ホタルと薄幸
私がまだ幸せだったころ、両親とホタルを見に行った。シートベルトが映った窓からは、一面の田んぼが見え、その奥にある林からは、手を広げたかのような広々とした葉枝が川の上にかかり、ホタルたちを隠す屋根を作り出していた。
父が車から降り、不満そうな母も降りる。私も慌てて車から降りる。少し蒸し暑かったが、タンクトップに短パンの私は無敵だった。なにより、お気に入りのウルトラマンも連れていたから、大抵の問題はどうでもよかった。
父が「ホタルがいるよ」と言い、枝の隙間に指を指した。
私は父に向かって走り、暗闇の中で光を探した。
車の横では、相変わらず、不機嫌な母が腕組みをしてガムを噛んでいる。いつもどおり、しばらく噛んだら道に吐き捨てるのだろう。
私がしゃがんでいる前にはガードレールがあった。ホタルを探すために、汗ばんだ手でガードレールをさわると、手のひらたちは一瞬で真っ白になった。
「あ、ホタル!!」
暗闇の中を1人で飛んでいるホタルを見つけた。
ホタルが向かう先には、たくさんの光があった。
緑のような、黄色のような。不思議な色の光が、順番に点滅している。とても綺麗だった。
私は白くなった手のひらを砂利でこすりながら、「……パパ」と小さな声で呟いた。暗闇が少しだけ怖くなったからだ。
父は私の方を向いて、手のひらを開いた。
赤い顔と黒色の体をした虫がいた。
その虫のお尻が光っている。
父は「これがホタル。小さいやろ。すぐに死んでしまうんよ。」と言った。
私はその言葉の意味がよく分からなかったが、父のその言葉で、時間が止まっているかのように思えた。
その時間がとても楽しかったのかもしれない。
すると、その時間を壊すかのように、母が「――もういい?」と言い出し、父はホタルを逃して、立ち上がった。
帰りの車の中では沈黙が流れていた。
その暗闇でホタルを探してもどこにもいなかった。




