相
ぐぉぉぉぉぉぉん――――
冷たい島に響き渡るその咆哮を、私は放っている。右腕のない身体で3本足で地面に這いつくばり、歪獣の声をあげる。ぼたりぼたりと口からよだれが垂れる。風が強い。雨足も強まり、ガレキと化した研究室のむき出しになった床に水溜りができつつある。
私はその中で、喉の奥、身体の深部から叫びを吐き出し続ける。地震、雨風、そしてもうすぐ訪れるであろう津波。まるでこの世の地獄のようなこの場所で、私はアイを待つ。
ぼろぼろな白衣の胸ポケットにただ1つ、私の作った透き通る青色をした薬品が注射器の中に入っている。消えつつある知識と自我で、壊れた研究所のガレキの中から無事だったそれを探しだしていた。
この薬はいわゆる興奮剤の一種だ。研究中に万が一アイの身体に異変が起こった場合に使用するために作成していた。生命の危機が起きた時を想定し、その効果の即効性を高め、そしてアイの特殊な身体にも作用するように特別な成分を加えて作られている。
その副作用としてアイは攻撃的になり、その身体は本能に支配されるだろう。
私は、アイを待つ。
身体が悲鳴を上げている。皮膚の下、今この瞬間にも構造が作り変えられようとしているのを感じる。体力の低下と精神の消耗が、身体の暴走を抑えきれなくなりつつあるのだ。多分もたないだろう。私は、私は死を、迎えようとしているのだ。
不思議と、あまり怖くはない。だが心残りがある。無論、アイの事だ。アイは本来、あの力を持ちながら人間の感情を持っては、本来いけないのだ。あのまま不安定な状態が続くと、そう遅くないうちにアイが壊れてしまうのが目に見えていた。私はそれに気づけず、そしてそうなるまでアイを放っておいてしまった。
私が壊れるのは仕方ない。だがアイが壊れてしまう、それだけは起こしてはいけない。絶対、だめだ。どんな手を使ってでも、アイを殺すわけにはいかない。
2度も、殺すわけには。
吹き抜ける風の彼方から、何かが押し寄せてくる音が聞こえてくる。津波が押し寄せ始めたのだろうか。来るんだ、アイ。私は今からお前に許しを請う。お前をそんな姿にしてしまった事、私のミスで苦しませてしまった罪を償わせてくれ。
許さなくていいんだ。
私を喰らってくれ。
ぐぉぉぉぉぉぉん――――
くぉぉぉぉぉぉん――――
私が再び咆哮をあげた時、アイは返答の鳴き声と共に現れた。雷が落ち、私達に一瞬濃い影を落とし、地鳴りが響く。遠くでは波が島に近づきつつある音が迫ってくる。
ああ、人生を終えるのに相応しい場所ではないか。
雨と雷の降る研究所の残骸の中、2匹の獣が相対した。




