女学生と軍人とたい焼き
左久夜は、どんよりした気分で校舎を出た。
憂うつな気分で歩いていると、先に帰ったはずの椿サヤ子と、カノ子が校門で待っていた。
姉のサヤ子とは同い年だが、左久夜が留年したため先輩になった。今は妹のカノ子と級友である。
「今、カノと甘い物が食べたいわねって、話をしていたのよ」
「そうそう。パーっといこうよ。パーっと! ね!」
どうやら、自分を励ますために、待っていてくれたらしい。
「どこがいいかしら?」
「……うーん」
この近辺だと、安くて近い甘味処か、ちょっとお高めのパーラーか。もう少し足を伸ばせば、珈琲店やミルクホールなんかもあるが。
(……まぁ、結局、いつもの甘味処かな)
左久夜がそう思っていると、カノ子が勢いよく「ハイ!」と、手を挙げた。
「富士家のショートケーキ、食べてみたくない?」
カノ子の提案に、左久夜とサヤ子は「そりゃあ、もちろん」と、顔を見合せた。
近頃、話題になっているし、興味がないといえば嘘になる。だが問題は、その値段。噂によれば、ショートケーキ一つで、たい焼き八つ分にも相当するらしい。
「あたし、そんなにお金、持ってないよ? カノが出してくれるの?」
左久夜が言えば、
「じゃあ、私の分もお願いね」と、サヤ子も話に乗ってきて、
「……そんなの、無理だよー」
カノ子が唇を尖らせた。
「それじゃあ、いつものお店にしましょう」
サヤ子が取りまとめ、三人は常連の甘味処へ向かう。
三人でしゃべりながら歩いていたら、店の前で制服姿の宗右真と鉢合わせた。
その姿を見つけた途端、カノ子が駆け寄って行く。
「ソウちゃん。たい焼き、おごってー!」
何のためらいもなく、カノ子は宗右真の手を取って、ブンブンと振り回す。
今だけ、カノになりたい。左久夜は、彼女の振る舞いをうらやましく眺める。
「一言目には、それかよ。たかる相手、間違ってんだろ。兄貴に言え」
「お腹、空いたのー! ペコペコなのー!」
「だったら、寄り道なんかしてんじゃねぇ。さっさと家に帰れ」
「ソウちゃんのケチー! いいじゃん、ちょっとくらいー。サクを励ます会なんだもん。ソウちゃんも一肌、ううん、一肌どころか、もろ肌脱いでよ!」
「励ます?」
何だそれはと、宗右真がこちらを見る。
「え、いや、色々と……」
左久夜があいまいに答えると、宗右真は制服のポケットから懐中時計を取り出した。
「……で、何、食うんだ?」
「ハイハーイ、私はねー、たい焼き。つぶあん!」
「私は、こしあんのたい焼き」
カノ子とサヤ子が答え、宗右真がこちらを振り向いた。
「お前は?」
「こしあんのたい焼き」
「一つでいいのか?」
左久夜は「うん」と、うなずく。ここでもカノ子が「じゃあ、私は二つ!」と、手を挙げた。
「お前は、見るからに元気だろうが」
「ソウちゃんのケチー!」
「あー、はいはい。俺はケチだよ」
宗右真がぶつぶつ言いながら、店に入って行く。左久夜はその後をついて行った。宗右真が店頭で注文するのを待って、声をかける。
「どこかに行くところじゃなかったの? 出張?」
「まあな」
「時間、大丈夫なの?」
「大丈夫だから、つき合ってんだろ。それより、お前、体は大丈夫か?」
左久夜はうなずいて答え、ついでに先日の礼を言う。
「あんパン、ありがとう。おいしかった」
「それはよかった」
宗右真は店員から紙袋を受け取ると、流れ作業のごとく、それを左久夜に押しつける。
「右の三つがつぶあんで、左がこしあん。尻尾の向きが変えてあるから、注意しろ」
店員が言ったことを、繰り返した。
宗右真が代金を払っている間に、左久夜は縁台に腰かけて待つサヤ子たちの所へ戻る。
紙袋の中には、たい焼きが五つ。何だかんだ言いながら、カノ子にちゃんと二つ買っているのだから、優しいなと思う。
サヤ子とカノ子が、順番にたい焼きを取り出した。
左久夜は戻って来た宗右真に紙袋を向け、自分も最後の一匹を手に取った。
「いただきます」
早速、尻尾からたい焼きにかじりつく。尻尾の部分のあんこが少ないのは、いつものこと。ただ、今日はその一口目に違和感があった。
左久夜はたい焼きの断面を見る。思った通り。
「これ、つぶあんなんだけど」
隣に座る宗右真に言うと、宗右真は自分の手元に目を落とした。
「あぁ、悪い」
そうつぶやいて、しれっと、自分と左久夜の食べかけを交換する。そのたい焼きには頭がなかった。
「……」
左久夜は歯型のついた断面を凝視する。
これを、どうしろというのか。
そっと、宗右真を目を向ける。彼は自称、頭から食べる派だ。しかし今日に限って、宗右真は尻尾から口にする。左久夜が食べた所から。躊躇なく、かぶりついたのだった。
ふと宗右真がこちらに気づいて、眉をひそめた。
「何だよ。さっさと食え」
「うん」
左久夜は、えいっと頭から口に入れる。一部始終を見ていたカノ子が、にやにやしているのにも気づかない。
「それで、お前は何をそんなに落ち込んでるんだ? 励ます会なんだろ?」
「えっ! あー、うん。ソウちゃんには、関係ない、こと、かな」
蒸し返された話題に、左久夜は、何とかごまかそうとしたのだが。横からカノ子が「あのねー」と、ばらしてしまった。
「今日、この間の栄語の試験が返ってきたんだけど、サクね、『丁』だったわけ! それで、先生に呼び出されて、お小言だったんだよねー?」
「カノー。勝手に人の成績を言いふらさないでよ」
左久夜がカノ子に詰め寄っていたら、今度はサヤ子が「テー?」と首を傾げる宗右真に、説明をしている。
「甲乙丙丁の丁」
「あぁ。つまり、一番下の『不可』か」
宗右真が、納得した声音でうなずいた。
「サクって、単語の小テストでも八割、『丁』なんだよねー。それで、先生に目をつけられてるんだ」
「だって、苦手なんだもん」
左久夜はバクバク、たい焼きを食べる。その横で、宗右真がため息をついた。それに左久夜は身構える。
何しろ、宗右真には度々、栄語の勉強を見てもらいながら、成績は今までずっと黙っていたのだ。何を言われるか、分かったものじゃない。
「子供か、お前」
「だから、」
苦手なものは苦手なんだから、仕方がないでしょ。そこまでは言えなかった。
宗右真の手が、すっと伸びてきて、その親指が唇をなでていく。
「なななっ、何⁉」
反射的に、左久夜は身を引いていた。
「あんこ、ついてる」
宗右真は、その親指をぺろっとなめて、時計を確認する。
「じゃあな。頑張れよ、女学生」
歩いて行く背中を、左久夜はむくれた顔で見送った。
「……」
「サク、顔が赤いわよ」
「ソウちゃんに触られたからだー!」
「あ、あんなの、子供扱いだし!」
こんなにドキドキさせておいて……。
宗右真は、きっと、何とも思っていないのだ。
左久夜はたい焼きに、がぶっとかみついた。
1章 終




