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研究所2階、研究員の居住場所。
もう来たくないとは思っていたが、来てしまった。とあるモノを探しに。
一直線に続く簡素な廊下、その両側に等間隔で付けられた簡素なドア。そこにはここで私と一緒に研究をしていた科学者の名前が載っている。あの頃と変わってない。たった1ヶ月前は、みんないたというのに。
ドアに書いてある名前を目で追っていく。
朧神 啓介。
藁之谷 享介。
三枝 優。
晦日 亜依。
久瀬 響。
几凪 尖。
諏訪瀬 聖。
自分の部屋の前へと足を進める……前に、几凪の部屋の扉を開けた。椅子、机の上、ベッド、床、全てが整然としている。
蹴った。蹴り飛ばした。投げ飛ばした。引き剥がした。殴り付けた。叫んだ。叫んだ。叫んだ。
我に返ると、彼の本や資料はぐちゃぐちゃになって床に散らばっていた。ベッドのシーツはしわくちゃに投げ捨てられている。
私は息を弾ませながら思った。なんで。なんでこいつの部屋は、こんなに、綺麗だったんだ。
更に沸々と気持ちが湧きあがる前に、部屋を出た。力の限り扉を閉める。
自分の部屋の扉を開けた。机の上のライトが付きっぱなしだった。空気清浄機もだ。彼女を研究し始めてから、1度もこの部屋には入った事はなかった。
机の引き出しを開けた。実験資料等が理路整然と並べられる中、隅にIDカードのようなモノを置いていた。それを白衣のポケットに入れる。これを肌と触れさせていると、島を取り囲むように発生された電磁波を絶縁する事ができるカードだった。
用はもう終わった。帰ろう。
と、顔をあげると、机に立てかけられたコルクボードが目についた。そしてそこに付けられた数枚の写真。
その中央、私と彼女……亜依が写った写真があった。2人とも笑顔で。懐かしい。笑っていた。声を出して笑っていたあの時。
くおおおおおん――
アイが叫んでいるのが聞こえる。
彼女は口を開けるようになってから、時折こうして咆哮するようになった。
早朝でも夜中でも、彼女は構わず、こうやって研究所中に響き渡らせるように鳴く。
麗しい声色である。
彼女の鳴き声は、2つの声が混ざり合ったような声だ。低音域は猛獣のように聞く者を震え上がらせる。そして高音域は――鳥の美しい旋律のようで、イルカの神秘的なメッセージのようである。
彼女の鳴き声が、研究所に響き続ける。脳内で亜依が笑っているその声をそれに重ね合わせながら、私は写真を名札の裏に入れた。
その声がいつかこの地球に響かせる日を、夢見ながら。




