第三話 殺意の矛先
朝まで休むと、エイファとグレイザーは移動することにした。
ウルブレント騎士団の騎士が七人も戻らないとあっては、必ず捜索にやって来る。
グレイザーの圧倒的な力、エイファの治癒の力をもってしても、限界と言うものがある。
今のうちに、安全に過ごせる場所を探した方が賢明だと、二人の意見も一致した。
ここら東へ行けば、ヒュンダス城があるのだが、ウルブレントの騎士や兵士が占拠していると思われる。ここは西へ進み、辺境の村を目指すことにした。
「西は安全なのか?」
「……どこも安全とは言えないと思うけど、特に何もない所だから、比較的安全だとは思います」
ヒュンダスは小国と言われるだけあって、かなり小さな国土しかない。東西に長い形をしているが、縦断しても馬を使えば二日とかからない。故に、エイファも国内の村や町の特徴は知っていた。
二人は歩き続け、半日程の時間が過ぎた頃、何度目かの休憩を取っていた。
「このまま後数時間も進めば、マジェラという町に着きます。そのさらに西へ行けば、森と小さな湖しかないコルワッツという村に出ます。そこなら……」
話していると、グレイザーは突然手を上げ、エイファに話を止めさせた。前方から数騎、ウルブレントの騎馬がやって来るのを発見したのだ。
平原に伸びる道、その脇にある小さな岩を椅子がわりにしているだけなので、身を隠す場所もない。
グレイザーは頭蓋の兜を深く被り、大剣を手にした。
「下がっていろ、問題ない数だ」
「で、でも、相手は馬に乗っているよ!無茶だ……!」
戦いを止めようとするエイファだが、グレイザーに言われた通り、彼には下がっておく事しかできない。
剣を持っていても、恐怖に震えて戦えないからだ。
「馬ごと潰せば良いだけの事だ」
そう言うと、グレイザーはゆっくりと、迫り来る騎馬に向かって歩を進めた。
大剣を両手で持ち、下段に構える。
「去れ!斬るに及ばぬ雑魚共よ!」
その声が届いたかどうか分からないほどの距離だった。だが、騎馬が止まる様子はない。ますます加速し、グレイザーの方へ向かって来る。
「ヒュンダスの生き残りか!」
「なんでもいい、このまま潰せ!」
ウルブレント騎士が駆る騎馬は四騎だった。確かにグレイザーは昨日、四人の騎士と戦って勝利した。
しかし、騎馬が相手では前回と同じという訳にはいかない。
エイファの心配を他所に、戦闘は始まった。
「死ねっ!」
猛烈な突進と共に、ウルブレントの騎士が長槍で突きを繰り出す。
グレイザーはその一撃を左に飛んでかわすと同時に、大剣で切り上げた。馬の腹を斬り裂き、騎士の右足が吹き飛ぶ。騎士は猛スピードの馬上から落馬し、その拍子に首の骨を折り、絶命してしまった。
「去らぬのならば斬る……」
誰にも聞こえない程の小さな声で、グレイザーはそう呟いた。
そして襲いかかって来る騎馬を次々と斬り倒していく。
馬にぶつかり、槍で傷付けられながらも、グレイザーは四人の騎馬を全て倒した。
エイファはグレイザーの元へ駆け寄り、癒しの魔法で傷の手当てを開始した。ダメージの大きい傷が数カ所あり、回復には時間が必要だった。
「グレイザーさん……、一つ聞いてもいいですか?」
「……ああ、何だ?」
目を瞑り、痛みに耐えながらグレイザーが応じる。やはり、受けたダメージは相当大きいようだ。
「何故、敵に会った時、最初に『去れ』と言うんですか? 私を助けてくれた時も言っていましたよね?」
「……無駄な殺生はしたくないからな。警告はいつもしている」
この人は本当の事を隠している。
エイファにはそれが分かっていた。
魔導師の力に目覚めたせいなのだろうか。グレイザーが剣を手にした時、恐ろしいまでの殺意を感じ取っることができた。そして、彼の周囲に黒い靄の様なものが見えたのだ。それはまるで憎悪そのものであるかのように感じられた。
「……殺意がなかった訳じゃない。ただ、殺したいやつは別にいる」
グレイザーは突然そう言ってきた。まさに、エイファの心を読み取ったかのようだった。
彼はその圧倒的な強さから、相当な剣士だったに違いない。なのに、今はグレイザーという悪魔に成り下がっている。何故こうなってしまったのか、エイファには分からなかったが、結果として、彼は殺意と憎悪を内に秘める悪魔となってしまった。
きっと、『殺したいやつ』というのが関係しているのだろう。
「それが、貴方の生きる意味……、目的なんですね」
「……さあな」
間違いない。
彼が名を捨て、グレイザーとなった理由はそれだ。
殺したい程憎い相手、それはつまり……。
「復讐ですか?」
「……よく喋る奴だな。ヒュンダスの王族は皆お喋りなのか?」
聞いてはいけないことだったらしく、グレイザーは機嫌を損ねてしまった。エイファは素直に謝罪し、これ以上の追求をやめた。
しかし、それはエイファの質問が的を得ている事を示していた。
グレイザーが抱く殺意、その矛先は、一体誰に対して向けられているのだろうか……?
傷の手当てを終え、二人は再び歩き出した。
しばらく歩き続けると、マジェラの町が見えてきた。この町を抜ければ、コルワッツは目前だった。
しかし、ここへ来て再び、ウルブレント軍が前方よりやって来るのが見えた。
「西は安全ではなかったのか?」
「その筈だったんですが……、何でこんな何もない所に……?」
エイファの知る限り、この地方には特産品などはない。ウルブレントの騎士が欲しがるとすれば、女くらいだろうと思われた。
迫り来る騎馬は十五騎。
もう、すぐそばまでやって来ている。さすがのグレイザーも、これだけの数を相手にはできない。
隠れる事も、逃げる事も出来そうにない。覚悟を決める必要があった。
その時だった。
エイファは、ウルブレント軍の中に、見覚えのある顔を見つけた。
ただ似ているだけかと思われたが、その人物はエイファと目が会った瞬間、驚愕の表情を浮かべ、数秒後に笑っていた。
それは嘲笑のように見えた。
グレイザーはエイファの異変に気付き、彼の顔を覗き込んだ。
すると、小さく、しかし確かにエイファは言った。
「……レヴァン……兄さん……!」