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殺生について考える

これは私個人の考え方であり、どう考え、どう思ったのかを纏めたモノでしかない。


殺す事・生かす事を考える



 殺生をする事は、今は、どうやっても、止める事は出来ないだろう。

それでも、一切、無くなる事も無い。


 少なくする事は、出来るかもしれないが、難しい。

減らせたとしても、一面から見て、でしかない。


鯨一頭を殺し、食肉にした。

象一頭を殺し、食肉にした。

牛一頭を殺し、食肉にした。

豚一頭を殺し、食肉にした。

鶏一羽を殺し、食肉にした。

魚一匹を殺し、食用にした。

蟲一匹を殺し、食用とした。


どれも、一つの命を奪う。

そこから取れる糧が、どれだけあるか。

大量に有るモノから、微々たる量しか、得る事の出来ないモノも。


大きさで見るか、量で見るか、様々。


必要無いから、するなとは、言わないし、言えない。


それだけのモノを得る為に、どれだけの命が費やされるか。どれだけの時間が費やされるか。

費やす事でしか、語る事は出来ない。




 私は、殺生をする事については、否定はしない。

だが、可哀想だから、そうしたくはないから、と言った感情でしないと言うのは、私は考える事は出来ない。

 必然から、そうせざるを得ないから、そうする事が多い。

感情で、心から、そうする、そうしてしまう、と言う事も有るが、その事をとやかく言う事も、私には出来ない。


 殺すからには、何らかの必然性が有れば、許されるとは思わない。

殺して生かす為だとしても、理由を挙げられるか、挙げられれば許されるモノでもない。


 人は、生きる為に、多くの命を殺す。

命を繋ぐ為、生活する為、己が欲求を満たす為、等様々。

それで、その事を、生かす。

目的の為に、生かす。他に、生かす為に、殺す。



 その行為が、残酷であるか、残酷でないか。

知的であれば、殺す事は出来ないのか、出来るのか。


家畜で在れば、殺せるのか、殺せないのか。

野生で有れば、殺せるのか、殺せないのか。


 私が判断する事は、出来ない。

だが、必然性が有り、そうせざるを得ないのなら。私は、実行するだろう。




それを殺す事、生かす事。


 それに慣れる事も、慣れない事も、如何かとも思う。

割り切り、そうする事が正しいとは、思わないが、考え、選択する事は必要だと考える。

その選択が生きる事も、考えなければならない。


 必要とあらば、そうする事で、生かす事も、視野に入れなければならない。



同じモノを殺す。


 如何しても、そうせざるを得ない事が、有る。

それは判るが、そうせざるを得ない事をしたと言う事でも、有る。

生きている限りで有れば、そうした選択肢を突き付けられる事が間々有る。

人に限らず、様々なモノの間で、目にする事も。


 そうしなければ良いのであれば、そうは成らないだろうが、必ず、そう成らないとは限らない。

何処かで、そうなってしまう。


 未開の地では、子供が生まれると、精霊になるか、人として育てるかを、選択する。

様々な理由から、そういった選択をせざるを得ない、理由が有る。


 安易に、考えるのではなく、熟考した上での、選択でも、ある。


 方法や理由については、割愛させていただく。


 それを選ぶだけの理由が有り、その為の方法が有る。とだけ、考えて欲しい。




遊び(ゲーム)の中での殺生


 最近は、非現実で、殺し合うゲームや、相手を殺す事を目的にしたゲームが有る。

私は、それらを否定したりはしない。

それをする事によって、そうする事が当たり前になる、と言う人は居るが、それらにも、目的が有る。

目的の為に、そうするという理由が有る。

必然的に、そうする事が当たり前であるという目的の元、作られた世界である。


 自分が、仲間が生き残る為、そうすると言うモノ。

 生きる為、糧とする為のモノ。

 そうせざるを得ない状況であるから、そうしなければならなくなったモノ。


 それでも、快楽の為に、殺す、奪うと言ったモノであるなら、私は否定したい。

そうする事に、抵抗を抱かなくなるモノは、好かない。

唯、楽しむという行為自体、否定しなければならない。


 それが行き過ぎているかは、判らないが、線引きが出来るとしたら。

何処から何処までであれば、と言うのではなく、ここから先は、ダメだという、感覚的な線引きが必要である。




現実での殺生


 人が生きる為に、知らず知らずの内に、沢山の命を奪っている。

そうとは思っていなくとも、沢山の命を持って、その命を繋ぐ。

ただ、それは見えない処で、行われている、という事でしかない。


 見えていないから、そうは成らないと言うのではなく。

唯、見えていない。目にしていない。見ようとしない。

見えないから、見てはいない。


 私は、様々なモノを見る。

本来、目にするべきではない、目にしなくても良い、と言われるモノも、目にする事が有った。

目にする事も、出来た。

それをどう捉えるかは、それぞれ。




菜食主義という考え方


 私は、菜食主義ではないが、その考え方には、色々考えさせられた。

菜食主義、肉類を口にしないだけでなく、考え方も違った。


 多生のモノから、少し、分けて貰うという考え方。

一切合財、根こそぎに、ではなく。

多くある内の、一部を貰う。という考えに納得する。


 揚げる事で、浄性を高める。

足らない分のカロリーを補う。

不足しがちなモノを、別のモノから補う。という考え方。


 少しづつ、多くある物を分けて貰う。

それは、ほんの少しでも構わないが、分けて貰える事に感謝するモノでも有り、そうする事でも、生きられるという考え方でも有る。

殺生をしないのではなく。


 出来る限り、少なくし、多くを生かす。


そういった考え方でも有る、と考えた。



何処まで行ったとしても、何処まで科学が進歩したとしても、殺生自体は無く成らない。

形を変え、姿を変え、続いて行くと考える。

それをどう捉えるか、それはそれぞれ違うので、とやかく言うつもりはない。

まだまだ考えが足りてはいないが、また考える事が有れば、その時は、また違うかもしれない。


この事をどう思うか、ご意見が有ればお願いしたい。

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