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 外。海を見渡せる森の丘。研究所とは違う自然の香り。野生の生物が息づき、殺し合い、命を輝かせている隣に、私はいた。

 生物の存在意義というと種の繁栄にあるのだが、果たして人間はどうなのだろう。

 全ての人間が種の繁栄に貢献しているのかというと、違う。私に至っては他種族の繁栄、新たな種の創造に命を燃やしている、のかもしれない。

 アイは成体になった。完全に成熟した。いつか、子孫を残すのだろうか。どのような手段でなのか、推測すらできない。獣のようで、怪物のようで、人のようで。永い時の隔たりの末に生まれた生物だ。既存の生物から推測した所で全く、無意味なのかもしれない。

 だがもし、もしも、アイが私を……。

 いや、私は彼女とは違うのだ。


 彼女のような存在になりたい、と思わないわけがない。だがそれは叶わないとも、思っている。この身体は完成された彼女とは違い、不安定で、未完成なのだから。

 時々手が痺れる時がある。以前吹き飛ばされて再生した手だ。神経系の再生が不完全なのだろうか。こうして元通りになっているだけまだましで、既に人間でない証拠なのだが。


 ダメだダメだ、止めよう。理屈で考えるのは、止めよう。私は彼女と共に生きている。それだけでなんと幸せな事か。この現実に満足しよう。無駄な事は考えないようにしよう。

 ――幸せだろう?

 自分に問いかけたが、返事はない。

 幸福も不幸も、ないのだ。彼女がいるのだ。あるのは、彼女なのだ。幸せがあるのではなく、彼女が、在る。


 澄んだ風を背後に感じた。

 それは彼女の吐息だった。

「アイ……」

 彼女がいつの間にか背後にいた。尻尾を上げ、ゆらりと振って。その青い身体は太陽の下で一層映えている。食事をしてきたのだろうか、彼女の口元からは、粘液と混じり薄まった血がぽたぽた垂れていた。


 くるるるる、と喉を鳴らし、彼女はその息が私の耳にかかるほどに近づいてくる。

 その息が心地よく、ぞわりとする。

 心が揺れる。

 私は振り返り、彼女を抱き締めた。ぬるりとした肌の感触がひんやりと私に伝わってくる。細く、洗練された流線型のフォルム。ほんの少しの弾力。

 頬に伝わる、口づけ。

 そして、私は囁く。


「アイ、お前は私と……」


 木々のさざめきが、私の言葉を隠すように鳴り響いた。

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