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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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*『約束』の話

 あの日も、いつもと同じだった。


 作戦の開始前。

 宗右真は左々凪とともに、辺りを見回っていた。途中、道端に小さな(ホコラ)を見つけ、左々凪が手を合わせる。


「今日一日、天気がもちますように」


 確かに大事なことだ。しかし、なぜ、それを声に出すのか。毎度のことながら、宗右真は思う。


「隊のみんなが、無事、五体満足で家に帰れますように。それと、新兵君がびびって漏らしませんように。あとは、えーっと……あっ、うちのサクが栄語の試験で、六十点以上、とれますように!」


 いつもより熱心に祈るのも、分からなくはない。

 今回の討伐対象である土蜘蛛(ツチグモ)は、強敵だった。作戦の規模も、かなり大きい。最後の願いも、親バカだと目をつぶろう。


 ただ、格子扉の向こうに見えるのは、狐の像。この辺りも田畑が広がる農村で。どう考えても武運の神でも、学業の神でもない。


「山の方が、多少、騒々しくなるかと思いますが、ご勘弁下さい。それでは、よろしくお願いします」


 左々凪が、ゆっくりと目を開ける。そして、ふと、こちらを振り返って、


「宗右真。君さ、十年前の約束、覚えてる?」


 唐突に、そんなことを言った。


「約束? 俺とナギさんが?」

「うん。まぁ、約束って言っても、僕が一方的に突きつけたんだけど」


 宗右真は思い返す。

 十年前といえば、彼に術を習うため、桜家へ足しげく通っていた頃。あの当時に、約束なんてしただろうか。しばらく考えてみたものの、浮かばない。


「……もしかして、ナギさんを倒せたらってやつですか?」


 当てずっぽうで言ってみると、左々凪は少し気まずそうに頭をかいた。


「あー。そうそう。君、記憶力いいなー」

「あの、ナギさん。俺は、」


 宗右真が本当のことを白状する前に、左々凪がぽんと肩を叩いた。そして、にんまりと笑う。


「分かってる、分かってる。別に強要するつもりはないよ。けど、あの約束は、まだ有効だからさ。その気があるなら、いつでもかかって来なって話」

「はぁ」


 何がなんだか分からないまま、宗右真はうなずく。


「君が、いい子なのは知ってる。けどさ、僕もそう簡単に、認められるもんじゃないんだよ。ってことで、来るなら、全力でぶっ潰すから覚悟しときなよ」


 そこまで言われても、宗右真は何も思い出せなかった。

 

(……ナギさんを倒したら?)


 何があるというのか。それにしても、『全力でぶっ潰す』というのは、ただごとではない。

 左々凪が大事にしている物でも、譲ってもらう約束だったのだろうか。例えば、貴重な栄国の魔法書とか。

 しかし、どれほど考えても、約束をしたことすら思い出せない。これは正直に話して、聞いた方が早いだろう。


「ナギ、」


 宗右真が声をかけようとしたところで、左々凪は呼ばれて行ってしまった。

 あとにするか。そう思っているうちに作戦が始まり、そして、彼の口から聞くことは、かなわなくなった……永遠に。


 


 一人になった病室で、宗右真はグシャと前髪をかき上げる。


 左々凪が言った『十年前の約束』について、思い出せたのは、最近のこと。

 あれは、約束なんてものではない。宣戦布告である。かつて左々凪は、宗右真の顔面に人差し指を突きつけて、こう言ったのだ。


『僕より弱い男に、うちのサクを嫁にはやれない! 結婚を認めて欲しくば、僕を倒せ! 術で勝負しろ!』


 当時、左久夜は五歳。年端もいかない彼女の、『ソウちゃんのお嫁さんになる!』という言葉を真に受けてのものだった。

 この時は、さすがに宗右真も(何、言ってんだ、このオヤジ)と呆れたものだが。


 ちょうど窓の外に、並んで歩く二人が見えた。左久夜と木寅だろう。


『ソウちゃん!』


 地方から帝都へ戻ってきた、その日。数年ぶりに左久夜と再会した。だが、宗右真は、それが左久夜だとは、気がつかなかった。

 何だ、この女。

 親しげに手を振って、駆け寄って来る彼女に対し、本気でそう思ったのである。


『もしかして、あたしのこと、忘れてた? ひどい!』


 そう言って、左久夜は怒った。


 忘れていたわけじゃない。ただ、最後に彼女と会って話をしたのは、十二歳くらいの時。宗右真の中の左久夜は、もうずっと、その姿のままで止まっていた。

 あの、マッチ棒みたいにひょろひょろだった子供が、すっかり女性らしくなって目の前にいたのだから、見違えたと言うのが本音だった。

 

 それから左久夜は、何かと家に来るようになった。

 

『お願い! 栄語エイゴの宿題、教えて』

『魚の煮つけ、母様がおすそ分けに持って行けって』

『活動写真、連れてって! ソウちゃんしかいないの! 一生のお願い!』

『……母様とケンカした。しばらく、ソウちゃんちにいてもいい?』


 気がつけば隣にいて、泣いて、怒って、ケンカして、笑っている。数年間、言葉もかわさなかったというのに。いつの間にか、宗右真にとって左久夜は日常となっていた。


 そして、あの日。

 左々凪(サザナギ)が、倒れた。


『……サクを、頼んだ』


 それが最期の言葉だった。左々凪から左久夜を託されたというのに。託された左久夜を、傷つけてしまった。


『……だから、ソウちゃんは優しいの?』

『ソウちゃんには、あたしを壊した(・・・)責任があるから?』


 宗右真はもう一度、窓の外を見た。二人の姿は、もうなかった。


『お前さ、何、焦ってんの? 一人で土蜘蛛を討伐しようとしてるわけ?』


 木寅には、そう言って説教された。

 確かにその通りだった。一刻も早く土蜘蛛を見つけ出し、討ちたいと宗右真は思っていた。そして、できることなら、その作戦には、左久夜を連れて行きたくなかった。

 もう二度と、目の前で大事な人間を失うのは、ごめんだ。


『お前のやってることが、サクちゃんに無理をさせないためだとしても、それで心配かけてちゃ、だめじゃん。あの子が大事なんだろ? だったら、大事にしろよ!』


 年下のくせに、木寅は容赦がなかった。最後には、大馬鹿とまで言われた。

 

 しかし、大事に思うことと、大事にすることは、全く別物で。左久夜を前にすれば、どうにも感情が先走って、うまく制御できなかった。

 さらに始末の悪いことに、あそこで看護婦が来なければ、告げていたはずだ。


『俺は、お前が、好きなんだよ』と。


「……何やってんだ」


 宗右真は、ため息混じりにつぶやいた。


 誰もいなくなった窓の外を、ぼんやり眺めていると、先ほどの看護婦が戻ってきた。


「お連れしました」

「あぁ、はい」


 宗右真はうなずいて、眼鏡をかける。

 看護婦と入れ替わるように、百合子と大柄のいかつい男が入ってきた。男は何も言わず、壁際に控える。護衛らしい。怪我人といえど、大事なお嬢様を男と二人っきりにするわけには、いかないのだろう。


「お加減は、いかがですか?」


 百合子が柔らかく微笑む。


「ご心配、痛み入ります」

「そんな。大変なお仕事をなさっているのですもの」

「そのために、私は一生、心配をかけ続けるんでしょう」

「仕方ありません。十三家のお役目は大切です。何より、お国のためですから」

「そうですね。国のため、お役目のため、家のため」


 結婚も人生も、すべて……。それが、橘の家に生まれた自分の宿命なのだろう。宗右真は薄く笑った。


「あの、宗右真様?」


 百合子が、ちょこんと首を傾げた。

 愛らしい少女だと、宗右真は思う。ただ、それだけだ。あと半年もすれば、妻となっているかもしれない彼女に対し、何の感情も沸き起こらない。


 次に宗右真は、扉の前に目を向けた。

 仁王のような男が、無表情で立っている。広い部屋ではない。二人の会話も聞こえているはず。

 例えば、もし、ここで大事なお嬢様がないがしろにされたら……。

 彼はどう出るだろう。あるいは、百合子の親に報告するのかもしれない。それを期待しながら、宗右真は口を開いた。


「百合子さん。あなたには、先に言っておきます」

「何でしょう?」

「私は、あなたとの結婚を望んでいません。できることなら破談にしてしまいたい」


 そう告げながら、宗右真は気がついた。

 目を伏せた百合子が、その実、笑っていることに。その微かな笑顔は、一瞬のうちに消えてしまったけれど。どこか、ほっとしたような、うれしそうな顔に見えた。

 彼女もまた、望まない縁談なのかもしれない。そうであって欲しいと、宗右真は思った。




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