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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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優しい理由

 宗右真は静かに話し始めた。


「あの日は朝から、みんな、ピリピリしてた。十年に一度の大捕物だ」


 討伐対象の土蜘蛛(ツチグモ)は、人間を捕食する。そのため、最も危険な魔物に分類されていた。

 それが帝都の南にある、山間部で発見されたのだった。

 この地域では、ここ数年、年少者の行方不明事件が多発。その中に、土蜘蛛の被害者もいると考えられていた。土蜘蛛は子供や若い娘を、好んで捕食するからだ。


 何としても、討伐しなくてはならない。

 帝都四家からも、左々凪と宗右真が助っ人に出る大作戦となった。


「山ん中にいることは分かってたが、これが中々見つからない。捜索に使った式神はことごとく消滅し、軍用犬は糸でぐるぐるにされて、転がってんだよ。土蜘蛛は目もいいし、頭もいい」


 宗右真も部隊を一つ任されたものの、一番に発見したのは左々凪の隊だった。だが、部隊が攻撃を初めて数分後、追い込みつつあった状況は一変する。


 近くの村の子供が、入り込んでいたのだ。

 当然、土蜘蛛が発見された辺り一帯は立ち入り禁止とされ、付近の村にも周知を徹底していた。しかし、その地域での、それほど大きな作戦は初めてのこと。いきなり軍が押し寄せてきて、山を封鎖し、親からも絶対に行くなと言われれば、子供はかえって好奇心を刺激されたのだろう。


 軍も土蜘蛛ばかりに気を取られ、子供の侵入を許した。そして、その子供に気づいた時には、もう遅かった。


「ナギさんは身を挺して、その子をかばったんだ……俺には、ナギさんが見えてた。見えてたのに、あと一歩のところで間に合わなかった。それどころか、土蜘蛛まで取り逃がした」


 そこで、宗右真は目を伏せる。それからゆっくりと瞬いて、左久夜を見た。


「なぁ、サク。お前は俺にとって、大事な人間なんだ。ナギさんの代わりとまではいかなくても、守ってやりたいと思ってる」

「……ソウちゃん」

「だいたい、いくら鬼姫が強くても、お前一人で土蜘蛛をやれるわけがねぇだろ」

「それは、」


 言葉が詰まって、左久夜はうつむく。が、すかさず、宗右真に頬を掴まれ、力ずくで、左久夜は顔を上げさせられる。


「目の前に、お前の何倍も強い奴がいるんだが、見えねぇか?」

「んむぅ」


 ひよこ口状態の左久夜は、うまく話せない。


「そいつは、ナギさんを助けられなくて、後悔してんだ。利用しろ」

利用だなんて(ルオーラナンヘ)

「俺は、お前になら、どれだけ利用されてもいい。ボロボロになるまで利用されたってかまわない。それだけの仕打ちをしただろ?」

仕打ち(ヒウヒ)?」


 左久夜は、きょとんと、宗右真を見上げる。何を言っているのか、本当に分からなかった。

 そんな左久夜に、宗右真は困った顔で頬から手を離した。そして、薄く笑う。


「俺があと一歩早ければ、ナギさんは死ななかったかもしれない」

「でも、それは、」


 宗右真のせいではない。左久夜がそう言おうとしたのを、宗右真は首を振って遮った。


「違うんだ」

「違う?」

「俺の隊は、山すそから山頂に向かって、北上した。その中腹辺りで、薄緑(ウスミドリ)が一回だけ、鳴ったんだ。その時、漠然と西じゃねぇかと思った。けど、単なる勘だ。だから、俺は作戦通り北上した。あの時、俺が西に向かってれば、あるいは、隊を分けていれば、ナギさんは死ななかった。それなのに……誰も……ナギさんもカホルさんも、俺を責めなかった。だから、」


 そこで、宗右真は、左久夜から視線をそらせた。組んだ手を見つめ、言い直す。


「だから、俺は、あの時、お前の所に行った」

「あたしに、責められたかったの?」

「結局、壊れたのは、お前の方だったけどな」

「え?」


 一瞬だけ、左久夜は反応が遅れた。が、すぐさま、首を振る。


「違う。あたしが入院したのは、ソウちゃんのせいじゃない」

「俺のせいだろ」

「違う!」

「違わねぇ‼」


 宗右真の叫び声に、左久夜は、びくりと震える。


「誰かが俺のせいだって、言ってくれれば、楽になれると思った。それで、お前を利用しようとしたんだ!」


「……だから、ソウちゃんは優しいの? さっき、大事だって言ってくれたのも、家まで送ってくれるのも、栄語の勉強を見てくれるのも、ご褒美をくれるのも?」


 全部、その償いなのだろうか。


「ソウちゃんには、あたしを《《壊した》》責任があるから?」

「それは……」


 一呼吸、置いて、宗右真が左久夜を見た。

 目が合う。眼鏡をかけてないからか、いつもの宗右真とは違うように思える。

 左久夜は聞くんじゃなかったと、早くも後悔していた。ただでさえ、重たくなっている空気が、さらに重みを増したようで、息苦しい。今すぐにでもここから逃げ出したかった。

 

「俺は、お前が、」


 もういいと、左久夜が止めようとした矢先。コンコンと、ノックが響いた。


「失礼しますね」


 ドアが開いて、朗らかな声とともに入って来たのは看護婦だった。彼女のおかげで、張り詰めていた空気がゆるむ。何より、話が途切れたことに、左久夜は心からほっとしていた。


「伊集院さんとおっしゃる方が、お見舞いにいらしてるんですが、まずは、橘さんにお尋ねして欲しいと。お体の具合はどうです? お呼びしましょうか?」


 看護婦が宗右真に尋ねる。

 宗右真は「あぁ」と、うなずいただけで、すぐには答えない。代わりに、左久夜が看護婦に言った。


「大丈夫です。来ていただいてください」

「おい、勝手に決めるな」

「せっかく、お見舞いに来てくれたんじゃない。あたしは、もう帰るから。じゃあね」


 左久夜は看護婦に頭を下げ、そそくさと病室を出た。 そんなに宗右真と話していたわけでもないのに、ひどく疲れていた。


 左久夜はふと、胸元に手を当てる。

 サファイアの首飾り。宗右真にもらってから、ずっと身につけていた。今ではすっかり肌に馴染んだのか、気にならなくなっていたのに。何だか、今は、重く感じる。あの場の空気を、全部、吸い取ってしまったかのように。


『俺は、お前が、』


 あのあと、宗右真は何と続けるつもりだったのか。なんだかんだで、最後はやっぱり、『自分の責任』だと言ったんじゃないか。

 『父親代わり』で、『ナギさんを助けられなかった償い』で、『左久夜を傷つけた責任』で。

 だから、宗右真は大事にしてくれる。

 

(でも、父様のことも、あたしが入院したのも、ソウちゃんのせいじゃないのに……)


 うまくいかないと、左久夜はため息を吐く。

 敵討ちのことも、宗右真のことも、自分の思いも。何もかもが、空回りしているようだ。

 もやもやしながら玄関へ歩いていると、鮮やかな牡丹の着物が目に入った。何気に顔を見ると、自分と同じ年頃の女の子。その側を大柄な男性が、忙しなく行ったり来たりしていた。


「少しは、落ち着きなさい」

「いや、しかし、お嬢様」

「あなたのような大男が、そんなに歩き回っては、他の方のご迷惑になるでしょう」


 彼女は男を諭し、思わず足を止めていた左久夜にちょこんと頭を下げる。

 慌てて駆け込んで来た自分とは、随分、違う。苦笑しつつ、左久夜も会釈を返して、彼らを通り過ぎた。


 まさか、彼女が宗右真の見舞いに来ていた伊集院(・・・)だとは思いもよらず。



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