上官は幼なじみ
大きな木の陰まで来て、宗右真が振り返った。
無駄に整った顔立ちは、ちょっとした微笑みも極上の笑顔に見せてしまうが、その逆もあるわけで。ジロリとにらみつけられて、左久夜は思わずたじろいだ。
「お前、何、勝手なことをしている。作戦中の命令無視は許されない」
「あ、あたしは、務めを果たしただけ……臨機応変にって言ったのは、ソウちゃんでしょ!」
「作戦中は、少佐と呼べ」
いつもは気をつけてる。ついつい、呼んでしまっただけと、左久夜は口を尖らせた。
宗右真とは、子供の頃からつき合いがあり、兄みたいなものだ。時々は、口うるさい父親のようでもある。
「臨機応変にと言う、橘しょ・う・さっの指示に従ったまでです」
左久夜は、ツンッと言い直した。
「すぐに追いついただろうが」
「あたしがやる方が、早かったです。討伐対象を逃しては、元も子もないと思いますが」
左久夜の言葉に、宗右真があからさまに舌打ちする。
「あー、クソっ」
がらりと口調を変え、悪態をついた。
かと思えば、宗右真の腕が、いきなりこちらへ伸びてきて。肩を小突かれた左久夜は、ふらついてしまう。それほど強い力ではなかったのに、足に力が入らない。
「あ」
後ろへよろめいた体を、宗右真に支えられる。
「ほらみろ。フラフラじゃねぇか。立ってるのもやっとだろ。強がってんじゃねぇよ。鬼姫を継いで、まだ数ヶ月なんだから、無茶はするな」
「無茶なんかしてない! です!」
左久夜は、支えてくれた腕を払いのけ、反射的に言い返した。
「嘘つけ。お前は、昔っからそうだ。派手に転んで、血ぃ流してんのに、『痛いか?』って聞くと、必死の形相で『痛くない』って答えんだよ」
「それは、子供の時の話ですけど!」
左久夜がむきになって言うと、宗右真は大袈裟に「はっ」と笑う。
「初陣で、ビビって、ずっこけてたのは、どこのどいつだ」
「あれは足場が悪くて、すべっただけ! です! 今日は、ちょっと寝不足気味で……とにかく、あたしは、十三家当主の務めを、果たさなくちゃいけないんです!」
叫んだ左久夜に返ってきたのは、大きなため息だった。
宗右真がこれみよがしに、軍服のポケットから眼鏡を出して、もったいぶったようにゆっくりとかける。
「左久夜」
「な、何?」
宗右真は作戦中なら名字で、普段ならサクと呼ぶ。それが、いつになく真面目な声で名前を呼んだので、身構えた。
「お前が務めだって言うなら、俺には俺の務めがある。いいか。鬼姫は、お前を助けてくれる親切なお友達じゃねぇ。下手すりゃ、お前が食われるんだ」
そこで、宗右真は言葉を切った。
チリンと涼やかな音が響く。その一拍あとには、太刀の切っ先が左久夜の鼻先に突きつけられていた。柄頭に結ばれた、小さな鈴がチリンと涼しげに揺れている。
「俺に、お前を斬らせるな」
「……」
左久夜は、刀越しに宗右真を見上げた。
華族十三家に、十二神将。
十二神将を持たない家、それが橘だ。十三家の筆頭でもある橘は、監視者であり、始末者であった。
十二神将の力は、強大だ。
それゆえ、使役者であるはずの当主が、十二神将に飲み込まれることも起こりうる。そうして、体を乗っ取られたり、力を暴走させたりした時には、橘がその当主ごと斬る役目を担っていた。そのために、橘家が受け継いでいるのが、宗右真の持つ太刀だ。
《《橘》》とは、華族を断つ者、つまり《《断ち華》》。
幼なじみだろうが、容赦はしない。宗右真はそう言っている。そもそも、斬りたくないとは言わなかった。
(でも、土蜘蛛は……父様の敵は、あたしがとらないと……)
左久夜は声には出さず、拳を握りしめる。
その時、「少佐」と声がかかって、宗右真が視線を外した。
「帰投準備、整いました」
女性士官が告げる。
「分かった。ご苦労。すぐに行く」
宗右真はにっこりと笑って、愛想よく答えてから、左久夜の腕をつかむ。
「ちょっと、離してよ」
「話は、まだ終わってねぇ」
宗右真が、にらみつける。
先ほどの女性士官との、態度の差は何なのか。左久夜は無性に腹が立った。
「離してよ。どスケベ!」
「は?」
「色魔! すけこまし!」
左久夜はバシバシと、宗右真の手をたたく。
「うるせぇ。このクソガキ」
「子供じゃないもん!」
「未成年ってのは、未だに成年じゃねぇって書くんだよ、馬鹿」
「先にバカって言った方が、バカなんですぅー」
バカッ。左久夜が大きく腕を払った瞬間。明かりを消したように、ふっと、目の前が暗くなった。
「……あ、れ?」
体が傾いて、頭からトンと、何かにぶつかる。
「サク⁉ おい、サ……」
宗右真の声が聞こえなくなり、そこで左久夜の意識も途切れた。




