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 コンクリートの欠片が転がる中、アイが私を見つめていた。後を追うようにコンリートの粒が雨と一緒にぱらぱら降り、アイの拳からは透明な血液がべたりとガレキに落ちる。

 ああ、そういう事か。私はまだ死なないのか。アイの意思が、私の存在する意味を作り出したのか。

 生き延びられたというのに、もはやそれが嬉ばしいものなのかすら、分からなくなってきた。

 アイは、ぺたりと手をついて四つん這いになった。そして倒れた私の前でまで近づくと、彼女はぎざぎざの口にくわえられていたそれを、床に落とした。

 ところどころ毛の付いた、生肉。

 アイは喉を鳴らす。喰え、と私に言っている。アイから見ても、今の私は体力的に危険な状況に見えるのだろう。自分で気づいてないだけで、私はもう既に生死の境を歩きつつあるのかもしれない。

 アイは動かない私を見て、今度は倒れた私の額を唸りながら口先で小突いてきた。

 喰え。

 そう言っている。

 私はそんな彼女を微笑ましく感じ、そして何故か……ほんの少し、寂しさというか、申し訳なさというか、そんなものを感じた。

 全く、生きたいのか死にたいのか、彼女と決別したいのか一緒にいたいのか、まるでわかりゃしない。ぐだぐだと論理と思考ばかりを並べて私は。

 何も動いていないじゃないか。


 私は1度、生きるとか死ぬとか、そんな思考を止めてみた。

 上体を起こし、生肉を掴む。

 じっとりと湿り、適度に柔らかみのある肉。まだ死んでから時間が経ってないようで、新鮮だ。私のこの弱い顎でも噛みきれるだろう。

 かぶりついてみる。ぬるく、血の味。思ったより固い。顎に力を入れてみる。きつい。噛みきれない。獣のように、あっさりできない。ただ、口の中が唾液に占領されていくだけで。息を荒げて必死に力を入れてみる。

 前歯が、へし折れた。

 固い……というより、私の身体に限界が来ているという事だろうか。それでも噛みついてみる。前歯がなければ、奥歯で切り裂けばいいじゃないか。そうだろう、胃袋にさえ収まればいいのだ。


 しかし、目の前の食事にありつけないまま数分が過ぎる。

 アイはじっと私を見ている。アイなら造作もなく喰らう事ができるこの肉を。私はこんなに。私には、アイには、いや、違うのか。アイは、そうなのか。そして、私はそうなのか?

 私には、できないのか?


「くそ……くそお……くそおおお!!!」


 雨の中の崩れた研究所で、獣肉を握り、叫ぶ。握りしめたまま、その手の甲を床に叩きつける。一杯になって溢れる唾液が顎を伝い、雨と一緒にぼたぼた地面に落ちる。 叫んで、唸って、震えて、感情を垂れ流す。

 私は、自分が人間という事を忘れた。


 口の中で、めりめりと歯茎を押しのける音がした。音を立てて、今まで生えていた歯がぼろぼろ落ちていく。それを感じながら、私は生肉のぬるぬるした脂が移った手でそれを確認してみる。笑いがでてきた。ああ、この歯の感触。

 アイと同じ、そう、アイと同じ、牙だ。

 私は、アイに近づけただろうか?

 その問いを証明する為に、噛みつく。いとも簡単に、生肉に突き刺さる。じゃくじゃくと噛み裂ける。美味しい。ごくりと、喉の中を肉が通る感覚が心地よい。血の味が最高の調味料に思える。力が湧いてくる。生き返ったようだ。一口で、これだ。この肉を全部食べる頃にはどれだけ満たされているのだろうか。知りたい。

 私は噛みつき続ける。一心不乱に空腹を満たす。

 美味しい、美味しい。

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