特訓と、涙のグイグイ
その苦痛に、左久夜はぎゅっと目をつぶる。
宗右真の家に呼び出され、居間のソファーに一人で座らされていた。
体の内から鬼姫の力だけを引き出し、具現化するという特訓だ。それを口頭で教わったあと、「やれ」の一言で、こうなっている。
「……ソウちゃん……いた、いっ」
左久夜は、苦しくて息を詰める。話をするのもつらい。
「初めてだから仕方ない。そのうち慣れる」
仁王立ちで答える宗右真は、つれなかった。
「だって、もう、無理」
「できる」
「本当に、無理、」
左久夜は胸に手のひらを当てたまま。もう何分も、この状態だった。
『自分のあばら骨を引っこ抜くような感じ』
最初に宗右真から、そう説明された時は意味が分からなかったが。いざ始まると、充分すぎるほどだった。あまりに痛くて、苦しくて、まさに宗右真の言った通りだった。
「できない」
左久夜は、小さく首を振って、胸から手を離した。
「できる。痛いのは最初だけだ」
「けど、」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさとやれ」
「そんなこと、言ったって、」
「中途半端なままだから、余計に痛いんだろうが。ほら」
しびれを切らした宗右真が、左久夜の手を掴んだ。
「待って。無理だって。やだ、お願い、やめてっ」
しかし、力で宗右真にかなうわけもない。力ずくで、手のひらを胸に押し当てられる。
「あっ……痛っ……痛いって……バカ! 痛いっ! ソウちゃんの、バカ‼」
左久夜は宗右真の腕に爪を立てる。力一杯、抵抗すると、ようやく宗右真が体を離した。左久夜は肩で息をしながら、涙ぐんだ目でにらみつける。
「無理矢理、することないでしょ!」
「やるって言っただろうが」
「こんなに痛いなんて、聞いてない」
涙が、ぽろぽろとこぼれた。左久夜は膝を抱えて、顔を伏せる。
「がんばるんじゃないのか?」
「……」
「やらなきゃ、いつまで経ってもできねぇぞ?」
「分かってる!」
左久夜は、顔を上げずに答えた。反射的にそう言ったものの、気は進まない。
「だったら、やれよ。強くなりたいんだろ?」
「分かってるって! ちょっと、黙ってて!」
膝を抱えたまま、左久夜は手順をおさらいする。
強くなりたいと願ったのは、自分。今日だって特訓だと言われ、気合を入れてここへ来た。
でも、あの痛みが心を折る。
例えるなら、自分で自分の胸に刃物を突き立てるかのようで。そんなまねが、そうそうできるものか。なかなか、二度目の覚悟が決まらない。
「……大丈夫……大丈夫」
左久夜がぶつぶつと繰り返していると、頭をポンと撫でられた。
「できたら褒美をやるから、がんばれ」
思いがけず、その声は優しい。左久夜はそろっと顔を上げる。
「ソウちゃんって、ご褒美って言えば、あたしがやると思ってるでしょ」
ふてくされながら言うと、宗右真は小さく笑った。笑いながら、着古した浴衣の袖口で、ぐいぐいと左久夜の涙を拭う。
「いらないのか?」
「いる、けど……」
「痛みは最初だけだ。次からは、それほど痛みはないらしい。慣れてくれば、呪文を唱えるだけで、力を引き出すことができるようになる」
「分かってる」
左久夜は座り直して、深呼吸をした。呪文を唱え、右の手のひらを胸に当てる。
「……っ、」
先ほどよりも痛くない、かと思ったら、やっぱりすごく痛かった。左久夜は顔を歪める。
「痛っ……うぅっ」
勝手に涙があふれた。泣きながら、左久夜はゆっくりと呼吸する。指先にふと何かかが触れた、ような気かがした。
「あっ、何か、温かい」
「よし。それを掴んで、そのまま引き抜け」
左久夜は言われた通り、それを引き抜く。同時に痛みはさっぱり消えていた。ほっと息をついて、右手に目をやる。そして、ぽかんとした。
「……何、これ?」
この十数分は、今まで生きてきた中で、一番痛くて、一番苦しかった。それと引き換えに手にしたのは、細くて、長くて、真っ赤な棒きれ。何だか、見たことがある。
そうだ。今日の朝、母親がめざしを焼いていた。その手にあったものとそっくりではないか。
「これ……菜箸だよね。一本だけど」
「あぁ。言われてみれば、菜箸だな」
「これが、あたしの武器?」
「まぁ、初めてだから、こんなもんだろ」
「……」
もちろん、左久夜も初めからうまく行くなんて思ってない。それでも、がっかりしてしまって。左久夜は、ため息混じりに、湯のみをたたく。
コンと響いた、その直後。
湯のみがスパンと真っ二つに割れ、左右に転がっていた。
「え、」
少し残っていたお茶が、テーブルに広がっていく。
「嘘! ごめんなさい!」
左久夜は慌てて、ハンカチを取り出しテーブルをふいた。
一方で、宗右真は、左久夜が放り出した菜箸を、まじまじと見つめている。
「鬼姫の爪か」
「そう言われれば、」
鬼姫の爪も赤くて、このくらいの長さがあった。
「お前にとっての、鬼姫の力の象徴か。初めてにしては、よくやった」
そんな話をしている間に、菜箸は消えてなくなった。左久夜の手から離れたからだと、宗右真は言う。
「でも、あの菜箸じゃ、武器には短すぎない?」
「次からは出す時に、薙刀でも軍刀でも、思い浮かべればいい」
「それって、つまり、自分の思う通りに作れるってこと?」
「理論的には」
「ふぅん」
左久夜がうなずいたところで、宗右真が立ち上がる。
「じゃあ、行くか」
「どこか行くの? 別の特訓?」
「褒美、いるんだろ? 着替えて来る」
今日は、もらい物の菓子ではなく、どこかへ連れて行ってくれるらしい。
「いる!」
左久夜はコクコクと、うなずいた。




