たい焼き1万個分のキラキラ
「何?」
「やるよ」
鼻の先に突きつけられた箱に、左久夜は数回、瞬く。
瑠璃色のビロードで覆われた箱。
これと同じような箱を見たことがある。母が父からの贈り物だと、大事にしているものだ。その中には、真珠の首飾りが大切にしまわれていた。
「嘘……」
ドキドキしながら、左久夜は箱を開ける。
光沢のある白い布地の上に、首飾りがあった。細い銀の鎖に、キラキラした宝石がついている。薄紅色の少し縦長のハートの石。
「きゃあ! 何これ! ハートの形⁉ かわいい! すごい、キラキラ! 何、これ?」
「サファイア」
「すごい! かわいいー!」
左久夜は、ひとしきり騒いだあとで、ふと我に返った。
「これ、あたしが、もらってもいいの?」
「少し早いけど、誕生祝いだ。今日から肌身離さずつけてろ。そうすりゃ、鬼姫のエサの分も、少しは軽減される」
「でも、これ、いくらするの?」
「気にするな」
「気にするなって。魔導石の価値は値段だって、さっき自分が言ったんじゃない。つまり、いい物は値段も高いってことでしょ?」
宗右真は中々、答えなかったが、左久夜が何度も尋ねると、渋々ながらに口を開いた。
「百圓ちょい」
「ヒャック、エン?」
想像以上の値段に、思わず声が裏返る。
「え? ちょっと待って。確か、学校の先生のお給金が、五十圓くらいって……。え? 待って、待って……百圓でしょ? 百圓っていくら……じゃなくて、えっと……そうだ、たい焼きは、いくつ買えるの? 何個分?」
「いつもの甘味屋なら、一万個。毎日一個食べて……ざっと三十年分くらいか」
「さん、じゅう、ねん?」
左久夜は呆然とつぶやいて、
「無理。無理無理無理無理無理!」と、両手と首を高速で振った。
「そんなの、もらえない! 重い。たい焼き一万個は、重すぎ! 首がもげる! それに、壊したり、なくしたりしたらどうすんの! 責任取れない!」
箱をパタンと締めて、宗右真に返す。すると宗右真はすぐに、箱を押し返してきた。
「だから、やるって言ってんだろ。お前みたいなへっぽこは、こういうもんで底上げしねぇと、使いもんになんねぇんだよ」
「いくらあたしがへっぽこでも、もらえるわけないでしょ! 魔導石なんだから、ソウちゃんがつければいいでしょ!」
「こんな可愛いもん、俺がつけてたら、気持ち悪りぃだろうが」
「え? もしかして、わざわざ、可愛いの選んだの?」
「だよ! だから受け取れ!」
「無理なものは無理! 絶っ対っ、無理!」
左久夜は返すが、再び、こちらへ押し戻された。左久夜はじぃっと、宗右真を見る。
「ソウちゃんって、お給金、いくら貰ってるの?」
「……」
「ねぇ、ねぇ」
左久夜は、また、しつこく聞いたが、今度は「言うわけねぇだろ」と、かわされた。
「いいから、受け取れ」
「無理だって」
二人の間を、箱が行ったり来たり。それが何度か続いたあと、宗右真の手が止まる。しかし、そこで終わったわけではなかった。
「お前が受け取らないなら、ここで燃やす」
いきなり、宗右真が強硬手段に出た。箱の中からネックレスを掴み出すと、本当に呪文を唱え始める。
「ちょっと!」
左久夜は慌てて、ネックレスを持つ宗右真の手を両手で握りしめた。
「何すんの! 意味、分かんない。百圓もしたんでしょ! もったいないじゃない!」
「さっさと受け取らねぇからだろうが」
「だって……」
「何だよ」
「だって、あたし、ソウちゃんに負担ばっかりかけてるんだもん」
左久夜はうつむいた。その手にネックレスが握らされる。
「そう思うなら、努力しろ」
「……はい。がんばります」
しおらしく、左久夜は返事をする。
「とりあえず、お前は魔術の基礎を繰り返しやれ。分かったな? それから、甘いもんばっか食ってないで、食事はちゃんととれ。運動をして、体力をつけろ」
言われるまま、左久夜はその全てに「はい」と、うなずいていった。
「あとは、特訓もな」
「はい」
これまでと同じ調子で答えた左久夜は、一拍置いて、首をひねる。
「……え? 特訓? 特訓って、何?」
「特訓は特訓だ。覚悟しておけ」
宗右真は、にっと笑った。
その後、左久夜は昼前に家を出た。
帰り際には、お古の魔術書を渡される。これを完璧に習得しろとのこと。
そして、もう一つ。しし屋のようかんは、昨日の作戦でおとなしくしていた褒美だと言う。もっとも、宗右真も実家に寄った際に、押しつけられた物で持て余していたらしい。
とはいえ、しし屋のようかんは、季節の贈答品にも使われる高級品。左久夜は、ありがたく頂戴した。




