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花は桜、愛でるべし〜女学生が初恋とお役目を全うするまで〜  作者: 倉桐ぱきぽ
2章 力と才能

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特訓と、涙のグイグイ

 その苦痛に、左久夜はぎゅっと目をつぶる。

 宗右真の家に呼び出され、居間のソファーに一人で座らされていた。

 体の内から鬼姫の力だけを引き出し、具現化するという特訓だ。それを口頭で教わったあと、「やれ」の一言で、こうなっている。


「……ソウちゃん……いた、いっ」


 左久夜は、苦しくて息を詰める。話をするのもつらい。


「初めてだから仕方ない。そのうち慣れる」


 仁王立ちで答える宗右真は、つれなかった。


「だって、もう、無理」

「できる」

「本当に、無理、」


 左久夜は胸に手のひらを当てたまま。もう何分も、この状態だった。

 

『自分のあばら骨を引っこ抜くような感じ』


 最初に宗右真から、そう説明された時は意味が分からなかったが。いざ始まると、充分すぎるほどだった。あまりに痛くて、苦しくて、まさに宗右真の言った通りだった。


「できない」


 左久夜は、小さく首を振って、胸から手を離した。


「できる。痛いのは最初だけだ」

「けど、」

「ゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさとやれ」

「そんなこと、言ったって、」

「中途半端なままだから、余計に痛いんだろうが。ほら」


 しびれを切らした宗右真が、左久夜の手を掴んだ。


「待って。無理だって。やだ、お願い、やめてっ」


 しかし、力で宗右真にかなうわけもない。力ずくで、手のひらを胸に押し当てられる。


「あっ……痛っ……痛いって……バカ! 痛いっ! ソウちゃんの、バカ‼」


 左久夜は宗右真の腕に爪を立てる。力一杯、抵抗すると、ようやく宗右真が体を離した。左久夜は肩で息をしながら、涙ぐんだ目でにらみつける。


「無理矢理、することないでしょ!」

「やるって言っただろうが」

「こんなに痛いなんて、聞いてない」


 涙が、ぽろぽろとこぼれた。左久夜は膝を抱えて、顔を伏せる。


「がんばるんじゃないのか?」

「……」

「やらなきゃ、いつまで経ってもできねぇぞ?」

「分かってる!」


 左久夜は、顔を上げずに答えた。反射的にそう言ったものの、気は進まない。


「だったら、やれよ。強くなりたいんだろ?」

「分かってるって! ちょっと、黙ってて!」


 膝を抱えたまま、左久夜は手順をおさらいする。

 強くなりたいと願ったのは、自分。今日だって特訓だと言われ、気合を入れてここへ来た。

 でも、あの痛みが心を折る。

 例えるなら、自分で自分の胸に刃物を突き立てるかのようで。そんなまねが、そうそうできるものか。なかなか、二度目の覚悟が決まらない。


「……大丈夫……大丈夫」


 左久夜がぶつぶつと繰り返していると、頭をポンと撫でられた。


「できたら褒美をやるから、がんばれ」


 思いがけず、その声は優しい。左久夜はそろっと顔を上げる。


「ソウちゃんって、ご褒美って言えば、あたしがやると思ってるでしょ」


 ふてくされながら言うと、宗右真は小さく笑った。笑いながら、着古した浴衣の袖口で、ぐいぐいと左久夜の涙を拭う。


「いらないのか?」

「いる、けど……」

「痛みは最初だけだ。次からは、それほど痛みはないらしい。慣れてくれば、呪文を唱えるだけで、力を引き出すことができるようになる」

「分かってる」


 左久夜は座り直して、深呼吸をした。呪文を唱え、右の手のひらを胸に当てる。


「……っ、」


 先ほどよりも痛くない、かと思ったら、やっぱりすごく痛かった。左久夜は顔を歪める。


「痛っ……うぅっ」


 勝手に涙があふれた。泣きながら、左久夜はゆっくりと呼吸する。指先にふと何かかが触れた、ような気かがした。


「あっ、何か、温かい」

「よし。それを掴んで、そのまま引き抜け」


 左久夜は言われた通り、それを引き抜く。同時に痛みはさっぱり消えていた。ほっと息をついて、右手に目をやる。そして、ぽかんとした。


「……何、これ?」


 この十数分は、今まで生きてきた中で、一番痛くて、一番苦しかった。それと引き換えに手にしたのは、細くて、長くて、真っ赤な棒きれ。何だか、見たことがある。

 そうだ。今日の朝、母親がめざしを焼いていた。その手にあったものとそっくりではないか。

 

「これ……菜箸サイバシだよね。一本だけど」

「あぁ。言われてみれば、菜箸だな」 

「これが、あたしの武器?」

「まぁ、初めてだから、こんなもんだろ」

「……」


 もちろん、左久夜も初めからうまく行くなんて思ってない。それでも、がっかりしてしまって。左久夜は、ため息混じりに、湯のみをたたく。

 コンと響いた、その直後。

 湯のみがスパンと真っ二つに割れ、左右に転がっていた。


「え、」


 少し残っていたお茶が、テーブルに広がっていく。


「嘘! ごめんなさい!」


 左久夜は慌てて、ハンカチを取り出しテーブルをふいた。

 一方で、宗右真は、左久夜が放り出した菜箸を、まじまじと見つめている。


「鬼姫の爪か」

「そう言われれば、」


 鬼姫の爪も赤くて、このくらいの長さがあった。


「お前にとっての、鬼姫の力の象徴か。初めてにしては、よくやった」


 そんな話をしている間に、菜箸は消えてなくなった。左久夜の手から離れたからだと、宗右真は言う。


「でも、あの菜箸じゃ、武器には短すぎない?」

「次からは出す時に、薙刀でも軍刀でも、思い浮かべればいい」

「それって、つまり、自分の思う通りに作れるってこと?」

「理論的には」

「ふぅん」


 左久夜がうなずいたところで、宗右真が立ち上がる。


「じゃあ、行くか」

「どこか行くの? 別の特訓?」

「褒美、いるんだろ? 着替えて来る」


 今日は、もらい物の菓子ではなく、どこかへ連れて行ってくれるらしい。


「いる!」


 左久夜はコクコクと、うなずいた。





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