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第九十九話 夕食の席にて

 一行が木製のドアを抜けて店内に入ると、聞き慣れた陽気で軽い声が三人の耳を駆け抜ける。


「お~い。来たねぇ。こっちだよこっち」

 

 腰を上げ、中央より少し壁よりの席で手を振り皆を呼ぶのは、眩いばかりの金色の髪をきっちりと整えた男性、フレア・バーニングである。


 その呼びかけに、風真、リディア、バレットの三人が反応し顔を向ける。

 そして多くの人が集う喧騒の中、彼等はフレアの待つ席へと歩を進めた。


「あの、今夜はお食事にご招待して頂きありがとうございます」

 

 フレアの正面に立ち、まずはリディアが頭を下げ礼を述べる。

 それにバレットも倣うが、フレアは右手を前に出し相変わらずの朗らかな笑みを浮かべ、そんな堅苦しい挨拶は抜きにしてさぁとにかく座りなよ、と三人を席に促した。


「この店は見た目は汚いけど料理と酒は最高なんだよ。まぁ風真ちゃんへのお礼としてはちょっと弱いかもしれないけどね」


 言ってフレアは大口を開け一笑いする。

 すると店内のカウンターから店主らしき太めの男性が眉を押し広げ一行をみやり。


「フレアちゃん。汚いだけ余計だよ!」


 そう右手を振り上げながら抗議した。

 ただ不快そうな表情ではなくフレアも、ごめんごめん、と軽く謝ってみせる。


 そのやりとりはどこか楽しそうで、普段から慣れ親しんでいる間柄なのが傍目にも判った。


「それにしても風真ちゃん。不機嫌だねぇ。もしかしてまだ納得してないの?」


 フレアの問いかけに、バレットが何となく横目で風真をみやると……確かにどこか口を結びむすっとした雰囲気を感じさせる。


 フレアの言うように、まだ昼の事を根に持ってるのだろうか? とバレットはランチの事を思いだす。


 あの賞金の件が発覚後、皆はフレアの案内で王都でもかなり高級と言われるお店へ向かった。


 ただ、フレアとしては確かに値の張るお店ではあったが、お昼時のみ特別に格安(それでも通常のお店に比べれば高い方ではあったようだが)で提供されているランチメニューというものであれば、全員で食べても十分に余裕があるだろうと踏んでのことだったらしい。


 実際お店に入ってからも、風真を除く三人はそのお昼限定の特別メニューを頼んだ。


 一応風真に気を使ったのだ。


 だが当の本人は、それじゃあ足りないと言い出し、次から次へと追加注文を行うに至り――結果的に折角の賞金の殆どをたった一度のランチに費やしてしまったというわけである。


 正直これに関しては風真の自業自得としかいえない所為であり、リディアも呆れていたわけだが――。


 一緒にご馳走になったフレアが、せめてお礼にと夕食を招待してくれたというわけである。


「別に俺はもう気にしてなんかいねぇよ」

「うそうそ。なんかずっとこんなむすっとした顔してるのよ。本当ちっさな男よね」

「なっ!? 誰が小さいだコラ!」


 そして、フレアに促されるままテーブルから椅子を引き腰掛ける途中で二人が密かに言い合った。

 風真は座ると同時にリディアに不機嫌な視線を送るが、彼女はつんっとして無視を決め込んでいる。


 その二人の姿にバレットはやれやれと肩を竦め、同じように席についた。


「ご注文は何に致しましょうか?」

「お、アイリスちゃん。相変わらずキュートだね」


 注文を受けに来た少女に、早速フレアから軟派な言葉が飛び出す。まるで呼吸をするような自然さで同時にウィンクを決めた。


「嫌だもう、フレア様ったら」


 注文を取りに来た店員は、嫌だという言葉とは裏腹に両頬にぽっと火が灯る。

 悪い気はしていないようだった。


 リディアより小柄で、くりくりっとした瞳が可愛らしい少女だなとバレットは思った。

 ただ先を越されてしまった為、称えの言葉は顰めておいた。

 今からその言葉を続けてもどうしても二番煎じ感が拭えない。


「じゃあ僕はとりあえずワインをもらおうかな。リディアちゃんの髪みたいに美麗な赤でね」


 そう言って、リディアにもウィンクを決めるフレア。

 だが彼女は苦笑で返すのみに済ませすぐメニューに視線を移し、じゃあ私はリンゴのジュースで、と店員に笑顔を向けた。


 街中での女性や今の店員の態度を見る限り、フレアは実際にもてるとは思うが、どうやらリディアにはあまり受けが良くないようである。


 もちろんリディアとて親しみは持ってるようだが、それが恋愛に変わることはバレットが見る限り無さそうである。


「俺は酒がいいんだがな。ないのか酒?」


 風真は店員に乱雑な口調でそう述べる。

 もともと眼つきが怖い上にそのような口調なので、少女も少し腰が引けている。


「あ、あのお酒は色々種類があるのですがどのような?」


「だから酒だよさ・け」


 どうも会話が噛み合っていないようで、店員の目も少し潤んできている。

 少々気の毒に思えたのでバレットは助け舟を出すことにした。


「旦那。ただ酒だけじゃわからないみたいだぜぇ。もっと詳しくいってあげないと。一体どんな酒なんだい?」


「あん? 酒は酒だよ。あぁだからあれだよ。米で作った酒だ。それでわかんだろうが」


 その言葉でオークの森で食べた物の事をバレットは思い出した。

 バレットの風習ではライスと呼ぶが、それと全く同じものはこれまでの旅の中でもなかったはずである。


 そして当然、店員も困惑顔であった。


「旦那の言う米というのがこの世界には無いんだからそれは無茶ってもんだぜぃ」


「あん? なんだそうかよ。ちっ。しゃあねぇなぁじゃあ適当になんか頼むぜ」


「判んないだったら最初からそう言えばいいのよ。店員さんだって困ってるじゃない。ねぇ?」


 同意を求めるようなリディアの視線に、え? いや私は、と少女が右手を振り困った表情を見せる。


「あぁじゃあバレットちゃんはどうする?」


 雰囲気を察したようにフレアがバレットに問う。

 バレットもその意図を汲み取り、

「そうだねぇ。じゃあおいらはアイリスちゃんの笑顔のようにしゅわしゅわ弾けるビールを貰おうかな」

とおどけてみせた。


 すると彼女の表情にくすりと笑顔が弾ける。


「おおっと。言うねぇバレットちゃん」


 フレアが愉快そうに身体を揺らし椅子を鳴らした。


 どうもと言葉には出さずハットを押し上げバレットは返す。

 

「何それ変なの」


 リディアの頬も緩み、場が和んだのが感じられた。

 風真は風真でメニューとにらめっこし何を食べようかと考察してるようである。

 

 結局いつもどおり風真が尤も多く料理の注文をし、そのまましばらく談笑は続いた。

 そんな中、リディアがフレアに大会のことで質問する。


「そういえば試合はどこで行うのですか?」


 どうやらリディアはずっと気になっていたらしい。

 確かに街中で地図などを見る限りは試合会場となりそうな場所は見当たらなかった。


「ふふ。三人とも実は既に会場の場所には足を踏み入れてるんだよ」


 え!? とリディアが驚きの声。すると直後に店員が、お待たせしました~、と料理と飲み物を運んできた。


「おお、来た来た!」

 

 風真が随分嬉しそうに言う。本当に食べるのと飲むのが大好きな男である。


「ありがとう」


 目の前に料理を並べていくアイリスに、リディアは礼を述べた。

 そしてテーブルに料理が並び終わった後、顎に手を添え、先ほどのフレアの応えを思い起こすようにしながら、そんな場所あったかなぁ、とつぶやく。


「まぁ明日にはそれも判ると思うよ」


 フレアが笑いを交えリディアに伝える。


「お、うめぇなこれ」

 

 そんな二人のやりとりを気にもせず、風真は既に料理と酒に手を伸ばしていた。


「旦那は試合会場の事とか気にならないのかい?」

「あん? うんなもんどこだって構わねぇよ。俺は戦う場所なんざ選ばねぇ」


「おおっと流石だね風真ちゃんは。生まれながらの戦士って感じだねぇ」


 軽い言葉遣いではあるが、フレアにはどことなく風真に期待しているような側面もあることをバレットは感じていた。


「じゃあみんなも冷めない内に食べちゃおうよ。ここは魚料理が絶品なんだよねぇ」


 フレアが薦めてくるので、リディアもバレットも料理に手をつけていく。

 確かに彼の言うように魚介類がふんだんに使われた料理は、バレットの顔も思わず綻ぶ旨さであった。


 やけに目玉の大きな魚など少しグロテスクに感じられるものもあったが、味は最高である。


 四人はしばらくは運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、雑談を楽しんでいた。

 そうしてる内に飲んでいたアルコールが回ってきた為、バレットは一度席を立つ。


「バレットどうかした?」


「あぁちょっと手洗いに」


「だったら店を出て左に曲がった先にあるところを利用するといいよん。あそこは水を溜めておくタイプだから、バレットちゃんでも使えると思う」


 教えてくれたフレアに、どうも、と頭を下げ、バレットは一度店の外に出て彼の言っていた手洗い場へと向かったのだった。


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