席分空いていた。そしてその右隣には、これまた見覚えのある顔。


「やっぱりエイダも来てたんだねぇ」


 その声に、フンッ、とエイダが鼻を鳴らす。


「丁度招待されてたしね。まぁ孫の試合を見てみるのも一興だろうさ」


「成る程ね。で、シェリーも一緒に連れてきてもらったってわけなんだねぇ」


「この子はどこで聞いたか知らないけど、あたしが大会に向かうことを知ったみたいだね。どうしても連れてけって効かないから、まぁ仕方なしって感じだよ」


 やれやれといわんばかりに説明する。隣のシェリーは苦笑いだ。


「ところでここに座ってもいいかなぁ?」


 折角だからと、バレットが空いてる席を指差し、二人に向けて尋ねる。


 勿論! とシェリーが元気いっぱいに返事し、エイダは好きにしたらいい、とぶっきらぼうに言ってくる。


 バレットは言葉に甘える事にして、シェリーの横に腰を掛ける。


「でもここって一般席じゃないかい? エイダは招待なんだろ?」


 バレットは前もって受付で、一般か招待かの確認を受けていた。

 つまりエイダが招待であれば一般席に座る必要が無いのである。


「そんなものは使ってないよ。あんな息苦しそうなところにわざわざ行きたいとも思わないしねぇ」


 成る程、とバレットは眉を押し上げる。


「さぁ~観客席の皆様おまたせいたしました~~~~!」


 ふとバレットの耳にテンションの高い、おなじみの声が届く。


 シェリーも含め、三人が武闘台の上に眼を向けると、そこには先端に丸い物体の付いた銀色の棒を手にしたフレアの姿。


 彼の声はその棒の先についた物体のおかげなのか、会場全体にもよく聞こえるような大きな声音に増幅されてるようである。


(恐らくあれも魔道具の一種なんだろうねぇ)


 そんな事を思いながらも、バレットは彼の声に耳を傾ける。


「本日行われる試合は第一回戦となり、全部で四試合行われま~~っす! そして明日は準決勝と決勝が行われ、なんと! 決勝にはここマグノリア王国にて無血の女王と名高い、テミス・エリザベル陛下も観戦に参られるのです!」


 フレアの発言に、観客達が一斉に歓声を上げた。全ての声が折り重なり、まるで会場全体が震えるほどの音の嵐が吹き荒れる。


「全く。ばかみたいに騒ぎすぎじゃろうが」


 その様子にエイダは少々冷めた表情を覗かせる。


「さて! これからいよいよ選手入場ですよ皆さん! 盛り上げて行きましょうねぇ! さあ! 是非とも盛大な拍手で迎えてやって下さ~~~~い! 選手! 入場!」


 フレアは魔道具を片手で回してみたり、空中に放り投げ背中側で受け止めてみたりといった、派手なパフォーマンスを見せながら、声を張り上げ、選手の入場を待つ。


 すると、楽団がまず入場口から軽快な音楽を奏でながら姿を現した。

 武闘台に向かう為に設けられた選手の入場口は、会場奥の壁の左右にひとつずつあり、それぞれの入場口から楽団に前後を挟まれた選手が行進してやってくる。


「おや? あれは……」


 思わず発したバレットの声に、シェリーがどうかしましたか? と問いかけてくる。


「いや、ちょっと見知った顔があってねぇ」


 バレットはそう返し、再びやってくる楽団と選手に目を向けた。

 楽団の内、左側から入ってきた者の先頭には、前に噴水で目にした遊楽士であるギルの姿があった。


 何故こんなところに? という考えもバレットの脳裏を過ったが、すぐに振りほどいた。

 彼はそもそも仕事を探してもいたはずであり、こういったイベントに参加するのは特に不自然な事ではない。


 おまけに前回聞いた演奏を聞く限り腕も相当なものだ。そこに目を掛けてもらった可能性は十分にある。


「あ、風真さんとリディアさんです!」


 ふとシェリーが立ち上がり、歩いてくる二人を指さした。

 バレットもギルからそちらに視線を移動させる。


 風真は列の丁度真ん中にいた。その直ぐ後ろにはリディアの姿も。


 そして風真は……大きな欠伸をかいている。


「……全く相変わらずだねあの男は」


 ため息混じりにエイダが言う。リディアについては特にコメントはないようだが、それでもそのどこか優しい瞳は、しっかり彼女に向けられていた。


「エンジ様~~素敵でございます~~~~! チヨンは、チヨンはここでございますよ~~~~!」


 バレットは背中に届いた声に、おや? と振り返り、上下に大きな果実を揺らし続ける彼女を見た。


「おや? 確か……バレット様?」


 水晶のような瞳を瞬かせ、チヨンが尋ねるように言ってくる。


「さっきぶりだねぇ。いやぁでもこんな偶然があるもんなんだねぇ」


 ハットのブリムを押し上げながら、バレットは白い歯を覗かせ、彼女とのさっきぶりの再会を喜んだ。

 

そしてバレットはシェリーとエイダの二人にも彼女を紹介する。


「貴方様があの高名な、エイダ・メルクール様なのですね! お会いできて私感動でございます!」

「よしとくれ。高名なんてそんな大したもんじゃないよ」


 両手を祈るように結び、感嘆の声を漏らすチヨンであったが、エイダは眉を顰めて返す。

 どうやら、あまり持て囃されるのは好きではないようだ。


「あ、皆武闘台の上に並びましたよ」


 シェリーの言うように、入場が終わった模様で、楽団は奥へと引込み、八人の選手が横並びに立っている。


 そして風真は相変わらずの大欠伸を見せ、隣のリディアに肘で突かれていた。

 全くもって緊張感の欠片も感じさせない。


「それでは選手の紹介と行きましょうか~~! 先ずは――」


 フレアは終始冷めないハイテンションぶりで、端から選手たちを紹介していく。


 それによると、バレットから見て左から順に、戦う武闘派神官ダイモス・スキヘッド、変幻自在な炎魔術の使い手アグ・ディス、洗練された小剣使いラル・スケル。


 そして――。


「さぁ皆さん、いや! 特に男性諸君! どうした! 顔がにやけているぞ~~! そう! 続いては上から96・58・88! 魅惑の美ボディを引っさげて登場だ! その美貌に男たちもメロメロ間違いなし――」


「な、なんか気合の入り方が違うような……」


 シェリーが苦笑交じりに言う。確かにあからさまにフレアのテンションが変わっている。



 とは言え、バレットにとっては今紹介されている選手は、見覚えのある顔である。


「風と雷の美麗魔術師! スワン・ホワイト!」


 フレアの紹介と共に、会場中からうぉおおぉおおおお! と興奮の声が沸き起こる。当然だが、その全ては漢達のものであった。


「そして続きまして……その前に皆様に大変残念なお知らせです……」


 フレアが突如顔を伏せ、今までと違った抑えた声で、そんな事を言う。


「なんと! 今回事情により、予選を勝ち残ったマッド・アップル選手、タイガー・ライガー選手、以上二名の選手は不出場となってしまいました――」


 周囲からどよめきが起きる。だが当然バレット達は事情を知っているので、慌てる様子はない。


「ですが安心して下さい! 今回はその代理として! こちらで素晴らしい選手を用意させて頂きました! 事情が事情だけに彼らは予選を免除されておりますが、何せ王国の推奨する腕前の持ち主でございます!」


 再びテンションを爆発させたフレアが、風真を振り返る。


「先ずは! 刀と呼ばれる特殊な剣を二本巧みに扱い! あのオークの王ですらも舌を巻いたという異国のサムライを名乗る超剣士! 神雷 風真選手!」


 フレアの紹介により、一斉に歓声が風真の身に降り注ぐ。


 だが本人は相変わらず耳を穿ったりと面倒くさそうにしている。


「さぁ更に続いても、見ての通り見た目は可愛らしい少女!」


 風真の次に紹介されたのはリディアである。可愛らしいという言葉に照れているのか、頬が紅い。


「しかしなんと! 彼女はあの伝説の元王国魔術師、エイダ・メルクールのお孫さんでもあるのです! これは期待せずにはいられません! 可憐な魔術師少女! リディア・メルクーーーーーーッル!」


 再び男たちの興奮した声が会場を覆った。俺はこっちの娘の方が好み~~! なんて声も聞こえているが、スワンの時とは違い、照れちゃって可愛い~、等の黄色い歓声も入り交じっている。


「エイダおばあちゃん! リディアさんですよ!」


「あぁ。見れば判るよ」


 シェリーがエイダの袖を引っ張りながら、興奮したように眼下のリディアに向けて指をさし、エイダは何でもないように返していた。


「そして続きましては~本人曰く、運のみで勝ち上がった? いえいえそんな事はありません! 予選で戦った選手の話では気づかない内に、いつの間にか倒されていたとの事! その実力は未知数? ラース・ブライト~~~~!」


 件の男が紹介された事で、ここで初めて風真の目つきが変わった。

 尖った瞳で、その黒尽くめの男を睨め続けている。


(確かにちょっと不気味な雰囲気はあるよねぇ……)


 バレットが顎を指で押さえながら、そう思考を巡らせていると。


「エンジ様~~~~! 素敵でございますわ~~~~!」


 再び後ろからチヨンの声が上がる。しかも丁度、歓声が止み始めた時だったので、彼女の行動はひときわ目立ってしまっていた。


「え、え~僕より先に紹介されてしまいましたが」


 フレアの声に会場がどっと湧く。そして武闘台の上に立つエンジは、顔を真っ赤に染めて俯いてしまっていた。


「はい! それではこちらが最後の選手となりますが、なんと今大会最年少! しかし侮る無かれ! 背中に下げた物々しい大剣をなんと彼は片手で扱います! 背は小さくても超怪力! エンジ・ホムラル~~~~~~~!」


 再び武闘台に喝采の波が押し寄せた。

 しかし、やはりあの巨大な剣は人の目を引くものである。


 そんな中、エンジはその視線を風真に向けた。彼との戦いを待ちきれないという思いも感じられる。


「……ホムラルってもしかしてあのホムラルの息子かい?」


 ふと、エイダが声だけで、チヨンに問いかける。


「はい! おそらくはエイダ様のご想像のとおりかと」


「ふ~ん。でもあれを持ってるってことは、血は譲ったというわけだね」

「えぇ。そのとおりでございます。よくご存知で」

「ふん! あの男とは何度かあった事があるからねぇ。でも、もうあの年で使えるとしたら大したものだねぇ」


 エイダはそんな意味深な事を言いながら、エンジの姿をみやった。

 どうやら彼には何か、特別な力が隠されてそうである――。

次の更新は連休が明けてからの5月9日か10日頃の予定となります。

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