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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
1章 華族十三家

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上官は幼なじみ

 大きな木の陰まで来て、宗右真が振り返った。

 無駄に整った顔立ちは、ちょっとした微笑みも極上の笑顔に見せてしまうが、その逆もあるわけで。ジロリとにらみつけられて、左久夜は思わずたじろいだ。


「お前、何、勝手なことをしている。作戦中の命令無視は許されない」

「あ、あたしは、務めを果たしただけ……臨機応変にって言ったのは、ソウちゃんでしょ!」

「作戦中は、少佐と呼べ」


 いつもは気をつけてる。ついつい、呼んでしまっただけと、左久夜は口を尖らせた。

 宗右真とは、子供の頃からつき合いがあり、兄みたいなものだ。時々は、口うるさい父親のようでもある。


「臨機応変にと言う、橘しょ・う・さっの指示に従ったまでです」


 左久夜は、ツンッと言い直した。


「すぐに追いついただろうが」

「あたしがやる方が、早かったです。討伐対象を逃しては、元も子もないと思いますが」


 左久夜の言葉に、宗右真があからさまに舌打ちする。


「あー、クソっ」


 がらりと口調を変え、悪態をついた。

 かと思えば、宗右真の腕が、いきなりこちらへ伸びてきて。肩を小突かれた左久夜は、ふらついてしまう。それほど強い力ではなかったのに、足に力が入らない。


「あ」


 後ろへよろめいた体を、宗右真に支えられる。


「ほらみろ。フラフラじゃねぇか。立ってるのもやっとだろ。強がってんじゃねぇよ。鬼姫を継いで、まだ数ヶ月なんだから、無茶はするな」

「無茶なんかしてない! です!」


 左久夜は、支えてくれた腕を払いのけ、反射的に言い返した。


「嘘つけ。お前は、昔っからそうだ。派手に転んで、血ぃ流してんのに、『痛いか?』って聞くと、必死の形相で『痛くない』って答えんだよ」

「それは、子供の時の話ですけど!」


 左久夜がむきになって言うと、宗右真は大袈裟に「はっ」と笑う。


初陣(ウイジン)で、ビビって、ずっこけてたのは、どこのどいつだ」

「あれは足場が悪くて、すべっただけ! です! 今日は、ちょっと寝不足気味で……とにかく、あたしは、十三家当主の務めを、果たさなくちゃいけないんです!」


 叫んだ左久夜に返ってきたのは、大きなため息だった。

 宗右真がこれみよがしに、軍服のポケットから眼鏡を出して、もったいぶったようにゆっくりとかける。


「左久夜」

「な、何?」


 宗右真は作戦中なら名字で、普段ならサクと呼ぶ。それが、いつになく真面目な声で名前を呼んだので、身構えた。


「お前が務めだって言うなら、俺には俺の務めがある。いいか。鬼姫は、お前を助けてくれる親切なお友達じゃねぇ。下手すりゃ、お前が食われるんだ」


 そこで、宗右真は言葉を切った。

 チリンと涼やかな音が響く。その一拍あとには、太刀の切っ先が左久夜の鼻先に突きつけられていた。柄頭(ツカガシラ)に結ばれた、小さな鈴がチリンと涼しげに揺れている。


「俺に、お前を斬らせるな」

「……」


 左久夜は、刀越しに宗右真を見上げた。


 華族十三(・・)家に、十二(・・)神将。


 十二神将を持たない家、それが橘だ。十三家の筆頭でもある橘は、監視者であり、始末者であった。


 十二神将の力は、強大だ。

 それゆえ、使役者であるはずの当主が、十二神将に飲み込まれることも起こりうる。そうして、体を乗っ取られたり、力を暴走させたりした時には、橘がその当主ごと斬る役目を担っていた。そのために、橘家が受け継いでいるのが、宗右真の持つ太刀だ。


 《《橘》》とは、華族を断つ者、つまり《《断ち華》》。


 幼なじみだろうが、容赦はしない。宗右真はそう言っている。そもそも、斬りたくないとは言わなかった。


(でも、土蜘蛛は……父様の(カタキ)は、あたしがとらないと……)


 左久夜は声には出さず、拳を握りしめる。

 その時、「少佐」と声がかかって、宗右真が視線を外した。


「帰投準備、整いました」


 女性士官が告げる。


「分かった。ご苦労。すぐに行く」


 宗右真はにっこりと笑って、愛想よく答えてから、左久夜の腕をつかむ。


「ちょっと、離してよ」

「話は、まだ終わってねぇ」


 宗右真が、にらみつける。

 先ほどの女性士官との、態度の差は何なのか。左久夜は無性に腹が立った。


「離してよ。どスケベ!」

「は?」

色魔(シキマ)! すけこまし!」


 左久夜はバシバシと、宗右真の手をたたく。


「うるせぇ。このクソガキ」

「子供じゃないもん!」

「未成年ってのは、未だに成年じゃねぇって書くんだよ、馬鹿」

「先にバカって言った方が、バカなんですぅー」


 バカッ。左久夜が大きく腕を払った瞬間。明かりを消したように、ふっと、目の前が暗くなった。


「……あ、れ?」


 体が傾いて、頭からトンと、何かにぶつかる。


「サク⁉ おい、サ……」


 宗右真の声が聞こえなくなり、そこで左久夜の意識も途切れた。




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