第九話 その名はジョニー
儀式のような一連の行為も終わり。その場に幾何かの静寂が訪れた。
そして男はきょろきょろと辺りを不思議そうに見回しながら、
「今のは……一体……?」
と疑問気な言葉を口にする。
勿論この声は、風真とシェリーにも理解できる言葉として耳に届いた。
「おう! どうやら喋れるようになったみてぇだな」
「良かった無事成功ですね」
風真とシェリーがそれぞれ男に向けて言葉を発した。
すると男は眉を上げ瞳を大きく広げた後、
「なんだいお二人さん、喋れるんだったら早く教えてくれよ、人が悪いなぁ」
と和やかに話しかけてきた。
「あん? 別に俺らが喋れたってわけじゃねぇよ。あれだ、ま……まどぐ? そんなんののおかげって奴だな」
「魔導具ですよ風真さん」
「あぁん? そんなんどっちでもいいだろうが、ったく」
風真は眉を寄せ首元を掻きむしりながら面倒くさそうに言い捨てた。
そんな二人のやりとりを見ていた男にシェリーが近づき、
「あ、あの初めまして。僕シェリー・コーリンと言います。っでこちらがカザマさん。え~とそれで……」
と口にした。しかし男の顔を見上げた状態で言葉を詰まらせる。
そんなシェリーの様子を察し男は、
「あぁ、おらぁジョニー・ザ・ライアーって言うのさぁ。宜しくなジョニーとでも呼んでくれ」
とハットのブリムに指を掛けながら挨拶を交わした。
「は、はい! 宜しくお願いしますジョニーさん!」
シェリーはその気さくな雰囲気に安心したのか笑顔で挨拶を返した。
こうして三人がお互いの名前を確認した後、シェリーが、それで……と再度話を切り出し、魔導具の事をジョニーと名乗る男へ簡単に説明をした。
「へぇ、このペン……魔導具って言うんだったかな? この力でねぇ……」
ジョニーは顎に手をやり、少し考え込むようにしながらシェリーに向かって、
「そのペンちょっと見せてもらっていいかな?」
と口元を緩めながら伝えた。
「あ、はい。どうぞ」
そう答えたシェリーは素直にジョニーへ、ペンを差し出した。
ジョニーはそのペンを受け取り、真剣な眼差しで上空にかざしたり指で回したりしながら、まじまじと見つめる。
その様子から見るに、理解しているふりだけの風真と比べ、ジョニーの魔導具に対する関心は強いようだ。
「ありがとうなシェリー」
ジョニーはそう言ってペンを返し、ハットを直しながら言葉を続ける。
「しかし不思議な道具もあったもんだなぁ。少なくともおらぁ、こんなの見たの初めてだよ」
「え? 本当ですか?」
シェリーが思わずジョニーへ問うように言葉を発した。
「なんだ、お前も知らないのかよ」
と、これは風真が横から口を挟んだ。
「う~ん、まさかこれを知らないという方が、カザマさん以外にもいるなんて思わなかったです」
そう言いながらシェリーは顎に手をやり首を捻る。
「はは……、そもそもおらぁその魔導具の事どころか、ここがどこかさえわからないのさぁ。気付いたらほら」
そう言ってジョニーは視線を上空に移し、空を指差しながら更に口を開き。
「あの青空からこの森目掛けて真っ逆さまに落ちてきちまったのさぁ。全くおらぁには羽も生えてないってのに乱暴な話だよぉ」
戯けるように両腕を鳥の羽に見立て軽く上下させながらそう言葉を紡げた。
「空からって、普通なら無事ではすまないような……もしかして何か魔術とか使えたりするのですか?」
「うん? 魔術? 何だいそれは?」
シェリーの問いにジョニーは疑問の言葉で返す。そこへ更に風真が口を開き、
「ったく、結局お前も何も知らないってのかよ、何かややこしい事が増えちまったぜ」
と顔をしかめながら呟くように言った。
「ところでお二人さんはどこからきたんだい?」
「あ、僕はこの森を抜けた先のダグンダからきました」
「ダグンダ?」
「俺は熊本だよ」
「クマモトぉ?」
二人の回答にさっぱり見当もつかないといった感じでジョニーは首を捻る。
「と、とにかく一旦森をでませんか? 僕の街まで戻れば何かわかるかもしれませんし」
「あぁ、そうださっさとこんなとこは出ちまおうぜ。ったく余計な事に時間くっちまったからなぁ」
そう言いながら、風真はその余計な事の元凶に視線をぶつけた。
しかしジョニーはそんな風真の視線を気にもとめずその口を開き、
「あぁ、そういえばまだお礼を言ってなかったっけなぁ。シェリーと風真の旦那、助けてもらってありがとうな」
と改めて礼を述べた。
「はぁ? なんだよその旦那って……」
と言いかけた風真の言葉を遮るように、
「そんな、お礼なんて気にしないで下さい」
と笑顔でシェリーが述べた。
「いや、ってか動いたのほとんど俺だろ――」
「それじゃあ行きましょうか。出来るだけ早くこの森から出たいですし」
そう言うとシェリーは先を歩みだし、それに合わせるようジョニーもシェリーの後ろに付き足をすすめる。
「お……おい! お前ら勝手に話を進めるな! ってか何だよその旦那ってのはよ!」
「まぁまぁ、同じ境遇同士仲良く行こうぜぇ、だ・ん・な」
ジョニーが溢れんばかりの笑みでそう言うと、
「ったく、なんなんだよ、いってぇよぉ……」
と一人ぶつぶつと口にしながら風真も二人の後を追った。
◇◆◇
「なぁシェリー、一体いつになったらこの森から出れるんだ? いい加減この光景にも見飽きちまったぜ」
辺りを覆い尽くす木々の群れに、あきあきだと言わんばかりの口調で風真がシェリーに問うた。
「風真の旦那ぁ、あんまり急かすような事いっちゃいけねぇさぁ。それにおらぁこの風景は嫌いじゃないぜ」
ジョニーが風真の方へ首を回しながら戯けたような口調で言葉を返した。
「だから旦那はやめろよ!」
風真はそう声を荒げるが、おっと、こりゃ悪かったね旦那、と全く訂正する気など見せないジョニー。
するとシェリーが正面を指差しながら二人へ首を回し、
「ほら! あそこ、あそこを抜ければもう外へ抜けれますよ!」
と伝えた。
「よっしゃ! やっとこの光景ともおさらば出来るぜ! ほらとっとと行くぞお前ら!」
そう言うが早いか、風真はシェリーの指差す方向けて嬉しそうに駆け出した。
「あ、ちょっと待ってくださいよ風真さ~ん」
すると、シェリーが叫びながら風真の後を追うように走り出す。
「やれやれ、現金なもんだぜ」
そうジョニーは頭を振ると二人に続き足早に出口へと向かった。
三人が森の外へ抜け出ると、眩いばかりの光が各々の視界を遮ぎった。
その眩しさにより、全員が同じように手を翳し空を仰ぎ見る。
上空に見える太陽は中天へと差し掛かる所であった。
「全く気持ちの良い青空だぜ」
そう言いながら風真は大きく伸びをし、外の空気を肺一杯まで吸い込んだ。
「しかし、これはまた中々爽快な光景だねぇ」
ハットに手を掛けながらみやるジョニーの視界には草原がどこまでも広がっている。
三人の視界に広がる緑の絨毯には所々に赤や黄色の装飾がなされていて――
それらが心地よい風と共に揺れ動き、同時に漂う草花の香りが其々の鼻腔を刺激する。
その風景や香り、そして優しい風もが各々の疲れを多少なりとも癒してくれるようだった。
「森さえ抜けちゃえば、後はそれほど時間はかからないです! このまま進んでいけば街道に出れるし、そこまで行けば後は道沿いに進むだけですよ」
シェリーは街道と言った方向を指差す。安心感からか発せられた声の調子はどこか弾んでいた。
「それじゃあちゃっちゃと行くとしようか。なぁ?」
二人に呼びかけるよう語る風真。目的地までの道のりが見えて来た為か、表情も柔くなり先をゆく足取りも軽そうだ。
「それじゃあ、行きましょうかジョニーさん」
「あぁそうだなぁ。しっかし風真の旦那も本当元気だねぇ」
「おいおいお前ら、とっとと行くぞぉ。シェリーも案内頼むぜ」
風真が振り返り急かすように声を上げた。
「あ、はい。今いきま~す」
言ってシェリーも風真を追いかける。
「……やれやれなんともわかりやすそうな性格だねぇ……」
ジョニーは、風真の方を見ながらそんな言葉を口にするともう一度辺りを見回し、
「しかし本当一体俺は何処に来ちまったんだろうな……」
と一人呟いた。