風邪ひきの看病
前方に鵺を発見した。
顔は猿で体は狸、手足が虎という奇っ怪な魔物は、木々の間を駆け抜けていく。
左久夜は、班員とともに、それを追いかける。
並走していた同じ班の術師が、風の呪文を唱えた。術で木の枝を切り落とし、鵺の行く手をふさぐ。鵺が動きを止めたところで、左久夜はすかさず、「鬼姫!」と、呼び出した。
瞬く間に、鬼姫は鵺を細切れにして、せん滅。クスリと笑い声を残して、消えた。
作戦終了。
左久夜は、大きく息をつく。それと同時に、くらっ軽いめまいがあった。
軍の訓練に参加するようになって、術の使い方も少しは上達したと自分でも思っていた。しかし、未だにうまくいかないものもあって。鬼姫を使ったあとは、依然、体がずしりと重くなる。
「……さん、大丈夫ですか?」
その声に、はっと顔を上げれば、東条が顔を覗き込んでいる。つかの間、ぼぅっとしてしまった。
「大丈夫です」
慌てて左久夜が答えた、直後。背後からチリンと、鈴の音がした。今度は宗右真に問われる。
「本当だろうな?」
「えぇっと、本当は、少し体がだるいです。でも、これくらいなら、大丈夫だと、判断しました」
左久夜は、正確に答えた。余計な心配はかけたくない。宗右真は「分かった」と、うなずきながら、時計に目をやる。それから「東条」と呼んだ。
「あとは頼む」
「はい。お気をつけて」
東条の声と、
「え、軍部に戻らないの? ですか?」
左久夜の声が、重なった。
「九区で討伐作戦がある」
つまり、それに、宗右真も参加するということなのだろう。
「何かあるのか?」
「えっと、その……」
左久夜は、ちらりと東条に目をやる。
本当はもっとあと、軍に戻って、報告書を書いてから、言うつもりだった。宗右真と二人の時に。
『栄語の試験の結果が最悪で、補習と追試を受けることになった。だから、その日は訓練にも作戦にも参加できない』
言っておかなくてはならないけど、さすがに、大きな声では言いにくい。声をひそめる。
「あのね、栄語の、」
そう切り出すと、宗右真は最後まで聞かず、
「明日、うちに来い」と、ささやいた。
いつもの課題だと勘違いたらしい。しきりに時計を気にしているので、時間が迫っているのかもしれない。
左久夜は「分かった」と、うなずく。明日、報告するついでに勉強を見てもらおう。
「雨、降りそうだから、気をつけて」
宗右真を見送った。
翌日。
左久夜は、荷物を持って、宗右真の家に行った。
玄関の鍵が開いていたので、勝手に中に入り、三和土から声をかける。
宗右真は、すぐ、奥の居間から出てきた。
「はい、これ。母様から」
預かってきた風呂敷包みを差し出す。
「何だ?」
「いただきもののお酒。うちじゃ、誰も飲まないし。いつもお世話になってるからって」
「……あぁ」
風呂敷包みを手渡しながら、左久夜は違和感を覚えていた。
宗右真の様子が、変だ。休日にだらしがないのは、いつものことだけど。
上がり框にいる宗右真は、いつにも増して、寝ぐせがひどい。それに、口数が少ない。
機嫌が悪いような……。
九区の討伐で、何かあったのだろうか。そう考えて、左久夜は思い直す。
昨日の帰り、家まであと少しの所で、雨が降り出した。何とか、雨脚が強まる前に、家には入ることができたけど。それから、明け方まで雨はざあざあと降り続いたようだ。
もしかしたら。
左久夜は框に上がると、宗右真の額に手を伸ばした。思った通り。
「熱、あるじゃない」
「このくらい、どうってことねぇ」
「じゃないの! 病人は大人しく寝る!」
左久夜は宗右真の手首を引っ張って、二階にある部屋に向かう。宗右真は、されるがまま、大人しくついて来た。かと思ったら、階段の途中。
「栄語の課題、大丈夫なのか?」
なんて、いつもより張りのない声で聞いてきた。体がだるいのだろう。話し方もゆっくりしていた。
これには左久夜も、ちょっと呆れてしまう。
「こんな時に、あたしの心配なんてしなくていいから。何とかなるし」
「何とかならないから、毎度毎度、泣きついてくるんだろうが」
「栄語で落第点とっても、死なないの! でも、風邪は万病のもとって言うでしょ。こじらせたら、どうするつもり!」
ピシャリと言って宗右真を黙らせ、あとは、ベッドに押し込んだ。掛け布団を、肩口までしっかりとかぶせる。
そうして、左久夜は一旦、部屋を出た。
「……」
後ろ手にドアを閉めながら、小さくため息をつく。
自分との約束があったから、宗右真は無理をしたのかもしれない……。
宗右真に負担ばかりかけているんじゃないのか。
つい先日、宗右真が入院した時にも、そう感じたばかりなのに。
(これからは、あまり迷惑をかけないようにしなくちゃ……)
左久夜は手早く看病に必要なものをそろえて、部屋に戻る。
濡らした手ぬぐいを宗右真の額に乗せ、左久夜は尋ねた。
「何か欲しいものはない? バナナとかラムネとか」
「……何だ、それ」
「病気の時は、バナナとラムネが定番でしょ? いらない?」
「いらない」
「じゃあ、しばらく居間にいるから、何かあったら、呼んで」
ゆっくり休むように言って、左久夜は部屋を出た。




