甘いおかゆ
夕方。
様子を見に行くと、宗右真は眠っていた。慎重にゆっくり、額に手を伸ばす。
朝ほどではないけど、まだ少し、熱っぽい。
そう思っていると、まぶたが開いた。
「ごめん。起こした?」
左久夜が顔を覗き込めば、宗右真は、ぱちぱちと瞬いた。それから、ゆっくりと体を起こす。
「……何時だ?」
「五時前。お腹、減ってない?」
「……少し」
「今ね、ちょうど、おかゆを作って、持って来たところ。食べられる?」
「おかゆ?」
宗右真が、まじまじとこちらを見た。
お前が作ったのか。食べられるのか。言いたいのは、そんなところだろう。それも仕方ない。左久夜だって分かっている。玉子焼きしか作れない宗右真より、料理ができないのだから。
「母様に教えてもらいながら、作りました!」
だから大丈夫だと、左久夜は念を押す。
もう一度、食べるかどうか尋ねると、宗右真はこくんと、うなずいた。
二人で一階の居間に移動する。その途中、また宗右真が聞いてきた。
「栄語は?」
「ソウちゃんが眠ってる間に、終わらせた」
「どうせ、適当にやったんだろ?」
宗右真は笑った。
それに、左久夜は少しほっとする。声の大きさも話す速さも、まだ、いつものようには戻ってないけれど。こうやって憎まれ口をたたく余裕があるなら、大丈夫だろう。
左久夜は、宗右真を座らせてから、食事の用意を整え、自分も座る。
土鍋のふたを開けた。ほわほわと湯気が立ち昇る。できたてを持って来たので、まだ熱々だった。
「ほら、なかなかの出来映えでしょ?」
生まれて初めて作ったにしては、うまくいった。自分でも左久夜は、そう思っていた。
もちろん、家の台所を散らかしたまま出て来たこと、姉の権力を振りかざして左希斗に土鍋を運ばせたことは、言わない。
左久夜は、鍋から茶碗へ取り分ける。その最中にふと邪な考えが頭をよぎった。
ちらりと宗右真へ目をむける。まだ、だるそうに見えた。
(病人なんだし……)
左久夜は匙におかゆをすくって、そのまま、宗右真の口元へと持っていく。
「はい、あーん。熱いから気をつけて」
「…………」
宗右真は微動だにしない。しばらくして手を動かしたかと思ったら、おかゆの湯気で曇った眼鏡を外しただけだった。眼鏡のない宗右真は、少し目つきが悪い。さらに黙り込んでいれば、不機嫌そうに見えて怖くもある。
「……あーん」
左久夜はもう一度、挑戦したみたが、やっぱり宗右真は無反応だった。
そんな態度に思わず、恨み言がポツリと口から漏れてしまう。
「ソウちゃんのために、作ってきたのに」
その途端。大きなため息が聞こえてきたと思ったら、がしっと手首を掴まれていた。
「え、ソウちゃん⁉」
宗右真は、そのまま左久夜の手首ごと匙を引き寄せ、おかゆを食べたのだった。
握られた手首が熱いように感じたのも、つかの間。
一口食べた宗右真の眉間に、くっきりとしわが寄って。そして、予想外の一言。
「甘い」
「えっ⁉」
「何、入れたんだ?」
「何って、お水とお米と玉子と、お塩」
「甘いんだが」
左久夜は、ぱちくりと瞬いて、すぐさま自らも味を確認してみる。
「甘っ!」
どうやら、同じ形、同じ模様の壷に入れられている砂糖と塩を間違えたらしい。
実は、おかゆ作っている最中に、来客があり、母のカホルは台所を出ていったのだ。
『あとは塩で味を整えて、卵を入れなさい。塩は右。左側にあるのは砂糖の壷だからね。間違えないでよ』
カホルが口早に説明するのを、聞いていたつもりだったのだが。
「……お塩とお砂糖、間違えちゃったー」
えへっと、左久夜はかわいこぶってみるが。宗右真の目は冷たい。
「お前なぁ、」
何か言おうとして、そのまま、宗右真は口を閉じた。
文句を言おうとしたんだろう。左久夜は、あえて聞き返した。
「何?」
「いや。砂糖と塩の見分けもつかねぇから、間違えるんだよなと、思っただけだ」
「……作り直してくる」
左久夜は悔しくなって、茶碗を取り上げようとしたが、するりとかわされた。
「まずいとは言ってない」
そう言うと、宗右真は残りを食べ始めた。食べるというより、かき込むといった方が正しい。土鍋に残っていた分もみるみるうちに、完食する。
その様子を、左久夜は黙って見ていた。
こんな料理でも食べてくれたのは、うれしい。けど、それ以上に、こんな料理を食べさせたことの方が、悔しかった。
宗右真は最後に、左久夜の用意したお茶をグイッと飲んで、再び、顔をしかめた。
「苦い。何だ、これ」
「あ、それ? ジンセン茶。疲労回復に滋養強壮、それから……美肌? まぁ、とにかく、体にいいお茶なんだって」
「いや、だから、苦い」
「それは元々、苦いの。あたしの入れ方が、下手くそってわけじゃないから。安心して」
宗右真は一気に飲み干すと、「ごちそうさまでした」と、手を合わせた。
「よろしゅうおあがり」
母親の言葉をまねて、左久夜は食器を運ぶ。その後ろを、宗右真がついて来た。食器を割った前科があるので、心配しているのだろう。
「大丈夫だって。時々、母様の手伝いもしてるし。割らないように、気をつけて洗うから!」
「……食器の心配じゃねぇよ」
「じゃあ、何?」
聞き返しても、答えはない。宗右真はそのまま、台所の戸口にもたれかかって、腕を組む。
食器じゃなくて、何なのか。
左久夜は首をひねる。
そういえば、前に食器を割った時、宗右真を怒らせたことがあった。あれは確か、そう、割れた食器を手で拾おうとして……。
『怪我したら、危ないだろ』と、止められたのだ。
(そっちの心配?)
それにしても、じぃっと見られながらの食器洗いは、まるで、実技の試験だ。
そんな中、なんとかやり遂げた左久夜に、
「ご苦労さん」
宗右真は、一言言うと、居間へ戻って行った。




