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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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甘いおかゆ

 夕方。

 様子を見に行くと、宗右真は眠っていた。慎重にゆっくり、額に手を伸ばす。

 朝ほどではないけど、まだ少し、熱っぽい。

 そう思っていると、まぶたが開いた。

 

「ごめん。起こした?」


 左久夜が顔を覗き込めば、宗右真は、ぱちぱちと瞬いた。それから、ゆっくりと体を起こす。


「……何時だ?」

「五時前。お腹、減ってない?」

「……少し」

「今ね、ちょうど、おかゆを作って、持って来たところ。食べられる?」

「おかゆ?」


 宗右真が、まじまじとこちらを見た。

 お前が作ったのか。食べられるのか。言いたいのは、そんなところだろう。それも仕方ない。左久夜だって分かっている。玉子焼きしか作れない宗右真より、料理ができないのだから。


「母様に教えてもらいながら、作りました!」

 

 だから大丈夫だと、左久夜は念を押す。

 もう一度、食べるかどうか尋ねると、宗右真はこくんと、うなずいた。

 二人で一階の居間に移動する。その途中、また宗右真が聞いてきた。


「栄語は?」

「ソウちゃんが眠ってる間に、終わらせた」

「どうせ、適当にやったんだろ?」

 

 宗右真は笑った。

 それに、左久夜は少しほっとする。声の大きさも話す速さも、まだ、いつものようには戻ってないけれど。こうやって憎まれ口をたたく余裕があるなら、大丈夫だろう。


 左久夜は、宗右真を座らせてから、食事の用意を整え、自分も座る。


 土鍋のふたを開けた。ほわほわと湯気が立ち昇る。できたてを持って来たので、まだ熱々だった。


「ほら、なかなかの出来映えでしょ?」


 生まれて初めて作ったにしては、うまくいった。自分でも左久夜は、そう思っていた。

 もちろん、家の台所を散らかしたまま出て来たこと、姉の権力を振りかざして左希斗(サキト)に土鍋を運ばせたことは、言わない。

 左久夜は、鍋から茶碗へ取り分ける。その最中にふと邪な考えが頭をよぎった。

 ちらりと宗右真へ目をむける。まだ、だるそうに見えた。

 

(病人なんだし……)


 左久夜は(サジ)におかゆをすくって、そのまま、宗右真の口元へと持っていく。


「はい、あーん。熱いから気をつけて」

「…………」


 宗右真は微動だにしない。しばらくして手を動かしたかと思ったら、おかゆの湯気で曇った眼鏡を外しただけだった。眼鏡のない宗右真は、少し目つきが悪い。さらに黙り込んでいれば、不機嫌そうに見えて怖くもある。

 

「……あーん」


 左久夜はもう一度、挑戦したみたが、やっぱり宗右真は無反応だった。

 そんな態度に思わず、恨み言がポツリと口から漏れてしまう。


「ソウちゃんのために、作ってきたのに」


 その途端。大きなため息が聞こえてきたと思ったら、がしっと手首を掴まれていた。


「え、ソウちゃん⁉」


 宗右真は、そのまま左久夜の手首ごと匙を引き寄せ、おかゆを食べたのだった。

 握られた手首が熱いように感じたのも、つかの間。

 一口食べた宗右真の眉間に、くっきりとしわが寄って。そして、予想外の一言。

 

「甘い」

「えっ⁉」

「何、入れたんだ?」

「何って、お水とお米と玉子と、お塩」

「甘いんだが」


 左久夜は、ぱちくりと瞬いて、すぐさま自らも味を確認してみる。


「甘っ!」


 どうやら、同じ形、同じ模様の壷に入れられている砂糖と塩を間違えたらしい。

 実は、おかゆ作っている最中に、来客があり、母のカホルは台所を出ていったのだ。

『あとは塩で味を整えて、卵を入れなさい。塩は右。左側にあるのは砂糖の壷だからね。間違えないでよ』

 カホルが口早に説明するのを、聞いていたつもりだったのだが。

 

「……お塩とお砂糖、間違えちゃったー」


 えへっと、左久夜はかわいこぶってみるが。宗右真の目は冷たい。


「お前なぁ、」


 何か言おうとして、そのまま、宗右真は口を閉じた。

 文句を言おうとしたんだろう。左久夜は、あえて聞き返した。


「何?」

「いや。砂糖と塩の見分けもつかねぇから、間違えるんだよなと、思っただけだ」

「……作り直してくる」


 左久夜は悔しくなって、茶碗を取り上げようとしたが、するりとかわされた。


「まずいとは言ってない」


 そう言うと、宗右真は残りを食べ始めた。食べるというより、かき込むといった方が正しい。土鍋に残っていた分もみるみるうちに、完食する。


 その様子を、左久夜は黙って見ていた。

 こんな料理でも食べてくれたのは、うれしい。けど、それ以上に、こんな料理を食べさせたことの方が、悔しかった。


 宗右真は最後に、左久夜の用意したお茶をグイッと飲んで、再び、顔をしかめた。


「苦い。何だ、これ」

「あ、それ? ジンセン茶。疲労回復に滋養強壮、それから……美肌? まぁ、とにかく、体にいいお茶なんだって」

「いや、だから、苦い」

「それは元々、苦いの。あたしの入れ方が、下手くそってわけじゃないから。安心して」

 

 宗右真は一気に飲み干すと、「ごちそうさまでした」と、手を合わせた。


「よろしゅうおあがり」


 母親の言葉をまねて、左久夜は食器を運ぶ。その後ろを、宗右真がついて来た。食器を割った前科があるので、心配しているのだろう。


「大丈夫だって。時々、母様の手伝いもしてるし。割らないように、気をつけて洗うから!」

「……食器の心配じゃねぇよ」

「じゃあ、何?」


 聞き返しても、答えはない。宗右真はそのまま、台所の戸口にもたれかかって、腕を組む。


 食器じゃなくて、何なのか。


 左久夜は首をひねる。

 そういえば、前に食器を割った時、宗右真を怒らせたことがあった。あれは確か、そう、割れた食器を手で拾おうとして……。


『怪我したら、危ないだろ』と、止められたのだ。


(そっちの心配?)

 

 それにしても、じぃっと見られながらの食器洗いは、まるで、実技の試験だ。

 そんな中、なんとかやり遂げた左久夜に、


「ご苦労さん」


 宗右真は、一言言うと、居間へ戻って行った。


 



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