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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
1章 華族十三家

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桜の鬼姫

 樹霊が左久夜めがけて、太い枝を振り下ろす。

 それより前、樹霊が枝をしならせた時には、左久夜はすでに呪文を唱えていた。枝が左久夜の頭を打ちつけるよりも早く、術が発動し、風の刃が枝を切り刻む。


 続けて左久夜は、「鬼姫(オニヒメ)!」と、叫んだ。


 その瞬間、背中がざわりとして。次にみぞおちの辺りが、かっと熱くなる。その熱は、一気に全身へと広がり、そこから全ての熱が背中に集まってくる。燃えているのではないかと、錯覚するくらい熱くなったと思ったら、今度は急激に冷えていく。


 それらが、一瞬のうちに左久夜の身に起こり、その一瞬のあとには、十二単を着た美少女が横にいた。同性の左久夜から見ても、目を奪われるほど美しい少女。しかし、彼女の額には二本の角が生えていた。


 華族十三家が脈々と受け継ぐ特別な力、十二神将(ジュウニシンショウ)。彼女は代々、桜家が継承してきた『鬼姫』だ。

 

 鬼姫は美しい笑みを浮かべ、樹霊へと手を伸ばす。

 色白で細い指先には、鋭く伸びる赤い爪。鬼姫は舞でも舞うかのように、すぅっと手を動かした。たった、それだけ。あとには、樹霊の細切れができあがっていた。


「他愛ない」


 くすくすと笑って、鬼姫は消える。左久夜の体の中に戻ったのだ。


 討伐を終え、左久夜は大きく息をついた。

 これまでに数回、作戦には参加したが、鬼姫の力を使ったのは今日が初めて。走り出したあとは、とにかく必死だった。それが今になって、カタカタと手が震えている。


(……土蜘蛛(ツチグモ)は、もっと強いんだから)


 こんなことでは、父の敵など討てない。

 左久夜は力を込めて、震える両手を押さえつけた。さらに、東条が側に来るのが見えて、何でもない顔を作る。


「怪我は……ないようだけど、大丈夫?」


 東条が心配そうな顔で見たので、


「はい、大丈夫です」


 左久夜は、精一杯、笑ってみせた。

 本当は、まだ少し怖かった。それに体がひどく重い。昨夜、ほとんど眠れなかったせいだろう。正直、今すぐ大の字になって寝転びたい。しかし、こっちも勝手な真似をしておいて、泣き言なんかは言えなかった。


「じゃあ、あとは休んでいて下さい」


 東条は優しい言葉を残して、他の班員たちと魔物の検分を始める。その様子を、左久夜は少し離れた所で、ぼんやり眺めていた。

 それもわずか。


 背後から聞こえてきた鈴の音に、左久夜の肩は小さくはねた。まっすぐ、近づいて来る鈴の音。チリンッ、チリンッと弾む音が、もう怒っている。


 絶対に振り返らない。左久夜は心に決めた。

 チリンッ、チリンッ、チリンッ。

 それに合わせて、左久夜の鼓動も早鐘を打つ。鈴の音が、すぐ背後まで迫り、その通りすがり。


「このじゃじゃ馬が」


 耳元で宗右真(ソウマ)の声がしたかと思ったら、後頭部で結ってあった髪を引っ張られた。


「痛い!」


 左久夜は大げさに叫ぶ。しかし、本当のところ、それほど痛くはなかった。宗右真もそれを分かっているのか、全くこちらを振り返らない。左久夜は、その背中をにらみ続けた。


 宗右真は東条と二、三分ほど話をしてから、左久夜の所に戻って来た。いつもかけている細い銀縁の眼鏡は外し、きちんと整えられていた髪も今は乱れている。


「桜、ちょっと来い」


 そう言って、宗右真は、みんなからどんどん離れて行く。左久夜は黙って、あとをついて行った。



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