表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/31

追試の帰り道

 授業を終えた左久夜は、一人、甘味屋にいた。

 軒先の縁台に腰かけながら、たい焼きのしっぽにかぶりつく。居残りで栄語の補習と追試が、たっぷり二時間。

 疲れたぁ……。

 ぼんやり思っていると、ふっと手元が陰った。


「おい、女学生。学校帰りの買い食いは、校則違反じゃねぇのか」


 それに顔を上げれば、宗右真が腕を組んで、見下ろしている。


「大丈夫、大丈夫。今まで一度もバレたことないもん」

「それで、何してんだ? とっくに、学校は終わってる時間だろ」

「何だか、すっごく、甘い物が食べたい気分になっちゃって」


 左久夜は、笑ってごまかす。結局、今日まで、軍の作戦も訓練もなかったので、追試のことは話さないままになっていた。


「お前は、毎日、そういう気分じゃねぇか」


 そんな宗右真のツッコミを聞き流し、左久夜はそれとなく話を変える。


「ソウちゃんは、また、出張?」

「その帰りだ」

「ご苦労様」

「あぁ」


 うなずいた宗右真は「ふぅ」と、大きく息をついて、左久夜の隣に腰掛けた。軍帽で目元に影が差しているせいか、疲れているように見える。

 出張先で、大物の討伐作戦でもあったのだろうか。そもそも、風邪は、ちゃんと治ったのか。

 左久夜は、試しに、たい焼きが入った紙袋を掲げてみた。


「ソウちゃんも食べる?」

「いや、いい」

「ねぇ、無理してないよね?」


 左久夜が聞いてから、一拍、二拍と間が空いて、宗右真は「してない」と答えた。


「本当に?」

「あぁ」

「無理はしてないけど、無茶はしてるとか、そういうのでもなくて?」

「何だ、それ。七区の状況を聞きに行っただけだ」

「でも、疲れてるでしょ?」


 こちらを見た宗右真は、少しバツが悪そうな顔をして、小さくため息をついた。

 

「お前には、正直に言う」

「うん」

「ナギさんの敵討ち、あの土蜘蛛(ツチグモ)は、今年中に討伐したいと思ってる」

「それは、あたしも同じ」


 年が明ければ、左希斗は十五になる。それまでのつなぎ(・・・)の当主。そう言って、左久夜はその座についた。だから、左久夜としても、年が明けるまでに敵を討ちたい。

 ただ、宗右真の言葉は、そこで終わりではなかった。


「できれば、ナギさんの一周忌で、墓前に報告できればいいんだけどな」

「父様の一周忌って、あと、三ヶ月くらいしかないよ?」

「分かってる」


 つぶやくように言って、宗右真は空を仰いだ。

 

「やっぱり、無理してるでしょ?」

「無理も無茶もしてねぇよ。ただ、」

「ただ?」

「土蜘蛛の情報が集まらなくて、少し、苛ついてる」

「そっか」


 左久夜は小さくうなずいて、紙袋から、たい焼きを取り出した。


「はい、これ。甘いものを食べると落ち着くよ」


 たい焼きを差し出すが、


「こしあんだろ、それ」


 宗右真は受け取らない。


「お腹に入れば、同じでしょ」

「お前、人には大ざっぱなこと言いやがっ、」


 左久夜は、宗右真がしゃべっているのを見計らって、口の中に、たい焼きを突っ込んだ。


「んぐっ」


 目を見開いた宗右真は、次の瞬間、左久夜の手首を掴んで、たい焼きごと引き離す。


「おい!」

「一度、口に入ったものは、返品不可」


 そう言って、左久夜は強引に、たい焼きを宗右真に持たせる。渋々といった顔で受け取った宗右真は、パクパクと、すぐに食べ終えてしまった。


「ねぇ、ソウちゃん。本当に無理はしないでね」

「しつこい」

「だって、一人で、突っ込んでいきそうなんだもん」

「それはこっちの台詞だよ。お前の方こそ、へっぽこのくせ、一人で突っ込んでいきそうで、俺は怖い。もし、お前に何かあったら、ナギさんに申し訳が立たない」

「それは、あたしも同じだから。ソウちゃんに、もしも何かあったら、あたし、」


 左久夜は、宗右真を見つめる。


「あたし……」


 そこでふと、宗右真の後ろ、こちらへ歩いて来る軍人が目に入った。東条だ。彼の姿に「あっ」と、思ったのも、つかの間。東条と一緒に歩いて来るのは、さらによく知る顔で。


「サヤ⁉」


 その珍しい組み合わせに、びっくりした。

 左久夜は、東条に挨拶すると、サヤ子の腕をぐいっと引っぱった。


「ねえ、どういうこと?」


 離れた所で、左久夜はヒソヒソと尋ねる。


「サヤと東条さんって、そういう関係なの?」

「本屋へ行った帰りに、ばったり会っただけ。私は、ここで大福を買って帰るつもりだったから、それで一緒に来たの」

「あぁ、そう」


 何だと、少しがっかりして、サヤ子から離れた左久夜だったが。


「それで、サクはどうだったの? 栄語の追試は、うまくいった?」

「サヤ!」


 左久夜は慌てて、口元に人差し指を当てる。が、遅かった。


「おい」と、宗右真の低い声が響く。


 東条と話をしていたんじゃなかったのか。振り向けば、バチッと目が合った。


「追試って、何だ?」

「話してなかったの?」

  

 サヤ子の呆れたような声に、左久夜は小さくうなずいて答えた。


 ぎゅうっと眉根を寄せた宗右真は、すぐに、「そういやぁ」と、反応する。


「ちょっと前に、栄語の試験がどうのこうの、言ってたな?」


 左久夜はギクリとして、そろりと、宗右真から視線をそらした。


「あー……うん。その(・・)追試」

「その、追試? お前、まさか、落第点とったのか⁉」 


 左久夜がコクンとうなずけば、宗右真はガクンとうなだれる。


「なぁ、俺が今まで教えてきた時間は、どこに消えていったんだ?」

「それが、不思議なんだよねぇ」

「じゃねぇよ」

「でも、寝て起きたら、次の日には、すっきり、忘れてるんだもん」

「おい、何だ? お前の頭ん中には、脳みその代わりに、あんこが詰まってんのか? 食ってやろうか、ん?」

「ソウちゃん、ガラ悪い。軍の品位が問われるよ?」

「うるせぇ。そもそも、」


 と、宗右真が言いかけた所で、「ぐふっ」と、のどに何かをつまらせたような音がした。


 そちらに目を向ければ、東条が口に手を当てて、クスクスと笑っていた。


「おい、東条」

「いえ、他意はありません。仲良しだなぁと、思っただけです」


 にこにこ笑う東条に、


「仲良し⁉」


 左久夜と宗右真、二人は互いに顔を見合わせた。

 左久夜だって、仲が悪いとは思っていない。むしろ、この先も、ずっと仲良しでいたい。けど、第三者から指摘されるのは、それはそれで、こっ恥ずかしい。

 宗右真が黙りこくったまま、左久夜も何とも言えないでいると、東条が時計を取り出し、


「あ、そろそろ、軍に戻った方がいいですね」


 さらりと話を変えた。


「じゃあな」


 宗右真は東条と行ってしまった。

 その後ろ姿を見送っていた左久夜は、ふと気がついた。サヤ子もまた、小さくなっていく後ろ姿を、じっと見ていることに。

 やっぱり……と、左久夜は思う。先ほどサヤ子は否定していたけど。

 

「サヤ。東条さんのこと、気になってる?」


 左久夜が尋ねると、サヤ子は、フルフルと首を振った。


「軍人さんは、ちょっとね……」

「東条さん、いい人だよ?」

「そういう問題じゃないの」

「じゃあ、どういう問題なの?」


 左久夜が聞き返すと、


「……心配なのよ。軍人さんは、危険と隣り合わせでしょう?」


 そう言って、サヤ子は目を伏せた。


「小さい頃ね、よく家に来て、お父様とお酒を飲んでいた人がいたの。とっても優しくて、私はその人が大好きだった。でも、突然、パタリと来なくなった」

「それって、もしかして……」


 つぶやいた左久夜に、サヤ子はうなずく。


「殉職されたの」

「……そう」

「その後も、お父様が入院したり、橘のおじ様が大怪我をしたり、サクのお父さんも……ずっと、そういうのを見てきた。子供の頃は、まだ良かったのよ。どこかのご当主が怪我をしたって聞いても、顔が浮かばないことも多かったから。でも、今は違う。もっと、もっと身近になった」


 サヤ子は、小さくため息をつく。


「兄様、ソウちゃん、白瀬シラセ君に紅緒ベニオちゃん。そしてサクまで……幼なじみは、みんな、軍人さんだもの。心配だらけよ。そういうのは、もう、充分なの」


 だからって、好きにならない訳じゃない。左久夜はそう思う。

 でも……。


『ソウちゃんに、もしも何かあったら、あたし、』


 ……きっと、正気じゃいられない。

 

 サヤ子の気持ちも、よく分かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ