表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者当てゲーム!

星空のもと、神と鬼が

作者: 黒猫

 人気のない暗い森。里の人間は「入らずの森」と呼んで近付かない場所。その森の奥に、ぽっかりと開けた場所がある。

 その場所には、古びて今にも崩れそうな、小さなお宮が建っている。お宮の屋根は苔むして雑草が生え、かつて捧げ物が置かれただろう、虫食いだらけの台の上には、捧げ物の代わりに落ち葉が乗っている。

 空高く昇った月が、白い光でお宮を照らす。

 ごとごと、と音を立てて扉が開いた。白い足が階を降り、草を踏む。

 お宮の中から出て来たのは、一人の少女だった。黒い髪はばさばさで、その肌は対照的に青白い。ぼろぼろの、白い着物をかろうじて身体にまとっている。

 少女は階に腰掛け、空を見上げた。黒く塗った紙一面に銀砂を撒いたような星空が広がっている。

 草を踏む音。少女はちらりとその方に目を向けた。木の陰から人影が現れる。人影は黒い衣を着た少女だった。一度も櫛を通したことがなさそうなぼさぼさの頭からは、角が二本生えている。

「また来たか、鬼子。飽きずによう来ること」

 やや皮肉げに少女が声をかける。鬼子は小走りに少女の横までやって来た。

「ほんとは神子も嬉しいくせに」

 鬼子がやり返す。にい、と笑う拍子に、口からは鋭い牙がのぞく。

 神と鬼。正反対ながら、最も近い存在の二人は、並んで星空を見上げる。

「あんたはいつから宮にいるのさ」

「ずいぶんと昔から。思い出すことも、もう難しい」

「ふん、こんなちっぽけなぼろ宮なんて、放り出してしまえばいいのに。どうせもう誰も参りに来やしないんだから」

 鬼子が捧物台をぽんと蹴る。年月と雨風、その上虫食いで痛んでいた台は、その一蹴りであっさりと倒れた。

 神子は一つため息をつき、階を降りてごろりと草の上に寝転んだ。その場所からだと、星空がよく見える。

「人は変わり、土地も変わり。されども星は変わらず、か」

 吐息と共につぶやきを漏らす神子。ひょこひょこと、横に鬼子がやって来て、同じように横になる。

「こんな夜には、星祭りだと言うて、里の人間が踊りに来たものよ。朝までかがり火を焚いての。好きおうた二人が歌を交わすこともあった」

「ああ、騒がしかったねえ。神子もこっそり混ざってたっけ」

 二人の笑い声が、夜の森に響く。もし里の人間が聞けば、一体誰がいるのかと恐れたことだろう。

「あんたは何でここにいんのさ。人は去り、土地は枯れ、もうここに誰かが来ることもないというのに」

「それが約束だから。神が約束を違えることは許されぬ。例え人が忘れ去ろうとも」

 答えを聞いて、鬼子が不満げに口を尖らせる。神子は横目でちらりとそれを見た。鬼子は気付かぬふうで星空を見続ける。神子も星空に目を戻した。

 神子が思うのは、この森が「入らずの森」となる前のこと。星祭りの夜に歌を交わして恋人となり、やがて夫婦となった若い男女。

 ある日夫は森に行き、そのまま戻らなくなった。妻は夫を待ち続けたが、夫は一向に戻らない。待てど暮らせど帰ってこない夫を捜しに、ある日妻は森へ行った。しかしいくら捜しても、夫はおろか夫の持ち物すら見つからない。

 夫を捜してさまよう妻は、季節が一つ過ぎ去るごとに、己が目的を忘れ、とうとう鬼と成り果てた。

 鬼子が思うのは、このお宮にまつわる昔話。昔、今よりも森が荒れたことがあった。人々は、森のものを採るばかりであったことが、森の神の怒りに触れたのだろうと言いあった。

 神の怒りを鎮めるためにはどうすればよいか。やはり贄を捧げるべきである。ならば、誰を贄とするか。

 幾度も相談が重ねられた結果、一人の娘が贄とされることに決まった。白い着物を着た娘は、身を清めた上で贄として神に捧げられた。そしてその場所に、森の神となった娘を祭るための、小さなお宮が建てられた。

「ほんと、物好きだよねえ、あんた。鬼を見ても殺すでもなく、とうに枯れた土地を守り続けてさ」

「その言葉はそのまま返そう。今や力もほとんどない神を喰らいもせず、里に下りて人を襲うこともない鬼子にな」

 くつくつと鬼子が笑う。神子も口の端を持ち上げた。

 星空はいつしか徐々に明るくなってくる。夜明けが近いのだろう。

 ふらりと鬼子が立ち上がり、森の奥へと消えていく。神子はそれに目を向けようともせず、その場に横になっている。

 やがて鬼子の姿が完全に消えたあと、神子はゆっくりと立ち上がった。白い足が階を上がり、その姿はお宮の中へと消えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 人が居なくなっていく物悲しさは、何とも形容しがたい気持ちにさせられました。短い文章でも、心にすーっと入ってくる文章は私も見習いたいと思いました。 [気になる点] 仕様でしたらとても申し訳な…
2014/09/24 20:12 匿名希望 (企画参加者)
[良い点] 人がいなくなって物寂しくなってしまったのに、昔からの友達のように語らう神子と鬼子が素敵でした。 [一言] 印象に残りやすい台詞回しと人外チックな題材から、作者は黒猫さん!
2014/08/02 12:56 匿名希望(企画参加者)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ