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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
1章 華族十三家

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病室にて

 パタンと、扉が閉まった。

 左久夜は瞬きをして、こっそり息を吐く。

 声からして、出て行ったのは、多分、東条だろう。実を言えば、少し前から目は覚めていた。ただ、ちょうど、自分のことが話題だったので、そのままタヌキ寝入りを続けたのだった。

 部屋は静かになって、その静寂の中、大きなため息が響いた。


「……問題は、大食いの鬼姫を養うには、エサが少ねぇってことなんだけどな」


 足元から聞こえてきた、宗右真のつぶやき。それに、左久夜は苦笑する。


『お前、死ぬつもりか!』


 左久夜が鬼姫を継ぐと決めた時の、宗右真の第一声がそれだった。


『本当に分かってんのか。お前が鬼姫を使うには、魔力が足らねぇ! その分、あいつらは、寿命を削ってくんだぞ!』


 そう言って、宗右真は怒った。

 でも、それは大げさすぎる。足らないことはない。ギリギリなだけ。もしかしたら、宗右真は大げさに言うことで、左久夜の決心をくじこうとしたのかもれない。

 

 左久夜だって、自分がへっぽこ術師であることは、分かっている。本来なら、当主になれる器でないことも。宗右真が、弟の左希斗(サキト)に継がせるべきだと言ったのも、当然のこと。

 しかし、左希斗はまだ十三歳だった。十三家の歴史の中でも、十三歳の当主など前代未聞。


 そこで宗右真は、左希斗が十五になるまで、桜の当主は空位のままにすると、主張したのだった。空位にすることは先例があったので、特例として認められるはずだと。


 力の劣る左久夜に継がせるか、左希斗を後継者としてしばらく空位にするか。


 この問題は、十三家の当主会でも、意見が真っ二つに分かれた。


『確かに私の力は、父にはとても及びません。だからといって、桜を空位にすれば、その分、他の十三家の皆さんに負担をかけることになります。ですから、左希斗が十五になるまでは、私にお手伝いをさせて下さい』


 何度目かの当主会で、左久夜はそう頭を下げ、訴えた。


『……私に、父の敵を討たせて下さい。お願いします!』


 それに、他の当主たちは納得し、同情し、一様に励ましくれた。たった一人、宗右真を除いては。

 こうして、左久夜は当主の座を得た。


(だって、あたしには敵討ちしかできない……)


 左久夜は、ぎゅっと手を握りしめる。 と、すぐ側で小さな衣ずれの音がして。目を向ければ、宗右真が覗き込んでいた。

 その顔があまりにも近くて。


「きゃあああ!」


 左久夜は、ベッドの上で飛びのいた。バクバクしている胸を押さえる。


「なっなな何? びっくりするじゃない!」

「それはこっちの台詞だろ」

「あのね、こっちだって、いきなり覗き込んでたら、びっくりするよ!」

「あー、はいはい。悪かった、悪かった」


 その声には、悪びた様子もない。宗右真は電灯をつけて、話を変える。


「体は大丈夫か?」


 左久夜はうなずく。


「寝たら、すっきりした」

「そうか。お前のかばんに、日当と報告書の用紙を突っ込んでおいたからな。報告書は、明後日までに持って来い」

「あー、うん」


 ようやく、緊張の一日が終わったと思っていたら、最後の最後で報告書。家に帰ったら、あとはだらだとしたかった。

 報告書は明日にするか。そう考えたところで、左久夜ははっと思い出した。当たり前だけど、今日が日曜なら、明日は月曜日。


「あーっ!」

「何だよ。今度は」

「ソウちゃん! 今、何時?」


 尋ねると、 宗右真は軍服のポケットから、懐中時計を取り出す。


「十九時前」

「えっ、もう、そんな時間?」

「カホルさんには電話しておいたから、大丈夫だろ」


 宗右真は言いながら、軍服の上着を渡してくる。それを受け取り、左久夜は首を振った。


「そうじゃなくて、栄語の課題が全然、終わってないの! 明日、朝イチで授業が……」


 左久夜は、頭の中で計算する。

 家に帰って、晩ごはんを食べて、お風呂。どれも手早く済ませたとして、ざっと一時間。それから課題を始めて……いつもの就寝時間までに、終わるだろうか。いや、どう考えても無理。絶対に、終わるわけがない。

 ただでさえ成績がよくなくて、教師には目をつけられてるのに。課題まで『やってません』なんて、まずい。非常にまずい。

 もう、これしかない。


「ごはん食べたら、ソウちゃんち、行ってもいい?」

「駄目だ」

「一っ生ぉおおおのお願い!」


 左久夜は手を合わせる。しかし、すぐさま、宗右真にはたき落とされてしまった。


「お前は、とっくに使い切ってるだろうが。何回、きいてやったと思ってんだ」

「一生のお願いが、一生に一度だなんて、誰が決めたの?」

「そう言うのを、屁理屈って言うんだ。覚えとけ」

「屁理屈でもなんでも、ソウちゃんしかいないんだもん。お願い!」


 左久夜はもう一度、手を合わせるが。


「何度、拝まれたところで、俺は神でも仏でもねぇ」


 愛想の欠片もない返事とともに、今度は、手の先に軍帽を被せられる。


「明日は大事をとって、学校を休め」

「勝手に決めないで」

「お前なぁ。いきなり倒れて、どれだけ心配かけたと思ってるんだ」

「それは……ごめん、なさい」


 左久夜は、先ほどの、宗右真と東条の会話を思い出し、ベッドの上から謝った。丁度、左久夜の軍靴(ブーツ)を揃えていた、宗右真を見下ろす格好になる。


「何だよ、急に」

「だから、迷惑かけたなって」

「まぁ、お前の尻拭いは、俺の務めだからな」


 立ち上がった宗右真は、左久夜の頭にぽんと手を置いた。


「だったら、ちょっとくらい、栄語、手伝ってくれてもいいじゃない。ねぇ、ダメ? お願い、ソウちゃん」


 ちょこんと首をかしげ、上目遣いで、目をパチパチ。左久夜は精一杯、かわいこぶってみるが。


「それとこれとは、別」


 宗右真には通用しなかった。それどころか、さっさと帰るぞと、急かされてしまった。




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