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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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十三家筆頭と元十三家

 左久夜は、きょろきょろと辺りを見回す。薄暗い廊下に、ぽつんと一人。宗右真の姿はどこにも見えず、がくんとうなだれる。


(……お腹、空いた)


 先ほどまで左久夜は、軍の訓練に参加していた。

 新兵を対象とした魔術の訓練で、左久夜が参加できるよう、宗右真が頼み込んでくれたらしい。その訓練のあと、宗右真は『少し待ってろ』と、どこかへ行ってしまった。


(全然、少しじゃないし!)


 置き去りにされてから、随分と経っていた。

 心の中で一通りの文句を言ったところで、ようやく足音が聞こえてきて、左久夜は振り向く。


 しかし、視線の先にいたのは、待ちかねた人物ではなかった。かといって、まったく知らない相手でもない。以前、三人組の男にからまれていたのを、助けてくれた人物だ。

 

「……こんにちは」

 

 一瞬だけ迷って、先に会釈をしたのは左久夜の方だった。彼も左久夜に気づくと、柔らかく微笑む。


「あぁ、桜さん。こんな所で、また何か?」

「いえ。今日は訓練があって、先ほど終わったところです」

「でしたら、玄関まで送って行きましょうか?」

「人を待ってるんです」


 左久夜が答えると、男は納得したようにうなずいて、言う。


「橘少佐ですか」

「はい」

「では、少佐がいらっしゃるまで、少しよろしいですか?」

「えぇっと……」


 左久夜は答えに迷う。助けてくれたとはいえ、名前も知らない相手だ。


「あぁ、まだ名乗ってもいませんでしたね。大河内貴明(オオコウチタカアキ)と言います」


 彼はよろしくと微笑んでから、


「一つ、あなたにお聞きしたいことがあったんですよ」


 と、話を続けた。


「何ですか?」

「橘少佐とは、どういったご関係で? 許婚(イイナズケ)だという噂は、本当ですか?」

「は?」


 あまりに突然で、左久夜はぽかんと聞き返す。


「少佐の許婚。そういった噂が、」

「ち、違います!」


 慌てて、左久夜は、大河内の言葉を遮った。かぁっと、耳が上から熱くなっていく。子供の頃、一方的に『お嫁さんになる』宣言をしたことはあるけど。


「ぜ、ぜぜん、い、許婚なんて、違います!」


 左久夜は必死に否定して、それから「そういえば」と、話を変える。


「橘少佐と大河内さんって、もしかして、士官学校の同期生ですか?」

「いえ。私は、少佐の一期下になります。でも、そうですね、私が本科へ入った頃には、少佐は有名人でしたよ」


 大河内は、次々と宗右真の話を聞かせてくれた。

 宗右真の士官学校時代のことなど、自分が知らない話は、左久夜の方も聞いていて楽しかった。

 正直なところ、左久夜は大河内を少し苦手に思っていた。前に『女性が騒がしいのは感心しない』なんて、言われたからだ。


 けれど話をするうちに、いつの間にか、そんな気持ちもなくなっていた。

 また絡まれたりしないよう、話し相手になってくれているのかもしれない。左久夜は、そんなふうにも考えていたのだが。それもしばらくの間だった。


「……あの当時から、少佐に魔術で勝てる人間は、いませんでした。ですが、」


 突然、言葉が切れたかと思ったら、大河内の顔からは笑みが消えていた。


「大河内さん?」


 どうしたんだろう。左久夜がそう思った直後。


「左久夜」


 その声に左久夜は、後ろを振り返る。ようやく宗右真が来た。

 どれだけ待ったと思っているのか。


「遅い」


 続けて文句を言ってやるつもりだったのに、言葉は引っ込んでしまう。


 硬質な靴音を響かせ、宗右真がこちらへと歩いて来る。その顔が怖かった。怒っているようだが、左久夜には、その理由がまるで分からない。戸惑っているうちに、宗右真に腕を引っ張られた。一瞬で、左久夜は大河内から引き離され、先ほどまで左久夜がいた所には、宗右真が立っていた。


「な、何?」


 見上げた宗右真の顔は、険しい。大河内をにらみつけるような眼差しだった。一方で、宗右真の肩越しに見た大河内は、笑みを浮かべている。

 仲がよくないのかもしれないと、左久夜は思った。少なくとも、宗右真は大河内を嫌っているようだ。


「これはこれは、少佐殿」

「失礼する」


 宗右真は大河内に素っ気なく言って、歩き出す。左久夜も、背中を押されて歩き出したが、これがかなりの早足だった。


「ねぇ、何なの?」

「とにかく、歩け」


 宗右真が前を見たまま、ささやく。

 左久夜は、気になって振り返った。大河内はまだあの場所に留まり、こちらを見ていた。


「見るんじゃねぇ」

「だから、何なの?」

「あいつは、(アオイ)の人間だ」

「青井? 大河内さんでしょ?」

()華族十三家の、葵だよ」

「え? だって、葵って……」


 自分たちの周りには、誰もいない。それでも左久夜は、自然と声を潜めていた。


「百年くらい前、葵家の当主が十二神将を使って、たくさんの人を殺して、それで、その当主は、ソウちゃんの……」


 ちらりと宗右真を見ると、彼は小さくうなずく。


「うちの先祖が、十二神将ごと斬った。それで、葵は廃家となったが、当主には幼い息子が一人いて、その子供を引き取ったのが、遠縁で跡取りのなかった大河内家だ。つまり、あいつは葵の直系ということになる」


 それには、左久夜も驚いたけれど。


「でも……別に、大河内さんは昔のこととは、関係ないじゃない?」


 率直に言うと、宗右真がピタリと足を止めた。


「そもそも大河内ってのは、由緒ある伯爵家の、大金持ちで、事業も手広くやってたはずだ。それなのに、あいつはわざわざ術師として、軍に入って来やがった」

「大河内さんって、術師なの?」

「葵の直系だから、当然と言やぁ、当然なんだけどな。しかも、かなり優秀だ」


 宗右真はそこで一旦、言葉を切って、小さなため息を挟んだ。


「軍の中には、十三家を特権だと非難する連中や、十三家不要論を唱える連中もいる」

「大河内さんが?」

「さあな。でも、大河内は多分、葵を廃家にした十三家を今でも恨んでる」

「でも、前に助けてくれたよ?」

「は? 何だ、それ」


 宗右真に迫られ、左久夜は三人組に絡まれたことを、洗いざらいしゃべらされた。全部、話し終えると、宗右真は重苦しい息を吐き出す。


「……お前なぁ。いいか。京安(ケイアン)女学院のセーラー服を着て、軍をうろついてるのは、桜の《《女当主》》だって、ほとんどの奴が知ってる。大河内もお前だと分かってて、助けたに決まってるだろ」

「そんなに悪い人には、」


 言いかけた言葉を、「サク」と、宗右真が低く遮った。


「今後、あいつとは一切、関わるな。いいな?」


 宗右真が左久夜の人間関係に、ここまで口出しすることは、なかった。

 それだけ、要注意ということだろうか。


「……分かった。気をつける」


 左久夜が答え、話は終わる。

 それでも、まだ、空気が重い。宗右真はぴりぴりとしているようで。その空気を変えたくて、左久夜は話しかけた。


「この間、持って来てくれた『びすけっと』、おいしかったよ。でもね、最後は左希斗(サキト)に横取りされたの」


 最後の一枚を巡って、ケンカが起きたことを、おどけて話す。そこで、ようやく宗右真が笑った。


「じゃあ、これ、やる」


 上着のポケットから何かを取り出し、左久夜にその手を向ける。そこにあったのは、拳よりも小さめの、紙に包まれたもの。


「何?」

「まんじゅう。同僚にもらった。温泉旅行の土産だとさ」

「ふぅん」


 何の気なしに受け取ると、ほんのりと温かい。どれくらい、ポケットに入れていたのだろう。


(……ソウちゃんの体温、)


 そう思うと、何と言うか、食べづらい。黙り込んだ左久夜の気も知らないで、宗右真はのんきに言う。


「訓練、疲れただろ? 食え。中は、こしあんらしいぞ」

「……うん。ありがと。うちに帰ってから食べる」


 その頃には、普通のまんじゅうに戻っていることだろう。



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