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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
2章 力と才能

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その番犬、有能につき

 土曜日。授業が終わり、学校を出た左久夜は、セーラー服のまま軍部へ向かった。午後から討伐作戦があって、左久夜も参加することになっている。


 一旦、家に帰るより、直接、軍に行った方が時間までゆっくりと過ごせる。そう考えてのこと。しかし、その分、荷物が多くなってしまった。

 左腕に軍服が入った大きな風呂敷包みを抱え、右手には学校のカバン。

 左久夜のそんな姿が目についたのか。軍の建物に入ってすぐ、若い三人組が声をかけてきた。


「君、どうかしたの?」

「軍の誰かに用事?」

「すごい荷物だね。持ってあげよっか?」


 心配しているような口ぶりとは裏腹、その顔つきはニヤニヤと、面白がっているように見えて。


「大丈夫です」


 左久夜は即答した。

 宗右真には、知らない連中に声をかけられても、無視しろと言われていた。また、知り合いの女性軍人からは『女をバカにする連中がいるから、気をつけるように』との忠告も受けている。

 どうにか三人組をかわそうと、進路を変えた左久夜だが。彼らはついて来た。


「お父さんか、お兄さんが軍の人?」

「この先、一般人は立入禁止だよ」

「君、名前は?」


 三人は口々に言いながら、今度は行く手を遮るように、左久夜を取り囲んだ。


「あのっ、大丈夫ですから、通して下さい!」


 左久夜は、大きく声を張り上げた。しかし、それも効果はない。

 きちんと名乗って、説明した方がいいのだろうか。左久夜がそう思った、矢先。


「この、(エリ)つき洋服(ワンピース)、確か、京安(ケイアン)女学院の制服だろう?」


 横にいたキツネ目の男が、制服の上からしれっと腰から尻をなでた。


「なっ、何すんの!」


 左久夜はカッとなって、つい、かばんを振り回す。ドスっと鈍い音がして、かばんはキツネ男の腹に直撃していた。


「……いってぇな!」


 ニヤニヤしていた男の顔が、一転、怒りに満ちる。キツネ男は、もう一人が「やめておけ」と、引き止める腕を振り払い、左久夜に詰め寄って来た。


「何すんだよ!」

「先にお尻を触ったのは、あなたでしょ!」


 左久夜は、声を荒げて言い返す。


「ちょっと当たっただけだろ!」

「ちょっと? ちょっと触るだけなら、許されるとでも思ってるの? どこかのいかがわしいカフェーじゃあるまいし!」

「だからって、ぶん殴ることないだろ! そもそも女のクセに、男を殴っていいと思ってんのか!」

「あなたこそ、通りすがりに、お尻をなでていくなんて、ただの痴漢じゃない!」


 左久夜とキツネ男が言い争っていると、


「君たち、何を騒いでいる」


 背の高い男が、つかつかと歩いて来た。

 

 その姿を見た三人組は、途端に整列して、ピシッと敬礼した。左久夜も彼らにならって、姿勢を正す。


「大勢で、一人の女性を取り囲んでいるのは、陸軍の品位に関わる問題ですね」


 男の物腰は柔らかく、言葉遣いも丁寧だ。ただ、顔つきは穏やかに見えて、その実、目は笑っていなかった。それが威圧的で、三人組はすっかり縮こまっている。

 

「いえ、私たちは、何か困っているのではないかと思い、彼女に声をかけた次第で、」

「私は、どこのゴロツキが紛れ込んだのかと、思いましたが」

「それは……」

「彼女は、華族十三家の桜左久夜さん。ご存知ありませんか? 後見となっているのが、橘宗右真殿」

「えっ!」


 キツネ男が、こちらを振り向いた。明らかに、まずいという顔をしている。


「彼女に手を出そうものなら、少佐殿に斬り殺されてしまいますよ? 君たちに、返り討ちにできる腕があればいいですけどね」


 男は、フフッと笑う。


「えぇっと、あの、申し訳ありませんでした。失礼いたします!」


 三人組は、左久夜と男、それぞれに頭を下げると、すぐに離れて行った。

 左久夜は改めて、助けてくれた男に向き直る。


「ありがとうございました」

「礼には及びません。ですが、」


 男はそこで言葉を切って、眉をひそめた。


「女性が大声で騒いでいるのは、感心しません」


 それに、左久夜は少しムッとしながら言い返す。


「だったら、黙ってお尻を触らせろって言うんですか?」

「お尻?」

「触られたんです。それこそ、陸軍の品位に関わる問題だと思いますけど?」

「それは確かに」


 男はうなずきながらも「しかし、女性が大声を出すのは……」と、まだ言う。


「次からは気をつけます」


 今度は穏便に答え、左久夜はもう一度、礼を言った。


「礼は無用です。私が何をしたわけでもなし。あなたの後ろ盾となっている番犬が、有能なんですよ」


 宗右真をそんなふうに例えて、男は去って行った。彼と入れ替わるように。


「よっ。サクちゃん」


 その声に振り返れば、椿家の長兄、木寅(キトラ)が、手を振っていた。


 木寅は、廊下の先、小さくなっていく背中に目を向ける。


「誰かと話してたみたいだけど、何かあったのか?」

「ううん、何でもない」


 左久夜は、そう答えた。 

 木寅に話せば、宗右真にまで伝わる可能性が高い。大きな騒ぎにはならなかったんだから、いいだろう。


「そっか。万が一、何かあったら、大声で叫ぶんだぞ?」

 

 木寅は、おっとりと笑う。

 たれ目のせいか、笑うと顔がふにゃっとなった。背は宗右真よりも一回り高いのに、猫背のせいで、それほど大きくは見えない。


「そういえば、サクちゃん。今日の作戦、聞いてるか?」


 今回、左久夜は、宗右真とともに行動することになっていた。今日の目的は見学。他の隊の討伐作戦を見て、勉強しろということだ。


「だから、くれぐれも勝手はするな、大人しくしてろって」

「そっか〜」


 木寅は、けらけらと笑う。


「笑い事じゃないよ」

「いやいや。サクちゃん、樹霊の討伐ン時、倒れたんだろ? 俺、その日にソーマと飲んだんだけど、すんごい落ち込んでたぞー。意外とソーマって、心配性だからさー」

「あの時は、迷惑かけたけど」


「何て言うかさー、ソーマも色々と考えてるんだって。サクちゃんを、まずは現場に慣れさせなきゃいけないし、実戦経験も積ませなきゃなんない。かと言って、無茶をさせるわけにもいかない。痛しかゆしってヤツだ」

「だからって『いい子にしてたら、ご褒美をやる』って、子供じゃないんだから」  

  

 左久夜は、頬をふくらませた。


「まぁまぁ、今回の討伐対象は小物だし、ここは一つ、俺に花を持たせると思って。俺だって、中々、やるんだからさ!」


 その言葉通り、作戦は現地に着いて、ものの一時間で終了した。



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