ChaNge the WoRLd
■futuristic imagination―3
「お、石田、久しぶり」
3年2組の自分の席に着いた石田雄二に話しかけたのは奥田隆。石田雄二の悪友である。中学時代はよく近所のスーパーで一緒に万引きしたり、女子を取りあったりものだった。
「おー、奥田、お前、今なにやってるんや?」
「俺か?県庁の電算課に勤めとる。お前は?」
「GA電子サービスっていう会社につとめとるよ。」
「それってもしかしてGAコーポレーションのグループ企業?ええところに勤めとるなぁ~。」
「そんなことないよ。県庁の方がええところやないの」
「またまたぁ~」
石田が周りを見渡すと、そこかしこに見知った顔が存在する。そして、交わされる昔話と熱い友情。なんだかんだと言って旧友というのはいいものだ。ずっと会っていなくてもすぐに友達として振る舞う事が出来る。だが、石田は何かが足りないような気がした。意識の底にある漠然とした違和感、石田雄二がその違和感の正体に気がつく事は恐らくないだろう。
■ChaNge the WoRLd―4
昼下がりの教室に突然、校内放送が響く。
「君たちにはこれから、殺し合いをしてもらいます。学校から出る事は出来ない。生き残るには自分以外のクラスメートを全員殺すことだ。」
何の事か理解できず、ざわめく校内。ようやく、奥田隆が他のクラスの様子を見に行く。
「おい、大変だ、誰もいないぞ!」
奥田が叫ぶ。
山田哲也が駆けだす。だが、見えない力に阻まれて、校門から外に出る事は出来ない。
「どうなるんだ?」
1時間が経つころ、鈍感な彼らにもようやく自体が呑みこめたらしい。
「本当に、クラス全員を殺さないといけないのか?」
山本が言う。
「校内放送があったからな」
野田が言う。クラス全員の視線がぼくに集まる。
「まずは、このオナニー野郎を殺してみればいいじゃないか」
佐藤忍が言う。
それを合図に手に重い花瓶を持った山本と野田という、クラスのパシリ2人組の男子生徒がぼくににじり寄ってくる。不思議と恐怖はない。彼らが花瓶を振りあげようとしたその瞬間、二人の体は凄まじい音とともにはじけ飛んだ。傍らには山本と野田だった肉片。女子からは悲鳴が聞こえる。その瞬間、このクラスの支配者はぼくに襲いかかる。山田哲也の右腕がちぎれる。あまりの痛みに彼はしばらくの間動けない。山田と同時にぼくに襲いかかろうとした佐藤忍は頭から血を流して倒れている。女子で一番ぼくをいじめていた竹下薫がぼくに襲いかかる。彼女の体はあり得ない方向に曲がり、彼女の叫び声が聞こえる。「助けて」。彼女の体は大きく畳まれ、サイコロのようになった。あれほど聞こえていた雑音も一切しない。山田哲也は背後からぼくを殺そうと椅子を投げつけようとする。その瞬間、彼の四肢、いや三肢ははじけ飛んだ。大量の血を流す山田哲也。わけのわからない叫び声をあげている。もうすでに、クラスの多くの人間は教室から逃げ出そうとしている。でも、彼らが駆けだせないのは腰が抜けているからだ。その間にも、いく人かが肉片に変わりつつあった。ぼくは、知っていた。自分が「自分にこれまで向けられた悪意をそのままダメージとして返す」能力に目覚めた事を。だけど、この死体の山が指し示す事は、このクラスにぼくに悪意を持たない人間などいないという事実。
麻生智子。
中学1年生の時から、ぼくは彼女の事が好きだった。今は、彼女の瞳には恐怖しかない。
ぼくは彼女に手を伸ばす。その瞬間、彼女の頭部は粉々に吹き飛んだ。
誰もいない空間で怒張した自分のものから真っ白な液体がこぼれ落ちる。
■futuristic imagination―4
この同窓会の主催者・佐伯忠志が壇上に登る。噂では、佐伯は若くして会社社長なのだという。そういえば、落ち目のグラビアアイドルと彼が結婚したとかしてないだとかいう記事をスポーツ新聞の3面記事で見かけたような気がする。
「えぇ~皆さま、このたびは94年度山縣中学校3年2組の同窓会にお集まりいただき誠にありがとうございます。僭越ながら、私、佐伯忠志が乾杯の音頭をとらせていただきたいと思います。皆さま、飲み物は行きわたりましたでしょうか?」
佐伯が周りを見回す。自信に充ち溢れた態度。
「それでは、乾杯!」
■ChaNge the WoRLd―5
放課後のチャイムが遠くに聞こえる。
ぼくは恥ずかしさのあまり、服だけを掴んで、学校のトイレに駆け込んだ。校舎別館、理科準備室の前のトイレ。ここに訪れる人はまばらだ。トイレに駆け込んでからは実はあまり覚えていない。ただ、ぼくがクラス全員を皆殺しにする妄想だけがあり得ないくらい鮮明に見えるだけだった。そして、ぼくの目からはとめどなく液体が流れおちてくるだけだった。だが、不思議とぼくは死のうとは思わなかった。
なぜなら、世界は変わったのだから。
まずはこの学校から自分の存在を消すことだ。この学校だけではない、この「世界」からぼくが生きていた痕跡を残さず消しさることだ。そのために何をするべきか、ぼくは冷静すぎるほど冷静に考え始めていた。
■futuristic imagination―5
乾杯が終わった途端、突然、校内放送が響く。
「君たちにはこれから、殺し合いをしてもらいます。学校から出る事はできない。生き残るには自分以外のクラスメートを全員殺すことだ」
何の事か理解できず、ざわめく校内。
山田哲也が駆けだす。だが、校門から外に出る事はせず、戻ってくる。外を良く見ると、校舎の周りをサブマシンガンで武装した黒服が周りを囲んでいる。佐伯忠志は小刻みに震えている。
「もう一度言います。君たちにはこれから、殺し合いをしてもらいます。学校から出る事は出来ない。生き残るには自分以外のクラスメートを全員殺すことだ。これは、遊びでも何でもありません。君たちに信用してもらうために、この画面を見てください。」
教室のテレビの電源がつく。画面には初老の男性が映っている。画面の黒服に言われ、男性は言葉を話し始める。
「私は・・・服部・・・山・・・縣中学校で・・・・きょ・・・う・・・なぁ、クスリ、クスリをくれよ、なぁ!」
黒服は服部と名乗った紳士を殴り倒す。3年2組の教室は静まり返っている。
「今日は、皆さんの恩師の服部先生にも来ていただいています」
扉が開く。黒服達に引きずられる服部。へらへら笑っている。
「今日は、皆には、『いのち』という大切な事についてまな・・・ンデ・・・うひゃひゃひゃ」
笑っている服部。良く見ると、腹には大きな穴が空き、血が噴き出している。黒服達は一斉に引き金を引いた。鉛の玉を食らい、血まみれになりながら、服部、いやかつて服部だったものは、満面の笑顔を見せながら、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。教室からは悲鳴が漏れる。
「服部先生には、薬物濫用の恐ろしさを学んでいただくため、1年ほど毎日クラックを摂取していただきました。」
「皆さん、服部先生がどんな先生だかご存知ですか?彼は皆さんの卒業後、顧問をしていた女子バレーボール部の女子部員の更衣室を盗撮していたという事で長良川中学校に異動、そこでもセクハラ騒動を起こして、不適格教師として再講習を受けます。皆さんの『恩師』は素晴らしい方ですね。最後にもう一度言います。君たちにはこれから、殺し合いをしてもらいます。学校から出る事は出来ない。生き残るには自分以外のクラスメートを全員殺すことだ」
教壇の上から、突如として大量の武器が降ってきた。佐伯忠志が武器に飛びつく。それを合図のようにして、全員が戦闘態勢に入る。
山田哲也はすばやくサブマシンガンを手に取るが安全装置のはずし方がわからない。
菱田美優は手に持ったハンマーで山田哲也の頭を粉々に打ち砕いた。
佐藤忍は刀で奥田隆に切りつける。
奥田隆はその刃をとっさにかわし、彼のわき腹に長ドスをぶち込む。真っ赤な血が流れ出す。
鬼頭義弘はすばやく拳銃をとり、あたりかまわず打ちまくる。そのうちの一発が奥田隆のこめかみを貫通する。
石井裕子は血だらけになりながら、山田哲也だった肉の塊を切り刻み続けている。
野田孝太郎は石井裕子の心臓を刃で貫く。鮮血が噴き出る。
山崎剛。彼は最後に残った人間。狂ったように笑い続けている。血の海を歩く山崎剛。教室を出て、階下に向かおうとした彼は急に苦しみ始める。血の海の中で崩れ落ちる山崎。
無人の教室。3年2組の中には誰もいない。
■futuristic imagination―6
「処理完了、撤収します」
■ChaNge the WoRLd→futuristic imagination
近沢輝夫は新世紀出版という3流出版社に勤めている。彼が働くのは『週刊民衆』というタブロイド誌の編集部である。風俗情報と落ち目のグラビアアイドルのヌードが自慢のその雑誌で、彼は取材・編集をこなすいわば何でも屋のようなものだ。仕事は、それなりに満足感のある仕事ではある。だが、彼が元々この業界を志望したのはルポライターになりたいという希望があってのことだった。社会の矛盾や悪を暴くようなルポライターになりたい、それが彼の望みだった。近沢輝夫は元々岐阜県の山県市という寒村の生まれだ。中学校の時に酷いいじめを受けていた彼は、死のう、と何度も思った。だが、ある日、近沢は市川祐樹という男子生徒に助けられる。その瞬間、彼の中で何かが変わった。学校から帰ると彼は勇気を持って両親にいじめの事を話す。両親は何も言わずに、県外の学校への転校手続きを取ってくれ、自分たちも一緒に引っ越してくれた。その時に、彼は、自分のようにいじめられた人間が泣き寝入りする事は絶対にあってはならない、そのために、自分だけは社会の矛盾や悪を絶対に許さないと固く心に誓った。市川祐樹は今でも、そんな彼にとってのヒーローだ。
ある日、編集部の近沢宛に奇妙な手紙が届く。差出人はない。
「1学期だけ3年2組の近沢輝夫様 山縣中学校の同窓会にご参加ください。」
近沢にわざわざ連絡を取る奇特な人間は、あのクラスにはいないはずだ。その奇妙な手紙に興味を持った近沢は取材と称して、10数年ぶりに生まれ故郷に帰る事にした。その過程で、近沢は3年2組のクラスの人間の消息を調べた。ある者は地元で働き、またある者は他の街に行っていた。だが、ただ一人だけ、あの日、近沢をかばった市川祐樹の消息だけは全く分からない。近沢が転校した後、彼は陰惨ないじめを受けていたという。その後の市川の行方はわからない。噂では、すぐ自殺したとも、他の土地へと引っ越したとも言われている。
山縣中学校はすでに移転し、元の跡地は新生日本財団という財団の持ち物らしい。だが、新生日本財団は数年前にこの土地を入手してからというもの、売るでもなく、取り壊すでもなく、入手した当時のまま保存しているという。すでに築30年以上経った山縣中学校は、ところどころ修繕の必要があったが、新生日本財団は定期的な補修と掃除は欠かさずに行っているそうだ。遠目から見た山縣中学校は、近沢の目にもまったく当時のままだった。まるで、当時のまま保存するのが義務であるかのように山縣中学校は当時の面影を今に残していた。近沢は新生日本財団について詳細を調べる事にした。新生日本財団はIOコーポレーションというIT企業が出資した財団である。そして、IOコーポレーションの社長は、佐伯忠志。かつて近沢のクラスの学級委員だった男だ。近沢は名前を偽り、IOコーポレーションに取材を申し込むが、丁重に断られる。パンフレットを頼りに、新生日本財団を訪ねてみると、そこは佐伯の個人宅だった。自宅から出る佐伯。近沢は彼に突撃取材を試みるも、今度は不審者として警察沙汰になりかけてしまう。彼は、携帯電話から編集長に有給消化を申し入れ、3年2組のクラスメイトの消息を調べ始めた。
IOコーポレーションは2000年設立。時代はあたかもITバブルの時代で、大学生によるイベント企画会社でしかなかったIOコーポレーションも、業績を急拡大、順調にその歩みを勧めていた。当時、そこそこの人気グラビアアイドルだった西村もえと結婚した佐伯は一躍時代の寵児として扱われる。だが、ITバブルの終焉とともに業績も下降線をたどり始める。元々、大学生によるお遊びの延長線でしかなかったIOコーポレーションには特筆すべき技術もコンテンツもなく、打開策が打ち出される事もなく、ここ数年は佐伯のマスコミ露出もめっきり少なくなり、半ば忘れられた会社になりつつあった。近沢は数カ月かけて、IOコーポレーションを入念に調査する。すると、IOコーポレーションは現在、海外の投資ファンドの実質上の支配下にあり、佐伯はお飾りの社長でしかないという。そして、IOコーポレーションを支配する投資ファンドは実質、ある人間の個人資産運用会社の持ち物だという事がわかった。
神山祐樹。日本最大のITベンチャーであるGAホールディングスを一代で築き上げた男である。GAホールディングスはいまや日本で最も有名な会社の一つだ。ホスティング事業から始まったその事業は、ゲーム開発や動画配信といったエンターテイメント事業から、プロバイダ業、クラウドコンピューティング事業まで、およそインターネットにかかわる全ての事業を行っている会社である。この会社の特異なところは設立から約10年で東証1部上場を果たした事でも、元々、2ちゃんねるのコテハン(常連)が集まって設立された事でもない。これだけ有名な会社でありながら、代表者がマスコミはおろか、通常の取引であっても一切人前に姿を見せない事だ。噂では、GAホールディングス本社の社員すら、社長の顔を知るのはごく一部だという。神山祐樹が、佐伯に山縣中学校を買わせたのだろうか。近沢は、GAコーポレーションに思い切って取材を申し込んだ。秘書にダメ元で取り次ぎを頼む。
「社長がお会いになるそうです」
通されたのは、東京を一望できる超高層ビルの最上階。そのガラス張りの部屋に「彼」はいた。
「やあ、ぼくの事、覚えている?」
「まさか・・・市川?」
「その名前を知っているのは、もはや君だけだよ。君が転校した後、ぼくは酷いいじめを受けてね。すぐに親戚の養子になったんだ。18歳で会社を興す前に整形もして、今は全くの別人として暮らしているよ。」
「山縣中の跡地を買ったのは君か?」
「そうだよ、佐伯君に頼んだら、喜んで買ってくれたよ。彼は、ぼくが同級生だって知らないけれど。彼は面白い人なんだ。なんにもできない大学生なのにブランド物のスーツ着て名刺なんかもっちゃって、『起業家でござい』なんて言っているから面白くて面白くて。あまり面白かったから、会社ごと買っちゃった。」
「同窓会も、君の発案か?なぜ俺にあんな手紙を」
「一度会っておきたかったんだ。君に、これからぼくがやる事を見ていてほしい」
「何を?」
「それは、言えないな。ただ、凄く面白い事だとは思うよ。」
「市川・・・もし俺のせいで君が・・・」
「それは関係ないよ、いじめなんて、時の運さ。たまたまいじめたり、いじめられたりする。世間に出てみれば良くわかるだろう?べつに、他人をいじめていたって何があるわけでもない、一時期の『やんちゃしてた勲章』として扱われるだけだ。ぼくがいまこうしているのだって時の運だ。」
秘書が部屋に入ってくる。どうやら、与えられた時間は終わったらしい。
「じゃあな、近沢。会えて楽しかったよ」
翌日の新聞で、山縣中学校の旧校舎で集団自殺騒ぎが起こったという記事が載っていた。死んだのは旧3年2組のクラス全員。警察発表では事件性はないとのことだが、謎の同窓会自殺事件としてマスコミの間は騒然となった。近沢は自分の直感に基づいて、これまでの取材分と合わせて猛然と記事を書き始める。今、この瞬間こそルポライターとしての自分の力量が試される時だ。だが、その日の夕方、さらに衝撃的なニュースが飛び込んできた。GA ホールディングスの神山祐樹が死んだという。死因は睡眠薬の過剰摂取。死後発見された遺書によると、彼は500億とも1000億とも言われるすべての個人財産を、いじめ被害者や被害者の家族を救済するための基金に全額寄付するという。
神山、いや市川祐樹の死。近沢輝夫の目には涙が溢れ出てくる。涙で記事が書けない。
彼は、書きかけた記事を消し、煙草に火をつけた。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。読者の方の心に何かしら残すことができたら幸いです。もしよろしければ感想などいただけるととてもうれしいです。




