第百一話 酒場の大会参加者たち
バレットが一息済ませ、酒場に戻った時、風真達の座るテーブルの様相は一変していた。
いつの間にかそのテーブルの周りには、やけに髪のツンツンした少年や胸の大きな少女。
さらにその傍らでは、確か広場で風真と腕相撲したというスキンヘッドの男にその相棒の小男が立っている。
周囲の人々はその様子を好機の目で見ていた。
風真とエンジという少年の側では、スキンヘッドが一人怒りを露わに声を荒らげている。
どうやら風真の参加する大会に出場したくて叫んでるようだ。
しかし何故か大会に参加する条件(スキンヘッドが勝手に求めた)として風真ではなく、少年と戦うのを希望している。
「一体何があったんだい?」
席の近くまで戻り誰にともなくバレットが言った。するとリディアが彼に駆け寄り、事情を説明する。
なるほど、どうやらあの少年は大会の予選を勝ち抜け後日の試合に出場するようだが、それに対しスキンヘッドが意を唱えているという構図のようだ。
しかしスキンヘッドはしきりにエンジという少年と決着を付けたがっているが彼にはあまりその気は無いようだ。
「ねぇバレット。なんとかならないかなぁ?」
「へ? おいらがかい?」
どうやらリディアはバレットに上手くこの場を収めてもらおうと思ってるようだが、下手に首を突っ込むと余計にこじれそうな感じもある。
だがその時、一人の男がスキンヘッドの後ろに立ちその肩に手をおいた。
その所作にはまったく隙が――いや、気配すら感じさせなかった。
正直彼がスキンヘッドの男の肩に手を置く直前まで、バレットも気がつかなかったぐらいである。
男は全身を黒で固めた出で立ちだったが、それが余計に不気味だった。
しかし、彼はどうやらこのいざこざを収めようと出てきたようだ。
何者なのかは判らないが、それに関してはありがたいというべきかもしれない。
実際、スキンヘッドの男も彼の持つ独特の雰囲気に飲み込まれてしまってるようで言葉も辿々しくなってしまっている。
「な、なんなんだお前は? か、関係ないだろ!」
「いやいや、そうでもないのですよ。何せ同じ大会参加者の方たちが困ってる様子でしたので、それにいい加減にしておかないとお店にも迷惑ですよ?」
黒服の男は頬を緩め笑顔を絶やさなかった。
だがそれとは裏腹に、言外に止めろという感情が滲み出ている。
スキンヘッドの肩に食い込む右手がその証明であろう。
「お、おい、もう帰ろうぜ。こいつ何か――」
スキンヘッドの相棒が、彼に対し囁くようにいった。
「――チッ! わ、わったよ! くそ!」
「話の判る方でよかったです」
にこにこしたまま、男はスキンヘッドの肩から手を放した。
するとスキンヘッドは、ぶつぶつ文句をいいながらも相棒と共にその場を後にする。
だが彼の首元には大量の汗がにじみ出ていた。勿論暑いからなどといった理由ではなく、むしろ冷や汗といってよいものであろう。
「良かった~大事にならなくて」
バレットの横でリディアがほっと胸を撫で下ろす。どうやら彼女のこの短い間に発せられた異様な雰囲気には気がついていないようだ。
「しかし何者だろうねぇ――」
そしてバレットは思わずそう呟いていた。話しの流れでいくと大会参加者のようでもあるが――。
「おい」
スキンへッドがその場を去った直後、風真は眼つきを鋭くさせ男に話しかける。
その様子をバレットは、あぁやっぱりか、といった面持ちでみやる。
「何か?」
男は外側からみている分には本当に愛想のよい男である。
今も風真の呼びかけに対し笑顔一つ崩さない。
「てめぇ、何者だ?」
そんな男相手に、風真の質問は至極率直なものだ。
「私はラース・ブライトと申します。貴方と同じ今大会に参加させてもらう者ですよ」
彼はしっかりとしたハリのある声の持ち主であった。その立ち振舞といい、どこか余裕のようなものも感じさせる。
「へぇ~あんたも大会参加者なんだな」
すると風真の側に立っていたエンジが、後頭部に両手を回しながらいう。その眼はどこか楽しそうでもあった。
一方の風真は顔を眇め、男の方をじっとみている。恐らく質問に関する答えが風真の思っていたものとは違ったのだろう。
だがだからといって、それに対しどう返せばいいか考えあぐねている様子だ。
「チッ。まぁいい。大会参加者なら刀を交える機会もあるだろうしな――楽しみだぜ」
そう言って口角を吊り上げる風真に、お手柔らかに、とラースが頬を緩める。
「しっかしあのハゲも度胸ないよなぁ。そのまま殴り合いでもやってくれれば少しは楽しめたのによぉ」
バレットの耳に外野からの勝手な声が届いた。声の調子を聞く限り大分酔っているようでもある。その声もでかい。
すると同じテーブルから他の客の声も聞こえてきた。
「でもよぉ、なんか大会に出る奴等なんだろ? やっぱどこか俺たちとは違うよなぁ……て、おいお前。何ぼ~っとして、どこみてんだよ?」
「いや、ほらあの壁際で奴等をじーっと見つめてる女。やけに綺麗だなと思って――」
「あん? どれどれ? お、おぉ、確かに綺麗だな。全身白ずくめで……あのキツそうな瞳もいいな。しかしどこからきたんだ? 珍しいよな髪まで白いって――」
「――バレットどうしたの?」
思わずリディアが怪訝な表情で問いかけた。
だがバレットは何も応えなかった。いや耳にすら届いてなかったかもしれない。
目を見張り、身体を強張らせ、わなわなと肩を震わせていた。
深層から沸き上がる感情に思わず胸に手をあて強く強く握りしめた。
目頭が熱くなり、喉奥が砂でも飲み込んだがごとくカラッカラに乾ききっていく。
「まさか――そんな――」
嗚咽のように搾り出された声に滲むは、かつての記憶と疑問。
「お、おいあの女。あいつらに近づいていくぜ」
再び外側から届いた情報に、自然とバレットは耳を欹てていた。
その足音は、この喧騒の中では数キロ先で滴る水滴が如く僅かな音量であったが、にもかかわらずバレットの耳には、すぐとなりで流れ続ける滝音と違わないほどに、はっきりした響きであった――。




