futuristic imagination
ミニコミ『bnkr』に掲載した第二作。2008年ごろの作。前後篇です。
■ChaNge the WoRLd―1
学校への足取りは重い。
岐阜県立山縣中学校3年2組。1994年度のこのクラスは男子20人、女子19人。都合39人のクラスである。僕はこのクラスには居場所はない。俗に言ういじめ、というやつだ。昨日は下駄箱の靴の中に画鋲が入っていた。それに気がついて画鋲を取り除こうとしたら、それを見ていた山崎賢治にはがい締めにされ、無理やり靴を履かせられた。その前の日にはトイレに閉じ込められて、気を失うまで水をかけられた。僕がいじめられる理由、それは1学期の時に僕がいじめられていた近沢をかばおうとしたからだ。確かにその時には近沢へのいじめはなくなった。近沢はその後、すぐに何処かへ引っ越していった。その中で、一人残った僕へのいじめは執拗に続いた。確かに、近沢へのいじめも相当なものだった(事実、大して正義感があったり、クラスの主導的な立場でもない僕が止めに入るぐらいだったのだから)だが、僕へのいじめはそれと同等、いや以上かもしれなかった。
教室に入る。山田哲也がにやにやこちらを眺めている。山田はクラスの主導的立場にいる。勉強はそこそこできるし部活は陸上部でエース。彼のまわりには取り巻きがいて、教師連中からの信頼も厚い。だから女子にもモテる。だが、彼こそがいじめを主導し、近沢や僕が虫けら以下に扱う張本人だ。机につく。机の上には、葬式花と僕への追悼の言葉が並んだ色紙。
「死んで清々しました。もう二度と顔も見たくありません」
「これでこのクラスのゴミがなくなりました」
目を覆いたくなるような台詞が並ぶ。色紙と葬式花は瞬間接着剤でくっつけられていて、そう簡単には取れない。
「あなたに告白された事は一生の汚点です」
菱田美優からの台詞だ。彼女の顔も、体型も千代の富士そっくりだが、僕は彼女にクラス全員のみる中で山田に無理やり告白させられた。彼女が僕にあてたという「ラブレター」を持ち出して。答えは当然「NO」。山田哲也はご丁寧にもクラス全員から台詞を取ってきたようだ。麻生智子からのコメントを、僕はけして見ないようにした。
■futuristic imagination―1
石田雄二は29歳の男性である。1980年生まれの岐阜県出身。彼は山縣市立山縣小学校、山縣中学校を卒業後、県立岐阜芥見高校に入学。卒業後は東京に上京。市ヶ谷大学を卒業後、1部上場企業の情報システム子会社でシステムエンジニアとして働いている。独身。3年付き合った年下の彼女がいる。彼女からはそろそろ結婚を考えろ、と言われているが彼には当分その気がない。彼は彼女と同じ会社の後輩社員と二股をかけている。ある日の深夜、石田雄二は後輩社員と行ったホテルから帰ってくると、家のポストにハガキが入っている事に気がついた。
「石田雄二様
朝夕めっきり過ごしよくなりました。お元気でお暮らしのことと思います。
先日久しぶりで学校へまいり、服部先生にお目にかかりました。白髪がふえてとおっしゃっていますが、大変お元気で、相変わらず楽しそうに生徒にもまれていらっしゃいました。先生との話の中でクラス会を開催したいというようなお話になり、先生に御都合を伺いましたところ、週末ならいつでもとのことでございました。そこでこのたびは僭越ですが、私が幹事となり、下記のように同窓会を開くことにいたしました。なお、今回の同窓会では趣向を凝らして皆さまを歓迎させていただく予定です。ぜひ御賛同、御出席のほど、お願いしたく存じます。皆様と思い出話や経験談など持ち寄り、楽しいひとときにできれば幸いです。
佐伯 忠志拝」
学級委員を務め、いつもクラスのまとめ役になっていた佐伯の事が石田の脳裏に浮かんだ。佐伯はたしか、新進気鋭の会社社長ということでTVに出ているのを何度か見た事がある。もう、故郷には10年近く帰っていない。
「なつかしいな・・・」
北田舞は29歳の女性である。岐阜県出身。彼女は山縣市立山縣西小学校、山縣中学校を卒業後、県立山縣高校に入学。卒業後は東京に上京。親には声優になるという大義名分を使っての上京だった。入学した代々木アニメーション学院には1カ月で行かなくなり、自主退学。以後、アルバイトを転々するが、20歳の頃、田町のキャバクラに入店。そこそこの人気を得る。年齢を追うに従って店を転々とし、今は国分寺の「シェール」というキャバクラで働いている。ある日の深夜、北田舞は店帰ってくると、家のポストにハガキが入っている事に気がついた。
佐藤忍は山縣中学校の1995年度3年2組の一員であった。彼は、元々広域指定暴力団の下部組織に出入りする父と風俗店に勤める母との間に生まれた。チンピラと風俗嬢の結婚、あまりにもありがちな結婚生活はその結果もありがちなものだった。父の暴力による離婚と母の育児放棄、こうして佐藤は山縣市内の養護施設で育てられることになる。中学校にあがる頃から彼はグレはじめ、高校を中退。以後、岐阜市内でチンピラのような、ヒモのような生活を送っている。彼は、見事に親の跡を継いだ形になる。そんなある日、彼の家のポストにハガキが入っていることに気がつく。
■ChaNge the WoRLd―2
この間の修学旅行。ディズニーランドにぼくらは向かう。だが、班の割り振りの時、当然ながらぼくと一緒の班になる奇特な人間は現れない。教師、服部が無理やりに佐伯達と同じ班にぼくを押し込める。だが、佐伯たちは一人二人と何処かに行ってしまっていた。佐伯たちを探そうとしてすぐに辞めた。偶然見かけたのだ、ぼく以外の班の人間が集合していた事を。ぼくはディズニーランドのトイレで一日中ゲームボーイをやって過ごした。
体育祭。このイベントがぼくはなによりも嫌いだ。服部が体育祭に向けて団結することの素晴らしさを説く。こういう瞬間、ぼくは吐き気を覚える。服部、というこのクラスの担任である体育教師は人間、という種が如何に腐りきっているかという事を身をもって示している人間だ。汚物と言ってよい。彼はこのクラスで行われている陰惨ないじめについて見て見ぬふりをしながら、いじめの首謀者、山田哲也の一派との「金八ごっこ」に明け暮れている。「普段は教師と対立しているグレた生徒たちも、体育祭に際して団結する、ほら、見てください、生徒たちは根はいい子供たちなんです!」こういったストーリーを服部は何よりも好む。山田達もそれを見越して、そう振る舞う。選抜リレーで疾走する山田哲也。歓声が大きくなる。彼がトップでゴールした時、3年2組は歓喜の輪に包まれる。麻生智子が潤んだ瞳で彼を見ている。何もかも、なくなればいい。歓喜の輪の外にいる数人の人間は「根はいい子供たち」によってボコボコに殴られるだろう。
■futuristic imagination―2
山崎剛は駐車場で本山賢治を見かけた。本山は山縣中学校から高校卒業後、地元の建築会社に就職したという。中学時代から、どちらかというと不良っぽいいでたちをしていた彼らしく、車高の極端に低いステップワゴンのカーステからは2Pacも軽快に流れている。そんな本山のいでたちは豹柄の毛皮のジャケットに金のネックレス。
「70年代にタイムスリップされた方ですか?」
そんな山崎の疑問は本山からの声によってかき消される。
「よぉ~う、山崎、げんきぃ~?」
いまだかつてない不愉快な声。もし母親から偶然電話がなければ同窓会なんかにけして参加することはなかっただろうに、と山崎は思った。
石井裕子は山縣中学校の駐車場から校舎へと向かう。彼女が自分の出身中学校にくるのは卒業以来だから実に15年ぶりとなる。生まれてからの時間を一貫して山県市で過ごした彼女にとって、山縣中学校というのはかけがえのない青春の1ページである。平成の市町村合併で山県市は近隣の村と合併した。それに伴って、山縣中学校も今ある場所に移る事になったのだが、それでも、彼女にとっての山縣中学校はこの場所だった。家業の本屋を手伝い、結婚、出産を経た彼女だが、山縣中学校とその卒業生の動向というのはそれなりの関心事であった。山縣中学校の跡地は後にある物好きな財団の持ち物になり、敷地への立ち入りは禁止された。だが、理解のあるらしいその企業は山縣中学校の建物を壊すことはなかった。今は解放された門をくぐると不思議な気分になる。まるで、1994年、彼女が中学生だった当時に戻ったかのような。
野田孝太郎は山縣中学校の校舎に足を踏み入れる。自分の下駄箱に向かうと、当時の自分が使っていたまさにその室内履きがあった。靴を履き替え、廊下を見ると、左方向に大きな矢印マークがある。「左へ曲がれ」ということか。矢印に従っていくと、更衣室に着く。更衣室内には張り紙がある。「同窓会参加の皆さまへ ほんの心ばかりの趣向として、当時の制服を準備いたしました。皆さまの名札のあるロッカーにある制服にお着替え頂いた上、3年2組教室にお越しください」野田孝太郎はいわれるがまま服を着替え、3年2組の教室に向かう。3階。
麻生智子は車を降りて山縣中学校に向かう。彼女は山縣中学OBである。中学、高校と岐阜に住んでいた彼女は、大学卒業を機に上京する。自分の夢である教師になるためだ。彼女が教師を志望するには理由がある。中学校時代、クラスでは酷いいじめが存在していた。いじめの標的になっていたのは、市川祐樹。彼女は市川の事が好きだった。当時はわからなかったが、好きだった。彼女は近沢を救ったために市川がいじめられることになった事を知っていた。そんな市川がいじめられて、ありとあらゆる屈辱を受けているにも関わらず、何もできなかった自分を彼女は悔い続けていた。正直、同窓会に向うのは気が進まなかったが、それでも麻生智子が同窓会に参加したのは、ひとえに市川祐樹の消息を知りたかったためだ。
■ChaNge the WoRLd―3
「おぉ~い、いちかわ~」
昼休み中、クラスの不良、佐藤忍の声がクラス中に響く。ショータイムの始まりだ。今回はどんな内容でぼくを吊るし上げるのだろうか。クラス中の好奇の視線が僕と佐藤との間を行き来する。舞台を見る観客の目。
「エロ本、もってきてんじゃねぇよ~」
クラス中が笑い声に包まれる。
「うわっ『どえらべっぴん』じゃねぇか、エロいなぁ。」
教室の中から「キモッ」とか「いや~」とか言う声が聞こえる。
「せっかくだからさ、お前、オナニーしてみろよ」
山田哲也の声。ぼくの両脇に山岡賢治と野田孝太郎が素早く周り、もう逃げる事は出来ない。
僕は服を脱がされ、全裸にさせられる。
「オ・ナ・ニ・ー!」「オ・ナ・ニ・ー!」「オ・ナ・ニ・ー!」
クラス中の大合唱が聞こえる。
「オラ、早くやれよ!」
山田哲也の怒号と同時に蹴りが僕の下腹部に命中する。
「オ・ナ・ニ・ー!」「オ・ナ・ニ・ー!」「オ・ナ・ニ・ー!」
大合唱と怒号、そして蹴り。
ぼくは右手を自分のペニスに添え、擦りあげ始めた。
麻生智子と目が合う。汚物を見るような目。不覚にも僕は暗い興奮を覚える。
自分が夢の中で何度も犯した女性に自分の自慰を見られることへの興奮か、それとも自分の人生がここで終わることへの興奮か。しばらくすると、ぼくの怒張したペニスからは真っ白な液体が勢いよく流れ出れる。
「うわっ。精子出やがったよ!」
「キモいな」
「私、男の人がしてるの初めて見たよ~」
クラスの「仲間」からの「評論」が相次ぐ。
その瞬間、世界は変わった。




