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花となりて 君恋うまで  作者: 日向あおい
7/18

三、可愛いって、お得よね (2)

 きらきらと瞳を輝かせ、自信たっぷりに言えば、いったい誰がそれを拒むことができるだろう。皇子の許可を貰うと、真緒は侍女たちと共に月恵宮の内にある調理場へと急いだ。

 常に王族が滞在しているわけではない月恵宮の調理場はごくごく小さなものだ。真緒は食材を侍女に準備させている間に料理器具がひと通りそろっていることを確認すると、気合を込めて袖を捲し上げた。


「さあ、始めますよ。皆さん準備はいいですか? まずは貴女、雉肉に塩を振って蜂蜜をたっぷり掛けたら、よく揉み込んでください!」

「えっ、私がですか?」

「そうですよ、貴女です。そして、貴女は甘芋を切ってください。これくらいの大きさです」


 これくらいと両手で芋の大きさを示すと、さらに別の侍女に視線を向ける。


「貴女は豚肉をこれくらいの大きさに切ってください。厚さはこれくらいです。そして、貴女は穀醤みそに飴を混ぜてください。火で温めながら混ぜるんです」


 すべての指示を出し終えると、真緒は調理場の隅に移動した。そこから侍女たちの働きぶりを眺め、彼女たちの手が空けばすぐさま次の指示を飛ばす。


「油をたっぷり入れた鍋で雉肉を焼いてください。甘芋は茹でてください。茹でたら、形が無くなるくらいに潰すんです。穀醤はできましたか? できているのなら、豚肉に絡めてください。よく味が馴染むように揉み込むんです」


 さて、ここで甘芋を茹でていた侍女が疑問を口にする。竹串を甘芋に刺して茹で具合を確かめながら自分たちの後ろで両腕を組んで立つ真緒に視線を流した。


「真緒姫が料理なさるのではなかったのですか?」

「私、料理なんてしたことないです」

「ですが、先ほど皇子様におっしゃっていたではありませんか。姫君の料理を皇子様に献上なさると」

「なので、こうして作っているんですよ。私、どの食材をどのように料理すればいいのか、どうしたらより美味しくなるのか、その方法は知っているんです。何に何を合わせれば、どういった味になるのか思い描くことができます。だから、次々に新しい料理をひらめくんですが、本当に残念なことに、料理をする腕がないんです。だから、そこは貴女たちにお任せします。頑張ってください!」

「ええっ!?」

「大丈夫ですよ。皆さん、料理がとっても上手そうに見えますから。包丁捌きも最高です!」


 しゃあしゃあと言って、真緒は再び調理場の隅に下がった。本気で、いっさい料理に手を出すつもりがないらしい。



 ――それでは何のために気合を込めた腕まくりをしたのだ!



 侍女たちは皆そろって心の内で真緒に突っ込んだ。


 こうして完成した料理は得意満面な真緒によって月恵宮の庭園に運ばれる。 

 庭園には鯉が優雅に泳ぐ大きな池があり、その中央に人工的につくられた浮島が、そして、そこに小さな楼閣が建てられていた。それは異国風の楼閣で、黒漆の塗られた屋根に鮮やかな朱色の柱がよく映えた美しいものである。

 屋根の下には、脚の長い方卓と、それに見合った椅子が置かれ、それらには蛇を体に巻き付けた亀の姿が彫刻されていた。

 皇子の待つ楼閣に料理を運んだ――正確に言えば、料理を運ぶ侍女たちを引き連れた真緒が皇子と対面するように席に着くと、侍女たちは料理を方卓の上に並べる。


「これは……」


 思わず感嘆の声を漏らした皇子にとって、どれも未だかつて目にしたことのない料理であった。 


「真緒姫、この料理はいったいどういった料理なのですか? 和多の集落で食べられる料理なのですか?」

「この料理に名前はありません。和多の集落でもおそらく食べられていません。なぜなら、私も今日、初めて食べる料理だからです。でも、ご安心を。絶対に美味しいですから」


 これほど無責任な答えがあるだろうか。しかし、真緒にはまったく悪びれる様子がなく、まず始めに、と言って僅かに腰を浮かせると、皇子の手前の料理を指し示す。


「先日、皇子様から頂いた雉を食べている時に思い付いた料理です。雉肉に塩と蜂蜜を揉み込んで、多めの油で焼きました。柚子や酢橘すだちを搾った汁をかけて召し上がってください」


 それから、と真緒の指先が次の料理に移動した。


「こちらは甘芋を潰して飴を混ぜ、杏、無花果、枇杷、木苺などの果物を加えたものです。芋の甘さに果物の酸味が堪らない逸品になっているはずです。そして、こちらは飴を混ぜた穀醤を塗った豚肉を焼いたものです。穀醤は大豆からつくったものを使用しています。ご賞味ください」


 促されて皇子は一番手前に置かれた雉肉を指先で摘み上げ、口元に運んだ。がぶりと噛み付き、ぐっと前歯で噛み切ると、皇子の目が大きく見開かれる。

 その顔を覗き込んで真緒が言った。


「如何ですか? 美味しいですか?」

「……美味しい。これほど美味しい雉肉を食べたことがない」

「本当ですか!? わぁー、私も早く食べなくっちゃ。いただきまーす!!」


 真緒も雉肉を摘まむと大口を開けて、ぱくりと齧り付く。大量の油を使って焼いた雉肉は、表面はパリッと芳ばしく焼き上がり、中はふわりと柔らかい。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出てくる絶妙な料理に仕上がっていた。

 あまりの美味しさに真緒は頬を桃色に染めて皇子に笑顔を向ける。


「本当に美味しいです! 頬っぺたが落っこちてしまいそうなくらいに美味しいです!!」


 真緒は酢橘の搾り汁を掛けて、さらにひとつ雉肉を摘まむ。酢橘が油っぽさを抑え、これならばいくらでも食べられそうであった。また、ほんの少し塩を振り柚子の搾り汁を掛けて食べれば別の味として楽しむことができ、飽きも来ない。

 ひとつ、また、ひとつ、と次々に雉肉を口の中に放り込んで、真緒はほくほくと満面の笑みを浮かべた。これ以上の幸せはないと言わんばかりの笑顔である。


「真緒姫は本当に美味しそうに召し上がられるのですね」

「だって、本当に美味しいですから。皇子様ももっとたくさん召し上がってくださいね。こちらの豚肉は召し上がられましたか? ひしおというものを私は都に来て初めて知りました」

「和多の集落にはありませんか?」

「はい、ございません。和多の地で捕れたものは数日のうちに和多の民で食べてしまいますから。都には各地から貢物が運ばれて来ます。肉や魚は運ばれている間に傷んでしまいますから、それを防ぐために塩漬けにしたのが醤の始まりだと聞きました」

「ええ、その通りです」

「肉や魚同様に、米や小麦、大豆などの穀物を塩漬けにしたものが穀醤なのだそうですね。都人は穀醤をそのまま舐めて食すそうですが、私はこれを塩のように調味料として使ってみました」


 促されて皇子は豚肉を頬張り、真緒に向かって深く頷いた。


「じつに美味しい」

「わぁー、嬉しいです!! でも、きっと、もっともっと美味しく醤を使う方法があるはずなのです。だから、これからもいろいろと挑戦してみるつもりです。この芋料理だって、ひと口で食べられる大きさに形を整えれば良かったなぁって思うんです。そうしたら見た目が可愛くなりますし、もっと食べやすくなるじゃないですか。だから、次につくる時は、お団子みたいに丸めてみようかと思います」

「また、つくられるのですか?」

「はい、もっと美味しい料理をつくります!」

「それは是非食べてみたいな。真緒姫の料理が美味しいからでしょうか、真緒姫と食事をしていると、いつもよりも食事が美味しく感じられます。明日も食事を共にしましょう」

「えっ、明日もですか?」

「不都合ですか?」

「いいえ、いいえ、とんでもないです! 明日も食事をご一緒したいですっ!!」


 慌てて答えれば、皇子はにっこりと真緒に微笑みかけた。


「今日の真緒姫は素敵でした。とても活き活きとなさっていて、一緒にいるわたしも元気になれます。食事をされている姿は本当に幸せそうで、愛らしく、心が温まりました。真緒姫のおかげで、明日の食事がとても楽しみです」

「そ、そんな……っ、恐縮です!!」


 素敵だの、愛らしいだの、そのような誉め言葉を受けたのは生まれて初めてだった。

 ――しかも、食べている姿を誉められるなんて!

 真緒は信じられない気持ちでいっぱいだった。まるで七色に輝く甘い夢を見ているかのようだ。

 だが、真緒は知っている。これは夢ではない。現実に起きた出来事なのだ!











「――つまり、ありのままの私が認められたってことですよね!」


 得意げに言って、真緒は焼き菓子に黄金色の蜂蜜を滴るほどたっぷりと垂らした。その甘ったるい匂いは織人や高良のもとにまで薫ってくる。


「私、ずっと信じていたんです! いつかきっと、ありのままの私を好いてくれる方が現れるはずだって。その時こそ私が恋をする時。それが今なんです!」

「ありのままの……な」

「そうですよ。私、これでいいんです。こんな私でも好いてくれる方がちゃんといたんですから。しかも、豊葦原の皇子様ですよ! すごくないですかぁ!?」


 ――すごい。確かにすごい。

 だが、織人には漠然と何かが違うような気がしてならなかった。

 きっと真緒は今後も矢凪の目の前で肉料理や菓子を貪るだろうし、今は多少の羞恥心を持っているようだが、そのうち何の躊躇いもなく腹を鳴らすことだろう。当然、痩せる努力はしないだろうし、衣装も髪型も頓着しないまま。美しくありたいという意欲を持とうとすらしないだろう。ただ、自分を甘やかし続けるだけだ。


「これで本当にいいのか? 本当に……?」


 織人はすっかり和多の集落で見た真緒の居館のような有様になっている桃華殿の部屋の様子を見回す。性別不明の土人形や花輪らしきものの干乾びた残骸。青銅の高坏には菓子が山のように盛られており、すでに食べ尽くされた高坏はいくつも床にごろんごろんと転がっている。


「お前、あんまり調子に乗らない方がいいぞ。俺の経験上、良いことの後には必ず悪いことが起こるんだ」

「えー、悪いことですかぁ? それって、例えば何ですか?」

「例えばさ……」


 柱の角に足をぶつけたり、毛虫が衣類の内側に滑り落ちてしまったり、嫌な女に心をえぐられるような物言いをされたり……。 

 そう言いかけた時、高良が織人を呼んだ。振り向けば、手招きを受けて一緒に御館の外に出る。階の下に神殿の奴僕が平伏しているのが見えた。


「どうかしたのか?」

「大巫覡様が遣わされた奴僕が来たんだけど……。ありえないことが起きたみたいだよ」

「何? どういうことだ?」


 階の上に立って奴僕の丸まった背中を見下ろしながら問えば、泥で染まった麻布を纏った奴僕が顔を俯かせたまま地面に向かって声を張る。


「織人様、大変でございます。咲穂姫が花姫に選ばれました!」

「は?」


 一瞬、意味を計りかねて間が抜けた声を上げてしまった織人だったが、すぐに我に返ると、表情を険しくして階を降りた。奴僕に歩み寄り明確に真実を知ろうと、地面に膝を着いて問いただす。


「巫覡が咲穂姫を麗しの花姫に選んだというのか?」

「はい、そうです。先程、晴麻はるま様が大王と豪族の皆さまの前でそのように宣言されました。そして、その宣言をお聞きになった大王は咲穂姫に桜華殿を下賜されました」

「なんだと!? まさか、そんな……っ」


 織人は愕然と言葉を失って立ち尽くした。

 晴麻と聞いて思い出したのは、大きなサルのような男だ。織人よりも九つ年上で、世話好きな性格を見込まれて幼い巫覡たちの指導を任せられていた。そのせいか、織人や高良に対しても何かと物知りげな口調で話しかけてきて、あれやこれやと指図してくるので、二人にとっては煙たい存在でもある。


「あのサル男、いったい何を考えているんだ!」

「咲穂姫が花姫なら、誰も旅に出る必要はなかったよね」


 奴僕を神殿に返しながら高良も織人と同じ考えを示した。大巫覡候補たちは皆、旅立つ前に咲穂姫と会い、彼女のことを確かめたはずであり、当然、晴麻もそうしたはずなのである。それがなぜ今になって……。

 織人の腕を引いて立たせると、その耳元にぽつりと高良が言った。


「よからぬ力が働いているみたいだよ」

「そうなると、真実は意味がなくなる。どちらがより多くの者の支持を得られたかが本物を決める。あるいは、大王を味方につけた方の勝ちだ」

「その勝負、こちらは分が悪そうだね」


 ――真緒と咲穂姫。

 真緒は有名な醜女だが、咲穂姫はその美しさを王宮の皆から愛されていることで有名な姫君だ。秋津妃はもちろんのこと、大王も彼女を娘のように可愛がっていると聞く。


(よりにもよって咲穂姫か。まずいな、皇子は昔から咲穂姫を妹のように可愛がっていた。……いや、でも、妹のようにか)


 少なくとも織人の知る三年前までは、矢凪の咲穂への接し方は、兄が妹に対するものと同じだった。

 だが、どうして今が三年前と同じだと言えるだろうか。咲穂が矢凪に心を寄せていることは周知の事実だ。勘の良い矢凪がその想いに気付いていないはずがなく、長い間、一途に自分だけを慕ってくれている彼女を矢凪が悪く思っているはずがないのだ。


(皇子は間違いなく真緒よりも咲穂姫を選ぶだろう。たとえ彼女が偽物であっても。――違う、偽物だからこそ皇子は咲穂姫を選ぶはずだ!)


 どれほどの覚悟があって自ら花姫になったのか知らないが、神域を犯した者の罪はけして軽くはない。明らかになれば、死、もしくは、それ同等の罰を受けて償うことになるだろう。だが、矢凪は咲穂を失いたくないはずだ。彼女を守ろうと、偽物を本物にすることを考えるに違いない。

 ふと織人は階の上を見やった。すると、只ならぬ外の雰囲気を察した真緒が部屋の中から顔をのぞかせている。


「どうかしたんですか?」

「さっそく悪いことが起こった。麗しの花姫がもうひとり現れたんだ。お前より何倍も何百倍も美しい姫君だ」

「えっ、どういうことですか? 麗しの花姫って、二人もいるものなんですか?」

「いない。いるわけがない。お前が本物の花姫だ」

「じゃあ、偽物が現れたってことですか?」


 織人は答えなかった。いや、答えられなかったのだ。なぜなら、高良の言う通り、これから自分たちは分の悪い勝負をしなければならず、そして、その勝負に負けてしまえば、咲穂ではなく真緒の方が偽物となり、真緒はもちろんのこと、彼女を選んだ織人も高良も不当な罰を受けることになるからだ。

 口を閉ざしている織人に真緒がにっこりと笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですよ」

「何?」

「私、皇子様の御心を信じていますから。きっと大丈夫です」


 自信たっぷりに言われて織人は思いっきり眉を歪めた。いったいどこにどんな根拠があってそんなにも強気でいられるのか、さっぱり分からない。織人は階の上に立つ真緒のくっきりとした二重あごを睨むように見上げて唇を噛み締める。苦いような、酸っぱいような、そして少しだけ甘く感じる鉄の味が口の中にじわりと広がった。



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