第二話
神崎は空を飛ぶために僕たちを屋上に呼びだした
呼吸を整えて、目標をずっとずっと遠くに定める。クラウチングスタートの体勢をとって、集中する。
体を前傾させていくと自然と僕の上履きが一歩を踏み出す。僕はイメージどうりにスタートを切った。
アスファルトを蹴る度に僕の体はどんどん加速していく。最高速に達する手前で、僕の右足は屋上のヘリを蹴りおろす。
いつもと同じ・・・飛んでいるときに感じる頬を風がきる感覚・・・
・・・見事な着地とまではいかないが、僕の体は体育塔のオレンジ色の屋根の上に着地していた。やっぱり普通の人間なら飛べる距離だ。
神崎が目をパチクリさせて僕に叫んでいる。
「信ちゃん空飛べなかった?フワッて感じとかしなかった?」
「しないって・・・! 神崎はやくとんでよ。早く終わらせて帰ろーぜ」
僕がそう言うと神崎は後ろを向いて腕を組み、何か考えている。
もし仮に、ほんとうに仮に、あいつの考えが正しかったとしても、この距離をジャンプするくらいじゃ鳥の遺伝子は目覚めない。もっともっと危機的な状況とか、逆にかなり開放的な状況じゃないと無理だ。僕はそう思っていた。
神崎が僕ら三人分の鞄をこっちに投げる。これで吉田は飛ぶしかなくなったわけだ。
神崎が後ろに下がって、腰を折り曲げ、手を膝に付けてこっちを見ている。あいつなりに集中をはじめたのだろうか。3メートルだ。跳べない奴はいない。
神崎が走り出す。太陽がわずかに雲に隠れる。片足で踏み切って、神崎の体が宙に浮く。
・・・そのときは手を伸ばして神崎を捕まえようとか、何か叫ぼうとか、そんな事は全然思いつかなかった。ただずっと両思いだと思って付き合っていた彼女から、君、お金目的なの・・・と告白されたときのように(純な高校二年生の僕にはそんな経験はないのだが)ともかくそのぐらいに一瞬だけ目の前の世界が色を失った。
神崎は着地に失敗した。