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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
1章 華族十三家

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*side宗右真:優しいため息

 宗右真は、薄暗い病室の中、洋燈(ランプ)の灯りで書類を読んでいた。

 ふと、ベッドの影が動いた気がして、静かに、左久夜の顔を覗き込む。どうやら、気のせいだったらしい。左久夜はまだ眠っていた。

 この軍病院に運び込まれた直後、左久夜は一度、目を覚ましたが、医師の診察を受けたあと、再び眠ってしまった。それから、ずっと眠り続けている。丸くなって寝てる姿は、幼子のようだった。


 宗右真は左久夜の顔にかかっていた髪を、そっとすくい上げる。

 朝、軍に来た時から、ひどい顔をしていると思っていた。『ちょっと寝不足で……』なんて、作り笑いを浮かべていたが。この調子だと、昨日はほとんど眠っていないのかもしれない。


 宗右真は、ゆっくりと瞬きをして、それからまた静かに椅子に戻った。


 ほんの数ヶ月前まで、左久夜はちょっと魔術が使えるだけの女学生だった。それが、訓練もままならないうちに、軍の作戦に投入されてしまったのだから、多少、無理をしなくてはならないだろう。今日のように討伐対象が大物なら、なおのこと。


 こちらとしては、無茶はして欲しくないのだが。これがまた、じゃじゃ馬もじゃじゃ馬で、言って聞くような娘でもない。


 それを分かっていたのに、このザマだ。まったく頭が痛いし、胃も痛い。

 あの過保護な父親が生きていたら、あとで呼び出されて、責任問題に発展していただろう。あの人なら『責任を取れ』なんてことは言わない。『腹を切れ』だ。そんなことを考えて、苦笑を漏らす。


 そこへ、丁寧なノックがあって「失礼します」と、入って来たのは東条だった。


「左久夜さんの様子は、どうですか?」


 気を遣ったのだろう、尋ねた声は抑えてあった。


「まぁ、大丈夫だろう」


 医師の診断も、本人の申告通り、寝不足に作戦での疲労が重なったのだろうとのこと。


「そうですか」


 東条はほっとしたように、うなずいた。

 ただ、それを聞くために、わざわざ軍部から来たとは思えない。


「何かあったのか?」

「申し訳ありませんでした」


 東条が、いきなり頭を下げる。ピシッとしたその背中には、物差しでも入っているかのようだ。


「何のことだ?」

「左久夜さんのことです。作戦中は手綱をしっかり掴んでおけと、言われていたのに」


 律儀なヤツだと、宗右真は笑った。


「いや。ご苦労だった。じゃじゃ馬の子守りは大変だっただろう」

「もう少し、大人しいお嬢さんかと思っていました」 


 小さく笑ったあと、東条は「でも」と、ベッドの左久夜に目を向ける。


「お披露目は、上手くいったんじゃないですか」

「だといいけどな……」


 宗右真は、つぶやく。

 軍は完全なる男社会。女性も入隊できることになっているが、圧倒的に少ない。そして軍内には『女のくせに』と、見下す連中が少なからずいる。実際に左久夜も、女で子供の当主だと、話題になっていた。


「少しは、黙らせることができたと思いますよ。僕も今日、初めて間近で見たんですけど、本当にすごかったですから。左久夜さん」


 勝てるかな、僕。東条は少々、情けない顔を見せた。


「それ、桜には言うなよ。あんまり褒めると、調子に乗るから」


 宗右真は、釘を刺す。


「そういう感じに見えませんけど」

「人に褒められて、嬉しくないヤツはいない」

「でも、言ってみれば、彼女が帝都を守ったんですから、すごいものじゃないですか」


 その真面目な顔を見れば、イヤミなどではなく、本当にそう思っていることは分かる。けれど、あえて、宗右真は首を振った。

 鬼姫の力は絶大だ。彼女にかかれば、大半の魔物を瞬殺にできるだろう。だが、それを使う利点と同じくらい、大きな欠点があった。


「十二神将を使うのは、タダじゃない。十二神将を従える華族の当主たちは、いわば、その身の内に十二神将を封じ込めて、飼ってるんだ」

「カッテル?」

「己の魔力で養ってる。悪く言えば、当主は十二神将のエサ(・・)ってことだ」

「エサですか……」


 東条は小さくつぶやいて、左久夜に目をやった。


「毎日毎日、魔力を食われて、多少なりとも体には負担がある。作戦になれば、術も使う。そこへさらに、十二神将を呼び出して使役するため、魔力を消費し、体への負担は増す。それが褒められて、いい気になって、この先も作戦のたびに無理をして、一々、倒れていたら大変だろうが。周りにも迷惑がかかる」

「確かに今日は、あたふたしてしまいましたけど、女の子なんて軽いし、たいした労力じゃ……あっ、いや、実際、左久夜さんを運ばれたのは、少佐ですが」

「俺は何も、倒れたヤツを運ぶのが大変だと、言ってるわけじゃない」


 宗右真は、左久夜を見る。

 シャツの袖口から見える手首は、簡単に折れそうなくらい細い。倒れたのを抱き上げた時も、ひどく軽く感じられた。


「桜の体の話だ」

「……あぁ」

「鬼姫の強さは、十二神将の中でも一、二を争う。その力を使うには、桜にも、それだけの負担が生じる」

「ですけど、十三家の代わりは誰にもできません。なら、それを支えるのが、自分たちの役目じゃないですか?」


 確かに東条の言う通りなのだが、宗右真には、何も答えられなかった。

 もう一度、眠る左久夜に目をやる。

 少し前までは幼なじみという、単純明快な間柄だったのに。今となっては、いざという時、この手で彼女を殺さなければならないなんて……。


 人の気も知らねぇで。


 心の中でつぶやいて、宗右真は何度めかのため息をついた。




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