*たい焼き十五個のお守り
宗右真は木寅を居間に通し、二階に上がる。
帰るところを、話があると木寅に捕まったのだ。飲みに誘われることは珍しくはない。しかし、『どこかで飲みながら』ではなく、わざわざ、うちに来ると言うのだから、身内の話だろうと想像はつく。
左久夜のことかもしれない。
宗右真は、そう思っていた。
このところ、どうも、左久夜の様子がおかしい。
いきなり家に来るのは、よくあることだが。家に来て、錯乱したように名前を叫んだり。お守りを渡されたり。こんなことは、今までにもなかった。
今さら、お守りなんて。軍に入って、何年になると思っているのか。
宗右真は、制服を脱ごうとして、その前に、ふと、ズボンのポケットに手を入れた。
「……ない」
反対側も確かめてみるが、感触はない。念のため、上着のポケットにも手をつっこむ。
(まずい……どこで、落とした?)
思い当たるのは、家の鍵を取り出した時。木寅と話をしていて、落としたことに気づかなかったのだろう。
「クソっ」
宗右真は階段を、バタバタと走って下りる。木寅なら、多少、放っておいても、一人で飲んでいるだろう。とにかくお守りだ。何が何でも、見つけなければ。
そこにあってくれと、願いを込めて、玄関扉を開ける。しかし、見当たらなかった。
薄暗い中、地面に膝をついて、雑草の茂みを探す。しばらく這いつくばっていると、木寅が出てきて、宗右真の前にしゃがみ込んだ。
「もしかしてさぁ、お前が探してるのって、これ?」
彼の手にあったのは、まさに探していたお守りだった。
「どこで」
「そ〜こ」
木寅は、ニヤニヤと、玄関の前を指差す。やはり、ポケットから鍵を取り出した時に、落としていたようだ。よかった。宗右真は、ほっと手を伸ばしたが、するりとかわされてしまった。
「おい、返せ」
木寅を追って、宗右真は家に入る。居間のいつもの定位置に、木寅は落ち着いた。
テーブルの上には、折り詰めと、酒。夕食の準備が整えられている。木寅は、そこへ青い守り袋を並べ、にんまりと笑った。
「それにしても、お前が連理さんのお守りを、大事に持ってるとはな〜。意外も意外」
「レンリさん? 誰だ?」
宗右真が聞き返すと、木寅はしばらく沈黙してから、大きくうなずいた。
「あ〜、なるほど。はい、はい。そ~いうことね」
「どういうことだよ」
宗右真には、さっぱり分からない。木寅は、にやついたまま、つんつんと、守り袋をつつく。
「つ〜ま〜り〜、これは、お前が自分で買ったんじゃなくて、誰かにもらったもので、その誰かは、サクちゃんってことだろ? どう見ても手作りだしなー、これ」
「……」
「サクちゃん、ぶきっちょなんだよなー。ウチでサヤ子と課題の浴衣を縫ってた時も、背中から、ぱっくり糸が解けちゃってさー、セミの抜け殻みたいに」
あはははと笑う木寅に、宗右真は再び尋ねる。
「で、レンリさんって誰だ?」
「誰じゃなくて、神社の通称な。そこのお守りが、女学生の間で流行ってんだってさー」
そう言うと、木寅はためらいもなく、巾着のひもをゆるめる。ひっくり返した守り袋から、手のひらに転がり出たのは、薄紅色の丸っこい石だった。
「連理さんのお守りは、守り石って言って、バラ水晶なんだよ。でもって、水晶は魔導石の一つだろ? それで、サクちゃん、お前に持たせたんだろうな。実用的じゃないか」
宗右真は「そういうことか」と、うなずいた。そういえば、以前、左久夜に魔導石の話をしたことがあった。それを覚えていたのだろう。
「ちなみに、それ。結構、いい値段、するんだぞ。一つ、十五銭」
「こんな、ちっせぇ石っころが?」
宗右真は、まじまじとビー玉ほどの石を見る。
ちょっといい昼食、かけ蕎麦に天ぷらの盛り合わせが、食べられるくらいの値段だ。
「たい焼き十五個分。サクちゃんにしては、十五個もよく我慢したよなー。あんこ大好きのサクちゃんにとっちゃ、死活問題だろ」
「多分、この間、俺が軍病院に担ぎ込まれたからだろうな」
あのあとから、左久夜はやたらと心配するようになった、気がする。
「サクちゃんは、ナギさんのことがあるから。余計に心配なってるのかもな」
水晶を守り袋の中に戻した木寅は、それを投げて寄越した。宗右真は片手でそれを受け取り、今度は制服の内ポケットにしまう。
それから、宗右真は木寅に尋ねた。
「それで、お前の話って、何だ?」
木寅はいくつか話をして、その最後。
「あー、そうそう。白瀬くんに会ってさ。紅緒ちゃんが、今週中にも復帰するって」
「そうか」
「サクちゃんも色々、あるし。大河内さんの件もさ。紅緒ちゃんがいれば百人力だよな!」
確かに、木寅の言う通り。身内である紅緒の復帰は心強い。だが個人的には、色々と面倒なことにもなりそうで。宗右真は小さくため息をついた。




