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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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女学生、軍人に差し出される

 サヤ子とカノ子が、今月号の雑誌の話で盛り上がっている。そんな二人に少し遅れて、左久夜は、ぼんやりと歩いていた。

 あれから、宗右真とは話をしていない。とっくに退院しているはず。でも、会いに行く勇気がなかった。


 歩きながら、左久夜はそういえばと思い出す。

 地方にいた宗右真が帝都に戻ってきた時も、会いに行くのには、かなりの勇気がいった。


 顔を洗い、念入りに髪をとき、お気に入りの着物に着替え、とにかく万全に身支度を整えてから、家に向かった。

 その道中、五十人ほどの『人』を飲み込んだことは今でも覚えてる。久しぶりに会った宗右真が『誰だ、お前』という顔で、こちらを見たことも。


 それからは色々と理由を作って、宗右真に会いに行った。

 母親が持って行こうとしていた、おすそ分けを横取りしたり。勝手にサヤ子たちを留守にして、『活動写真に連れてって』と頼み込んだり。


 そう。会いに行く理由なら、どうにでも作れる。それこそ『栄語、教えて』なんて、何度、ダシに使ったことか。実際、手つかずの宿題だってある。

 それなのに。


「サク……サク!」

「え、何?」


 顔を上げると、随分と先で二人が振り返っていた。


「どこかで甘い物でも食べない?」


 サヤ子が言うと、すかさず、カノ子が「はい、はい、はーい!」と、手を挙げる。


「ショートケーキ! 今日こそは、絶っ対、富士家(フジヤ)! ねぇ、行こうよー。兄様からお小遣いももらってきたし!」 


 とてたま(・・・・)らしいよと、 カノ子が流行り言葉で言った。

 とて(・・)も、たま(・・)らない。

 そう言われれば、左久夜も行ってみたい気はする。でもすぐに『行く、行く!』と答えられるほど、気持ちは乗らなかった。


「ねえ、サク。どうかしら?」

「……どうしようかな」


 返事を渋った左久夜に、もしかしてと、サヤ子が口を開いた。


「ソウちゃんのこと? 頭を打って入院していたって、兄様に聞いたけど。サクも、お見舞いに行ったんでしょう?」


 そう言ったサヤ子の向こうから、カノ子がひょいと顔を出し、ニヤニヤと笑う。


「サークー。お見舞い行って、まーた、ソウちゃんとケンカしたんでしょ? それで、ここんとこ、元気ないんだー?」


 二人とも、つき合いが長いだけのことはある。左久夜が何も言わないでいると、カノ子が体を寄せて来た。


「で、ケンカの原因は何なの? つぶあん、こしあん戦争? 玉子焼きは甘いか、だし巻きか? サクとソウちゃんのケンカって、傍から見れば、本っ当に、くだらないんだからー」


 キャラキャラ笑うカノ子に、


「そういうんじゃないよ」


 左久夜は、小さな声で答えた。いつもと様子が違うことに気づいたのか、サヤ子が言う。


「ソウちゃんを怒らせたのなら、早めに謝った方がいいわ」

「……うん」

「あー。もしかして、派手にやっちゃったー?」


 さらに、カノ子も横から口を出してきた。


「ちょっと、顔を合わせづらいっていうか」


「そう思うのなら、なおさら、早く謝った方がいいんじゃない? このままずるずると長引いても、いいことはないわよ?」

「そうだよね」


 左久夜がうなずけば、「まあ、でも」と、カノ子がしたり顔で肩をたたいた。


「サクの気持ちも分かるなー。ソウちゃんって、なんかさー、謝りにくいよね。見た目はいいし、太っ腹だけど、絶対、腹黒だし。ネチネチガミガミうるさいし、小姑かってほど細かいところもあるし。それに、なーんか、陰険だもんねー」


 あははははと、カノ子の笑う声に重なって。


「誰が、陰険だ?」


 背中から声がした。

 その声に、左久夜はびくっと、息を飲む。そろりと振り返れば、カノ子が宗右真に食ってかかっていた。


「人の話を盗み聞きするなんて、ソウちゃん、最っ低! どこから聞いてたの? もしかして、ずっと、私たちのこと、つけてたわけ?」

「んなわけあるか。たまたま、通りかかっただけだ」


 そう答えた宗右真は、休みなのか、シャツにズボンという格好で。持っていた紙袋を、カノ子に押し付けた。


「やるよ」


 その一言で、宗右真をにらみつけていたカノ子は一転、笑顔になる。


「え、いいの?」

「代わりに、こいつをもらって行く」


 それまで、カノ子の後ろに隠れていた左久夜は、宗右真にいきなり腕を掴まれ、再び、驚いた。まだ心の準備ができてない。


「どうぞ、どうぞ。ご自由にー」

「え!? ちょっと、カノ!」


 左久夜は文句を言ったが、カノ子にはどこ吹く風。早速、紙袋の中を覗き込んでいる。


「あ、シベリヤ!」

「シベリヤ?」

 

 サヤ子が、カノ子から紙袋を取り上げて、宗右真に尋ねる。


「これ、私たちが、もらってもいいの? 中は……ちょうど三人分あるけど、たまたま通りかかった私たちに渡すためじゃないでしょう。ということは、どこかへ差し入れするため、わざわざ、買って来たんでしょう?」

「いや、もういい。二人で食べろ」

「え、あたしの分は?」


 ようかんをカステラで挟んだシベリヤは、もちろん、左久夜の好物だった。しかし。


「お前は、こっち」と、宗右真に、腕を引っ張られる。


 半ば、強引に連れ去られて行く左久夜に、サヤ子とカノ子がヒラヒラと手を振っている。


「シベリヤー!」

「んなもん、あとでいくらでも買ってやるから、とっとと来い」


 宗右真は歩きながら、次の一言、声を落とす。


「話がある」


 そう言ったっきり、今度は黙り込んでしまった。




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