恐怖と勇気について考える
怖いモノは、怖い。
その事は、恥ずかしいとは思わない。
その事に対し、私なりの解決策と言えるかは判らないが、そうする事で、解決してきた。
恐怖と勇気について考える
私には、怖いモノが有る。
山程、ある。腐る程、ある。
偶に、腐って無くなってしまえば良いのに、と思う事も。
それでも、私には、勇気が有る、度胸が有る、などと言われる事が、有る。
その時、私は常に疑問に思う。
私は、自分が勇敢だとも、勇猛だとも、思わない。臆病な方である、と。
何かが有るならば、逃げ出したい、と思う事が多い。
それでも、逃げずに向かって行く事には、勇気ではなく、覚悟をして、向かう事にしている。
そうなるかもしれない、そうなってしまうだろう、かもしれない。
そうなるかも知れないと覚え、そうなるかも知れないと悟ってから、行動する。
ただ、それだけである。
私には、怖いモノが多い。
様々なモノ。様々な物。様々な者。
怖いモノが、多すぎる。
だが、それでも、それに押し潰されないのは、そうなったとしても、そうなるかも知れないとしても、そうであったとしても、構わないかな?と考え、その事を覚悟して、生き様と思ったからである。
それでも、怖いモノは怖い!
常に、押し潰されそうになる。
常に、呑み込まれそうになる。
それでも、怖いが、まだ生きられるかな?と思い、行動する。
私は、異性が怖い。
同年代が怖い。
相手が、どう思っているのかが、判らない事が、怖い。
それでも、話す事も、接する事も、出来る。
だが、怖いと思ってしまう。
私は、小学生の頃、異性の相手に、好きな異性は居ないのか、聞かれた。
誰にも話さないと約束して貰い、勇気を持って、話した。
速攻で(5分で)、破られた。
それ以来、四半世紀経っても、苦手意識は、消えない。
勇気を持って、行動する事は少ないが、覚悟を持って、行動する事は、出来る。
私にとって、勇気を持つ事と、覚悟を持つ事は、少し違う。
勇気を持つ。その先が見えない。そうなったら、良いなという楽観視しての事。
覚悟を持つ。その先がどうなるか、有る程度分かる。最悪も最善も考えた上で、行動する事。
私は、未だに怖いモノは克服できないが、覚悟を持って行動する事は、出来る。
それでも、怖い事には変わらない。
その為、この年になっても、憧れは有るものの、覚悟を持って、相手に接し様と思う相手に、出会う事が無い。安易な気持ちで接する事も、出来ないで居るが。
勇気を持って、覚悟をして、行動する事が出来れば、様々な事は解決できるが、その勇気は中々に、持つ事が難しい。
私個人は、勇気と、度胸と、覚悟は、それぞれ同じ様にも思えるが、違うと思う。
勇気は、切っ掛けでしかない。そうしたら、どうなる?と言う、好奇心。
度胸は、見栄でしかない。そう見られなければならない。虚栄心。
覚悟は、行動でしかない。そうなっても、構わない、と思う。在り方。
その様に、考えた。
私は、覚悟を決め、行動する。
海外に一人旅する時も、旅先で野垂れ死にするかもしれない。
強盗に襲われ、そのまま帰れなくなるかもしれない。
手足を喪うかもしれない。目や耳を喪うかもしれない。
それでも、旅をしたい、行って見たい。
その覚悟を持って、行動する。
安易な気持ちで、覚悟をしたのではなく。
考え、どうなるかも想定した上で、行動する。
その先は判らないが、行動する事が出来た。
それでも、覚悟する事は、必要だと考える。
その事を、後悔する事も有るだろうが、それも、覚悟の上である。
怖いままで、動けなくなる事の方が、怖いと考えてしまう。
臆病者と思われるかもしれないが、それも、覚悟した上で、考えている。
その事について、どう思われるか。
ご意見が有れば、お願いしたい。