甘い玉子焼き
居間に置き去りにされること、十数分。
宗右真は「飯の用意をしてくる」と、台所に行ったまま、戻って来ない。大人しく待っていたが、十五分経ったのを機に、左久夜は居間を出た。
「ソウちゃん?」
左久夜が台所に入って行くと、食卓には、玉子焼きがあった。出来立てらしく、まだ湯気が上がっている。宗右真は、玉子焼きを作るのだけは上手かった。
「何で、大人しく待てねぇんだ」
宗右真は肩をすくめてみせて、玉子焼きの皿を左久夜に向ける。
「持ってけ」
左久夜は再び居間に戻り、いつも宗右真が座っている向かいに腰を下ろした。ここが左久夜の指定席でもある。
食事の用意を整え、宗右真が折り詰めを広げる。
「ほら、食え」
宗右真は折り詰めの中から、インゲンの白和えを左久夜の方へ寄越した。
「じゃあ、」
左久夜は、いただきますと手を合わせる。
インゲンを食べ終えると、次はシイタケの含め煮が小皿に乗せられる。
「ソウちゃん。いい年して、好き嫌いしてちゃ、ダメだよ」
ぽつりと左久夜がこぼせば、宗右真はにんまり笑った。それは、悪人が何かを企んでいるような笑顔で、こういう時はろくなことがない。
「そりゃ、悪かったな」
と、宗右真がシイタケの横に、ニンジンをポイポイ置いていく。
「〜〜っ、」
花の形のニンジンが二つ。ぎゃあと叫びそうになるのを、なんとかこらえたが、思わず顔が引きつった。
「いい年して好き嫌いしてちゃ、駄目だろ。サクちゃん」
そっくりそのまま返されては、仕方がない。左久夜は息を止め、ニンジンを口に入れる。高速で咀嚼し、お茶で流し込んだ。その湯のみ越し、無言で宗右真をにらみつける。
「仕方ねぇな。これでも食ってろ」
そう言いながら、宗右真は、食べ終えた左久夜の前に、玉子焼きを差し出した。
玉子焼きは、左久夜も好きだ。安心して食べると、ほんのり甘かった。甘い玉子焼きは、左久夜の好物。それを、わざわざ作ってくれた理由は。
「母様とケンカしたって言ったから?」
「甘くないと文句を言うだろ、お前は」
そんなふうに言う宗右真を、ふふっと笑って、左久夜は玉子焼きを食べた。甘い玉子焼きは、とても優しい。
満腹になった左久夜は、箸を置いて手を合せた。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま」
後かたづけを始める宗右真に、
「手伝う」
左久夜は手を上げる。今日こそはと、意気込んでいたのに。その手に渡されたのは、折り詰めの空き箱と箸だった。どちらも、落としたところで壊れたりしないもの。
それでも、いつかのように『頼むから、大人しく座っててくれ』と、懇願されるよりましで。
左久夜は、宗右真の後を追った。
二人で後かたづけを終えあと、宗右真が新しいお茶を入れてくれた。ちょっと苦いなんて、文句を言いながらも一服したところで、左久夜は思い出す。ほっこりしてる場合じゃなかった。
「ねぇ、ソウちゃん」
「それ飲んだら帰れよ。泊めねぇからな」
絶対にと、宗右真は語気を強めて言う。いつものことだ。
「分かってる」
「だったら、カホルさんに一緒に謝って欲しいのか?」
違うと首を振って、左久夜は改めて尋ねる。
「あのね、近々、討伐作戦ってある?」
「今のところ、平和だな。元々、帝都の管区は、魔物の生息域となる山林も少ねぇし。そう頻繁にあるわけでもない」
「そっか」
左久夜の言葉尻にかぶって、「あぁ、そういやぁ」と宗右真がつぶやいた。
「南部の方は、ちょっとバタバタしてるらしいけどな」
「南部?」
「どっちにしろ、お前には関係ねぇよ」
「そうだね」
うなずいて左久夜は、お茶を飲む。舌を刺激する苦味が、じわりと広がって、口の中にしつこく残った。
家まで送ってもらった左久夜は、「ちょっと待ってて」と、玄関で宗右真を引き止めた。ちょうど渡したいものがあった。それを急いで取って戻り、宗右真に差し出す。左久夜が苦労して作った、紺色の小さな守り袋。
「何だ、これ?」
「お守り!」
「お守り?」
宗右真が、すっとんきょうな声を上げた。その眼差しは、不審物でも見ているようだ。
左久夜だって、もちろん分かっている。縫い目はギザギザだし、形はかなり歪んでいるし。お守りというのが不謹慎なほど、不細工な出来であることは。指先を何度も針で突き刺したのに。しかし、これが精一杯だっだ。
ついでに言えば、一つ目は、あまりにもゴミのような出来上がりだったので、まさしくゴミ箱行きとなった。宗右真には内緒の話。
「ソウちゃんが、怪我しませんようにって、作ったの……だから、持ってて」
「ふぅん」
半信半疑。いや、全く、信じてなさそうな返事だった。
つき返されそうだと思った左久夜は、宗右真の手を取り、強引にお守りを持たせた。そうして自分は、両手をぱっと後ろへ隠す。
「まぁ、せっかくだからな」
そう言いながら、宗右真が、お守りをしまったので、左久夜は安心した。
「ほら、さっさと家の中に入れ」
「うん。今日は、ありがとう」
「あぁ。おやすみ」
左久夜も「おやすみ」と返して、家の中に入った。




