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明日から地球征服

作者: 南瀬那智

 日曜日の昼下がり。暖かな太陽の日差しが、八畳ほどの部屋に差し込む。

その部屋には一人用のベッドと机、漫画本が並んだ本棚が置いてある。

一軒家の一室。どこにでもある、ありふれた男の子の部屋。否、だった。

一週間前のあの、出来事が起きるまで。

 ごく一般的な家庭の一人っ子として育ってきた日野明希(ひのあき)を襲った、非日常な出来事。


「セイラ、もう昼だしそろそろ起きない?」

この部屋の本来の住人である明希はベッドで大の字になって眠っている、少女に声をかけた。

 セイラと呼ばれた少女は、一般的に美少女と呼ばれる風貌をしている。金色で軽いウェーブがかった腰ほどまでの髪に、空色の瞳。そして白磁のような肌。可憐そうな雰囲気は、明希の周りにはなかなかいないタイプだ。

 明希自身も、セイラは可愛いと思う。

 きっと同じ学校に通っていたら、セイラのファンクラブが立ち上がっていたんじゃないかと思う。

 見た目も勉強も運動も平凡な、明希とは違って。

 でもそれはあくまでも見た目だけの話だ。

 まるっきり起きる気配はないの彼女を見つめ、溜息をつく。

明希はセイラを起こすのを諦めて、自室を後にした。


彼女、セイラが来たのは一週間前。自室で漫画を読んでいたら窓から強い光が差し込んできた。

 眩しくて目を閉じた数秒の出来事で、目を開けるとセイラが目の前に立っていた。

 突然、目の前に可愛い子が目の前にいて驚いた。いや、そうじゃなくても驚いていたと思うけど。

「地球征服しエリオからきました。セイラです」

彼女が何を言ってるのか分からなかった。まるで、全く知らない言葉を話されてるようで。

エリオって、どこの国? 地球征服って何?

 というか鍵は? 玄関の鍵かけてた筈なのに、どうやって入ってきたのか。

「聞いてますか? 地球征服にきたんです」

「うん、そう。それより、どっからどうやって入ったの? 玄関、鍵かけてあったはずだけど」

「地球征服ですよ? 怖くはないのですか? 」

「怖くはないよ。だからさ、どこから、どうやって入ったの?」

「なんてことでしょう……。畏怖の存在にならなけばならないといけないのに……」

「聞いてる?」

訝しげに何度確かめても、セイラは一人ぶつぶつと言ってるだけで、明希の言葉に耳を傾けようとはしない。

「にゃー」

明希の部屋のドアノブに器用に前足をひっかけて、ドアを開けた黒猫が部屋の中に入ってきた。

「クロ、どうしたんだ?」

明希は屈んで黒猫の名前を呼んだ。

「にゃー」

クロは甘えるように、尻尾をしなやかにふり頭を明希の手のひらに擦り付ける。

「な、な、何なんですか、その生き物は!?まさか、刺客? 地球はすでに、他の惑星(ほし)のものってことですか?」

「まず落ち着いて。この子、うちの飼い猫のクロね。よく分からないけど、刺客とか、そういうのじゃないから」

明希はクロの頭を撫でながら言う。

「そのような生き物を手懐けてるとは、貴方は何者ですか!?」

「普通の人間だけど?」

「地球人恐るべしです……」

セイラは驚愕して、独りそう言いながらクロをじっと見つめた。

「それで、キミは何? 何をしに来たの?」

「先程言ったではないですかっ! 地球征服しにエリオから来ました」

拳を握り締めながら告げるセイラの瞳には、強い意志が宿っていた。

 

 一階に下りた明希は遅めの朝食を作りながら、一週間前の出来事を思い出していた。

 セイラが言ったことを全て、鵜呑みしたわけではない。むしろ、信じてなどない。

 行き成りエリオというどこにあるのかさっぱり分からない惑星ほしに、地球征服。

 漫画でしか見たことない世界を信じれるわけない。

 家族にも彼女ことを内緒にしてる。仕事でなかなか家に帰ってこない親に内緒にするのは、そう難しいことではない。

 なのにこうして今も、彼女の分の昼食も作っている。

 彼女を追い出せないでいるのもそうだ。

 彼女を信用できないのに、無下にも出来ない。それがどうしてなのか、自分でも分からない。

「ああ、いい匂いです。明希、早くです」

 昼食の匂いに誘われて起きてきたセイラは、テーブルに着くとテーブルを両手でパンパン叩いて急かす。

「はいはい」

 行儀も悪いし、作った人間を全然敬ってない。なのに嬉しそうに待ってくれるだけで、こちらまで嬉しくなる。

 明希の両親は共働きのため、明希が家事全般をやるようになった。すこしでも、両親の負担が軽くなるように。

 父も母もありがとうって言ってくれるし、明希が作った料理を美味しいって言って食べてくれる。

 けれどここまで嬉しそうに、待ってもらったのは初めてだ。だから全く信用していない彼女に、献身的に食事を作ってしまう。我ながら、どうかしてると思う。 

「どうぞ。今日はオムライス。ケチャップで何か書く?」

「?」

「なんでもいいっか。じゃあ、これで」

 意味が分かっていなかったセイラのオムライスに、『ヘタレ』と書いてやった。

「これ、なんて書いているのですか?」

「ん? 宇宙一って書いたんだよ」

「宇宙一ですか!? わあ、明希ありがとうございます」

 疑いもせずに喜ぶセイラに、若干、良心が痛む。

(日本語学んできたって言ってたのにな)

 宇宙からきてるというのに話し通じることに疑問を感じて訪ねたら、セイラは『言葉が通じなくては、征服出来ません』って言っていた。

「で、今日はどうするの?」

「どう、とは?」

「僕の家に来てから、一歩も外に出てないよね? キミは一体何がしたいわけ?」

「私の動向を案じるとは、敵ながらあっぱれですね」

「別に案じてるわけではないけど……」

 でも本当に今後どうしたいか気にはなる。

 争いごとは嫌いだ。巻き込まれたくもなければ、巻き込みたくもない。

「明希は優しいですね。一番最初に出会えたのが明希で良かったです」

「それはどうも。……てゆうか、早くご飯食べたら? 冷めるよ」

 あまりに率直に言われ明希は恥ずかしくなって、話を逸らす。

(褒められなれてないから、困るよ……)

 笑顔で褒めれたりしたら、ドキドキする。

 別に好きってわけではないけど、ドキドキする。

「にゃー」

「ん? クロどうした?」

 明希の気まずさを察したようにタイミング良く現れたクロに、明希はすかさず意識を向けた。

「し、刺客……っ!! また出ましたね!!」

 セイラはクロを威嚇しながら立ち上がった。

「セイラ、食事中でしょ。立ち上がらない」

「だって、刺客が!! ぎゃ、こっちに来ないで下さい」

 近寄っていくクロに本気で怯えるセイラを見て、明希は首を横に傾けた。

「なんでそんなに怖がるの? クロはこんなに可愛いのに。ね、クロ」

「にゃー」

 明希の言葉に応えるように鳴くクロ。まるで、『そうだよ、可愛いんだよ』と自分でも言ってるようだ。

「逆に明希はどうして怖くないんですか。 こんなに鋭い目つきと牙、爪をしてるのに!!」

 未だクロを威嚇し続けるセイラ。

「クロの可愛さが分からないなんて、人生損してるね」

 本気でそう思う。

「ずっと聞いてみたかったんだけど、エリオには愛玩動物はいないの?」

「いますよ!! すごく可愛いです。こんな殺し屋みたいな顔してませんよ」

「……へぇ、言うじゃん。じゃ、見せてよ」

「ちょっと待って下さい」

 セイラは小型な携帯端末を服のポケットから取り出すと、操作をし始めた。

 電源を入れると携帯端末から宙に映像が映し出され、キーボード操作をする度に映し出される映像も変わる。

 映像は友達なのかセイラと近い年頃の女の子が映っていたり、家族が映っていたり様々だ。

「あ、ありました!! これです!!」

(ん?)

 宙に映し出されている映像を明希は、瞬きせずに見つめた。

(あれ、僕、愛玩動物って言わなかったっけ?)

 映像には宇宙人がテーマの映画でよく見る、エイリアンが映っていた。

「可愛いです!! この色とか真っ黒の目とか最高です!!」

(うん、分からない)

 緑色で粘々して糸をひいてる身体は、明希から見れば気持ちが悪いとしか思えない。

 目の中が瞳孔と全く一緒の色というのも、更に気持ち悪い。

「どこが可愛いって? どう見たって、クロの方が可愛いじゃないか。比べなくても可愛いけど!! ていうか、それ愛玩動物なの?」

「酷い!! 可愛いですよ!!」

 ここではっきりした。

 明希とセイラの美的センスが全く違う。

(……可愛がれる、自信がない)   

 というか、怖い。

 どうしてあれは怖がらないのに、猫は怖いのか。不思議で仕方がない。

 人間丸呑みしそうな生き物なのに。

(これが、地球征服に来たなら絵面通りなんだけどな)

 愛玩動物の方が威圧感あるって、なんか間違ってるような気がする。

けどそれを口にすると全力で、セイラに反論されそうなのでやめておく。

完全に食欲が失われてしまった明希は、食事を早々に切り上げた。  





「どうして駄目なんですか!? 私も一緒に行ってみたいです!!」

 学校に行くために準備をしてる明希にまとまりつくセイラ。

(邪魔だな……)

 今までこんなにしつこくまとまりついてこなかったのに、どうしたっていうのだろう。

 理由が何にしろ日野家の朝は忙しいのだ。

 洗濯をして、ふたり分の朝ごはん作って、ふたり分の弁当を作ってってやってるうちに、家を出る時間になる。正直、時間がない。

「学校に一緒に行くとか、駄目に決まってるだろ。第一、行って何をするつもり?」

「たくさん人がいるのですよね、楽しそうです!!」

(この人は何を言ってるんだろう……)

 地球征服をするために来ましたって言ってる人に、わざわざ人がたくさんいるとこに連れて行くわけないじゃないか。

 それに、何をするのが楽しそうなのか。

「僕は平和主義なの。自分の知ってる人が巻き込まれるのも、自分自身が巻き込まれるのも嫌なの。だから連れて行かない。そうじゃなくても、キミをどう説明すればいいのか分からないのに」

「説明ですか?」

「そう。僕の両親だってキミの存在を知らない上に、キミが僕の家に寝泊りしてるってばれたら問題になるじゃないか」

 それこそ平穏の日々の終わりだ。

 それだけは阻止したい。

 勉強も運動もそこそこだけど、大人には『いい子』で通っているのだ。

 平和に生きるためには、それが――。

「ということだから、キミは連れて行けない。大人しく、家にいること。いい?」

 明希は強めの語気で、念を押した。

 セイラは納得出来ないって顔をしているが、無視することにした。

「家に居たら何かしなさいって言うし、どこか行こうとすると家で大人しくしなさいという。明希の言うことは難しすぎます」

 セイラに指摘されて気付いたが、本当に矛盾してる。

「うん、確かにそうだね。けど、それでも、学校には連れて行けないから。ごめんね、じゃあ、行ってくるから」

 睨みつける彼女を振り払うようにして、家を飛び出した。

(少し、可哀想な気がするけど)

 仕方ない。こればっかりは。

 友達が危ないことに巻き込まれるのはもちろん嫌だけど、何となく彼女を誰かに紹介するのも気が引けた。彼女との関係を問いただされるのが面倒だからだと思っていた。けど、何か違う気がする。

(もっと別の何か……)

 けどその『何か』が、どういったものなのか分からない。

 考えながら歩いていたせいもあり、前方不注意で前を歩いていた人にぶつかった。

「すみません、だいじょう……」

 言葉を全部言い終わらないうちに、自分がぶつかった相手が明希の胸ぐらを掴んできた。

「どこに目をつけて歩いてんの、あなた」

「ご、ごめん。黒川くろかわさん!!」

「だから、朔夜さやって呼べって何度言ったら分かるの!? あなたのような凡人が、私を下の名を呼べるんだから!! とても名誉なことなのよ、分かって?」

「あ、……うん。」

 明希は朔夜の勢いに負けて、頷く。

 本当は何が名誉なのか、全く分からないけど。

「分かったのなら、それでいいわ。学校に遅れるし、仕方ないから一緒に登校してあげます」

(……)

 仕方なく嫌々なら、一人で行かせてくれればいいのにと、明希は心の中で呟く。表情にも出さずに、あくまで心の中で。

「それより、大丈夫?」

「何が?」

「さっき、僕ぶつかったでしょ? 怪我してない?」

「へ、平気です。あなたのような凡人にぶつかられたくらいで、どうにかなるようなやわな身体してませんから!!」

(どうして、黒川さんはこうもいちいち突っかかってくるんだろう)

 僕のこと嫌いだからか。それなら、一緒に登校とかしないだろうし。

(分からない)

 分からないことが多すぎる。

 セイラことにしても、黒川さんのことにしても。

 女の子って難しい生き物だ。

「あなたこそ、平気なの? 顔面から私に背中に直撃したように思うけど、どこか痛みがあったりは?」

「あ、うん。大丈夫、ありがとう」

 心配されるとは思っていなかったから素直に嬉しくて、お礼を言った。

「別にお礼言われることはしてないわ。あ、時間が押してます、急ぎましょう」

 朔夜はわざとらしく携帯を取り出して、時間を確認した。明希も腕時計で時間を確認する。腕時計の針は遅刻ぎりぎりの時間を指していた。

「本当だね、急ごう」

 明希と朔夜は早足で学校に向かった。

 





「おいおい、明希くーん。どういうことなのか、説明してよぅ」

 弁当箱持った男子が明希の目の前に座る。

「は? 何を?」

 明希と朔夜が同時に教室に入ってきたことによって、クラス中が朝からずっとざわめきだっている。

 そして明希の一番の親友である彼、中尾暮景なかおほかげも、その真相を知ろうと先程から明希につきまとっているのだ。

「ねえ、マジでどうして二人一緒だったわけ? まさか付き合ってるとか!? 俺ら年頃だしぃ、全然おかしいことじゃないけど!! でも、俺ら親友でしょ? 友達に彼女が出来たのに知らされないのってちょっとショックなんだけどぅ」

 下手な芝居を演じて見せる暮景に、明希は苦い顔を見せる。

「何でもないって。偶然一緒になっただけだって」

「ふーん、でも明希はさ、黒川のこと好きなんじゃねえの?」

「何でそうなる。僕、一度でも、彼女が好きだって言ったっけ?」

「いやあ、だってさ、お前が一番仲いい女子って黒川だろ? 知ってか、中尾って結構人気あるんだぜ? まあ黙ってりゃ可愛いからな、あいつ」

 仲がいいって、あれでか。当の本人にはそんな自覚が全くないのだが。

 寧ろ今日、そのことに対して悩んだばかりだ。そしてそれは、自分のことを『好き』なのかもじゃなく、『嫌い』なんじゃだった。

 結局は答えは出ないままだが。

「暮景、それはお前の気のせいだ。まだこのネタを引っ張るなら友達やめるよ」

「うわー、ひでぇ。分かったよ」

 渋々といった体で話しを終わらす暮景に、溜息をつきながらもほっとした。

(これ以上、僕の日常乱さないでくれ)

 セイラのことだけでも、いっぱい、いっぱいなのだ。

 セイラのことを思い浮かべたら、急に彼女が心配になってきた。一人で家で留守番するのは初めてじゃないけど、今日の彼女がいつもと違った気がした。

 あんなにもしつこく、一緒に行きたいって言われたのは初めてだった。

 一人でいるのに退屈しすぎて、とんでもないことをしてなきゃいいけど。

「あ、明希」

 暮景が明希の右肩を何度も叩く。

「何? 痛いんだけど……」

 暮景に視線を向けると、暮景が目で何かを訴えかけている。それを汲み取ろうと暮景の視線を追っていくと、視線の先に朔夜が立っていた。

「あなたのせいで変な噂たてられて困ってるのよ」

(え、俺のせい!?)

 一緒に登校しようっていってきたのは、そっちの気がするんだけど。確かに断らなかった自分も悪いんだろうけど。

「いや、困ってるっていうのは明希も一緒だから」

「一番困らせてたのは、お前だけどね」

 明希がそう突っ込むと、ハハハと声を上げて苦笑いをした。

「でも、うん。ごめんね。僕からも偶然一緒になっただけだって、言っておくから」

 朔夜に明希は優しく笑った。

「そういうことだから、今日のところは勘弁してやってよ、ね?」

 暮景がさらにたたみかけるように言うと、朔夜は渋々といった体で下がっていった。

(今日、厄日だ)

 きっと、そうだ。

 じゃなきゃ、こんなにいろんなことが起きるはずがない。

 もうこれ以上は、何も起きないで欲しい。

 明希は心から、強く願った。

「明希くん、モテモテだね」

「何がだよ」

 どこをどう見たら、そう思うのだ。

 たまに暮景の言ってることが、明希は理解できない。

 それに、こういう時決まって意味深な笑みを浮かべてくるのも、理解できない。


「おーい、日野。お前に可愛いお客さん来てんぞ」

 しかめっ面で暮景を睨んでいた明希は、自分の名前を呼ばれて慌てて顔を向けた。

「え、僕? 誰……」

 明希は笑顔で教室の扉まで向かうと、そこに立っている人物を見つめ絶句した。 

(有り得ない。何かの間違いだと思いたい) 

 明希の目の前に立っていたのは、セイラだった。

「どうして、こ、ここに……。っていうか、なんでいるの!!」

「明希に会いたくて、来ちゃいました」

 可愛くはにかみながら言うセイラに、一瞬どきりと鼓動が跳ねた。

(それは、反則だ)

 普通に立っているだけでもセイラは十分過ぎるほど可愛いのに、はにかみながら胸を突く台詞を言われたらどきどきしてしまうじゃないか。

 もう何をどうしていいのか、分からなくなってきた。

 頭を抱えて難しい顔をし始めた明希を心配したセイラは、距離をつめて顔色を伺った。

「セ、セイラ!?」

 慌てふためく明希とは対照的に、セイラはいたって普通だ。

 セイラの温度の低い手のひらが、明希の額に触れた。その瞬間、明希の体温は急激に上がっていく。

「顔が赤い……? 熱があるのですか?」

「ちが、違うから。ない、ない。僕は元気です」

 もう自分の言葉が怪しげな文章になっていたとしても、気にしてる余裕などない。

「明希、誰が来てんのー?」

 背後から聞こえた暮景の声で、明希は我に返った。

「いや、誰でもないから。気にしないでいい」

 明希はセイラと向き合ったまま、暮景にそう言うとセイラの手首を掴み走り出した。

「あ、明希? どうしたのですか?」

「どうしたじゃなくて!! 朝言ってよね、キミの存在が知られたらやばいって!! だから今、キミの存在が知られないために、僕は!!」

「へえ、明希くんとキミ、知られちゃいけない関係なんだあ」

「暮景!! だから、そういう意味不明なことをいちいち言うのやめろよ!! ……暮景?」

 廊下を全力疾走してた明希の足がゆっくり止まった。

(今、暮景の声した? 気のせいか? でも、あれは……)

 恐る恐る、後ろを振り返ると、暮景が満面の笑みで立っていた。

「な、なんで……」

「だってさ、気にするなって言われたら余計気になるよね」

 明希はへなへなとその場にしゃがみこんで、上目遣いで暮景を睨んだ。

「明希さ、へばってるとこ悪いんだけど、もう少し人目がつかないとこ移動したほうがいいんじゃない?」

 確かに、明希たちは注目を浴びていた。

 見慣れない美少女と男子二人が廊下を爆走してたら、そりゃあ、誰だって見るだろう。

「そうだね、移動しよう」

 周りを気にしないように素早く立ち上がって、その場を立ち去った。




「宇宙人!? マジで」  

 誰もいない場所を求めて、明希たちは屋上に来ていた。

「はい、エリオから地球征服にやってきました」

 笑顔で物騒なことを話すセイラに、暮景は終始腹を抱えて笑っていた。

「笑い事じゃないだろう。地球征服だよ、僕は平和主義なのに!! 戦争になって大地が荒れて食糧不足に陥って、飢餓が進んで、またそれが引き金になって争いがああ!!」

「あはは、いや大丈夫じゃね?」

「何でお前は、そう呑気なんだよ!!」

「だって、この子。全然、悪の匂いしない」

(悪の匂い……?)

 明希は心の中で、お前は犬かって突っ込みをいれた。

 まあ、犬でも『悪』の匂いは嗅ぎ分けできないだろうが。

「私、本気です!! 本気で地球征服に――」

「本気って、何をするつもり? 本気ならちゃんと計画立てて来たんだろう」

 セイラを言葉を切って、暮景が問いただした。笑ってはいるが、暮景の顔に先ほどまでの穏やかさがない。

「明希をどうするつもり? 仲間にでもしようって?」  

「そんなつもりは!!」

「じゃあ、どうしていつまでも明希の傍にいるの?」

「おい、暮景。僕は別に」

「明希、お前も。平和主義だって言っておきながら、どうして問題の種を大事に隠しておこうとしてるだ?」

 暮景に言い返す言葉が見つからない。

 自分でもおかしいと思っているからだ。

 彼女を匿っていても、何一つ得などない。むしろ利用されてしまうかもしれない。

 なのに、どうしてだろう。

 彼女を切り捨てることができなくて、放っておけない。

 矛盾してるのは分かっているのに、頭ではちゃんと分かっているのに、そこに気持ちが追いついていない。

「二人とも、何も起きないって思ってるからだよ。起きるはずがないって」

「え? でも、セイラは」

「キミ、何も起こすつもりなんてないよね? 起こすつもりならとっくに行動してるだろうし」

 暮景の質問にセイラは、俯いた。

「どういうこと?」

 何故、暮景にセイラのことが分かるのか。

 ずっと彼女といた、自分は気付けてないのに。

「……本当に、私は地球征服に来たんです!! でも、明希に出会って、私……」

「明希の優しさに触れて、気が変わったか?」

 セイラは目が大きく見開いて、困ったように視線をさ迷わせた。

「なんとく、予想はつくけどな」

「暮景、さっきからやけにセイラのこと分かった風に言うけど」

「分かるよ。だって、似てるもんこの人、俺」

 似てるって、どこがだよ。

 見た目は確かに、暮景は綺麗な顔立ちだから似てるといえば言えなくはないが。

 でも性格は全然違う。セイラはクロに怯えるほどのヘタレで、だらしなくて、けど笑うと可愛くて。

 彼女が微笑むだけで、ふわりと柔らかい空気が纏うんだ。陽だまりみたい暖かい空気。

「まあ、そうだよな。こいつにはそういう力がある」

「どういう力だよ」

「人の心を和らげるっていうか、落ち着かせるっていうか。そういうの」

 初めて聞いた言葉に、衝撃を受ける。

(そんな風に思ってたんだ)

 嬉しくて、恥ずかしくて 

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