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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
3章 にらみ合う二人、遭遇する二人

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*縁談の相手

 実家に戻った宗右真(ソウマ)は、玄関で首をひねった。女物の、見慣れない草履(ゾウリ)がある。

 突然の来客だろうか。

 今日は、母親から一緒に食事をしようと、呼び出されていた。その際の指定で、わざわざ三つ揃いの背広を着て来たのだが。


 まぁ、食事会が中止となったところで、一向に構わない。この年になって、家族団らんというのは正直、疲れる。


 靴も脱がずに色々考えていると、伊佐木(イサキ)フミが出てきた。宗右真が生まれる前からこの家にいる乳母で、母親よりも怖い人物である。


「お帰りなさいませ、宗右真様」

「ただいま。客か?」

「はい。旦那様のご友人でございます。宗右真様もご挨拶を」


 フミにそう言われれば、従わない訳にはいかない。

 しかし、あの父に、女の友人なんていただろうか。『友人の奥方』の間違いではないのか。多少、引っかかりながらも、宗右真は彼女について、奥の座敷に赴いた。


「ただ今、戻りました」


 宗右真は父に挨拶をしながら、向かいに座る客人を確認する。

 そこにいたのは、華やかな着物に身を包んだ、愛らしい少女だった。年は、左久夜と同じくらい。

 嫌な予感がした。そして嫌な予感というのは、往々にして、よく当たるもので。


「おぉ。宗右真、帰ったか。こちら、伊集院百合子(イジュウインユリコ)さんだ」

「はじめまして」


 彼女は目が合うと、ふわり、微笑む。続けて、彼女が名乗るのを、宗右真は苦々しく聞いた。

 これはいわゆる、顔合わせではないか。

 そのため、食事会を口実に呼び出されたのだと、宗右真は悟った。

 父に目を向けると、わざとらしく咳払いをして、口を開く。


「あー、そのー、なんだ。先日、我が家にあった茶器を、こちらの伊集院伯爵にお譲りしてな。ほら、納屋に、ずっとしまってあった古い物があっただろう? あれだ、あれ。百合子さんは、たまたま、今日、その礼を持って来てくれたのだ」


 宗右真は内心で舌打ちしつつ、笑顔を作って、百合子に挨拶をする。

 約束を破ったのは、父の方。そう開き直った。


「それはそれは。私も今日はたまたま(・・・・)、荷物を取りに戻ったところでして。急いでおりますので、これにて失礼させていただきます。ごゆっくりどうぞ」


 会釈をして、客間を出る。

 伊集院百合子。

 宗右真が、その名を聞いたのは去年の夏。その直後に、左々凪の殉職、左久夜の入院とあって、今の今まで存在を忘れていた。


 宗右真は自分の部屋に入ってから、ネクタイを投げ捨て、畳に寝転がる。

 橘の当主を継いだとはいえ、それはお役目においてのこと。この家で権力を持っているのは、依然、父であった。その父によって、結婚が決められたのなら、宗右真は従うしかない。


 そのまま、怒鳴り込んでくるであろう父親を待っていると、しばらくして、ふすまが開いた。


「宗右真! 何だ、あの態度は。百合子さんに失礼だろうが」


 父の右京(ウキョウ)と、そのあとから母の千鶴子(チヅコ)が部屋に入って来た。百合子は帰ったのだろう。宗右真は体を起こし、言い返す。


「ナギさんの敵を討つまでは待って欲しいと、お願いしていたはずですが」

「そう言って、もう半年以上にもなるではないか」

「たった半年でどうにかできるほど、土蜘蛛は甘くはありません。父上もお分かりでしょう」

「宗右真。お前は橘の当主となった。妻をめとり、子をなすことも、その務め、」


 そこで父親がはっとした顔で、宗右真を見た。


「まさか、お前が一人暮らしを始めたのは……あちらの家で、どこの馬の骨とも分からぬ女子(オナゴ)を、囲っているのではあるまいな?」


 突然、何を言い出すんだ、この父は。

 宗右真が呆れていると、さらに右京は続けた。


「よいか、宗右真。結婚とは好いた女子(オナゴ)とするものではない。家のためにするものだ」


 それに、「まあ!」と、何とも大げさな声を上げたのは、母の千鶴子だった。


「なんと言うことでしょう! つまり、右京様は、わたくしを愛してらっしゃらないと、おっしゃるのね」

「え、あ、いや、それは、」

「わたくしは、今まで右京様をお慕いし、尽くして参りましたのに……右京様には、誰か他に思う方がおありなのね。うぅっ」


 千鶴子は着物の袖口で目元を隠し、嗚咽をもらした。母が得意の泣き落としである。しかも、あからさまに嘘泣きなのだが。

 父は母には弱い。

 宗右真がちらりと目をやれば、案の定、右京は、あたふたとしていた。


「い、いや、違うぞ。千鶴子。誤解だ」

「何が誤解だと、おっしゃるんです? 右京様は、わたくしのことなど、愛してらっしゃらないのでしょう?」

「いや、だから」

「だから?」

「その、あ、愛している。千鶴子。お前しかおらぬ」

「まぁ、右京様。わたくしもあの頃から変わらず、お慕い申し上げております。うふふ」


 母はけろっとした顔で、父の腕をとると、ピタリと寄り添う。


「これ、千鶴子。よさんか」


 口ではたしなめながらも、いかめしい父の顔はゆるんでいた。


 ここまで黙っていた宗右真は、最後の最後、我慢できずに小さな舌打ちを漏らす。

 一体、何を見せられているか。この年になって、両親がイチャイチャしているのは、どうにも胸焼けがする。そして、これが一人暮らしを始めた本当の理由だとは、あまりに馬鹿馬鹿しくて言えるはずもない。


「父上も母上も、そういうことは、よそでやっていただけませんか?」

「あっ、いや、あれだ」

「結婚は、いずれします。ですが、今はナギさんの敵を取りたいんです」

「分かった。ただし、今年、いっぱいだ。あるいは、左々凪の敵を討つまで。それ以上は待たん。分かったな?」

「はい」

「では、伊集院家には、こちらからそのようにお願いしておこう」

「よろしくお願いします」


 宗右真は頭を下げる。

 それで、ようやく部屋から出ていってくれると思ったら、右京がふと振り返る。


「宗右真。くれぐれも、橘の意義を忘れるでないぞ」


 そう言い残して、出て行った。


 十三家筆頭としての、他の十二の家とは異なる役目。


 一つは十二神将が暴走した時、その当主を斬ること。

 そして、もう一つが、十二の家を守ること。


 たった十三の家が、強大な武力を持っているのを気に食わない人間もいる。これまでも、十三家を失墜させようとする陰謀や策略が、様々あったという。

 その対抗手段として、橘は政界、財界問わず、権力者との婚姻を繰り返してきたのだ。


「……意義、か」


 宗右真は、ネクタイを拾い上げ、部屋を出る。

 このまま家を出て行こうと、玄関で靴を履いていると、千鶴子がやって来た。こういうところは中々、勘のいい母親である。とはいえ、先ほどの茶番が、自分を助けるためなのか、本気なのかは、宗右真にもよく分からない。


「宗右真君。これ」


 千鶴子が、風呂敷包みを差し出す。


「何ですか?」

「左久夜ちゃん、好きでしょう?」

「え、」


 思わず、どきりとした。


「先日、いただいたものだけど。ビスケットという、西洋の焼き菓子ですって。左久夜ちゃん、甘い物が好きでしょう。持って行ってあげて」

「……あぁ」


 正確に言うと、あんこだが。それを説明するのも面倒で、素直に受け取っておいた。



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