『窓際ぉ席』の正体
居間に戻った左久夜は、先ほど渡された栄語の本を手に取る。どんな感じなのかと開いたものの、すぐさま閉じてしまった。びっしりと紙面を埋め尽くす文章は、まるで、呪いの呪文のよう。一人じゃ、とても解読できない。
ふとソファを見やれば、頼りの宗右真は、気持ちよさそうに眠っていた。
「とりあえず……」
左久夜は、散らかった部屋を見渡した。食べたまま放置された食器、床に転がる酒瓶。
「……よし!」
左久夜は、昨日のお詫びも兼ねて、片づけを始める。何とか宗右真が起きてしまうまでに、きれいにしておきたい。
脱ぎっぱなしの制服を拾い上げ、しわを伸ばしてソファにかける。酒瓶は中をすすいで勝手口にまとめ、ゴミはゴミ箱へ。
そして。最後に、座卓の食器を積み重ねる。
小皿が四枚に、湯呑みが二つ、お箸が二組。食器が崩れないよう、注意しながら運んでいたのだが。手元にばかり注意がいってしまって、足元はおろそかになっていた。何かの紙を踏みつけ、足がすべる。
「え、わっ、……っ!」
何とかふんばって、左久夜自身は倒れずに済んだれど。食器は手を離れ、大きな音を立て、大破していた。
恐る恐る振り向くと、宗右真が目を覚まし、体を起こしている。
「ごめん、なさい!」
すぐに左久夜は頭を下げた。しかし、反応がない。怒鳴り声が飛んできても、おかしくないはずなのに。
左久夜は、そろそろと顔を上げる。
「ソウちゃん?」
呼びかけてみるが、やっぱり反応はなかった。
「ねぇ、大丈夫?」
左久夜は側まで行って、膝をつく。顔を覗き込んで、もう一度、尋ねる。すると宗右真は「ん」と、子供みたいにうなずいた。
「お水、持って来ようか?」
立ち上がろうとした左久夜の手を、宗右真が掴んで引き止める。かと思えば、宗右真は、そのまま動かなくなった。どこかの仏像みたいに固まって、ただただ、ぼんやりと一点を見つめている。
宗右真が、ようやく顔を上げたのは、十数分後のこと。
「……サク?」
今、気づいたように言う。
「お前、何して……なんだ、この有り様」
しゃべっている途中で、宗右真は床に散乱した食器の欠片に気がついたらしい。小さくため息をついた。
「ごめんなさい。片づけようとしたら割っちゃって」
左久夜は、急いで食器の破片を片づけようとしたが。「触るな!」と、一喝されて、反射的に手を引っ込めた。
「怪我したら、危ないだろ」
「あ、うん」
「……えぇっと……あぁ、そうだ。トラは?」
「少し前に帰った。サヤたちを、百貨店に連れてく約束なんだって」
「あぁ、そういえば」
つぶやいた宗右真は、次の瞬間、眉間にしわを寄せる。眼鏡をかけていない彼は、そうやって机の上の本を凝視した。
「おい、その本」
「あ、あれ?」
左久夜は、机の本を取りに行く。その時に、机の下で発見した眼鏡を宗右真に渡した。
「この本、トラちゃんが貸してくれたの。でも、栄語だから、中身はソウちゃんに聞けって」
「馬鹿。それは俺の本だ。勝手に部屋から持ち出しやがって」
「え?」
あのクソトラと、宗右真は舌打ちする。
『サクちゃんに、ちょうどいいと思うんだ』
『ソーマはサクちゃんのこと、ちゃんと考えてるよ』
木寅はそう言った。
考えてくれた結果が、この本なのだろうか。左久夜は尋ねる。
「ソウちゃん。『窓ぉ、席?』って、何?」
宗右真は再びため息をついて、
「とりあえず、片づけてからだ」と、部屋の掃除を開始する。
「何か手伝う」
左久夜も、すぐさま立ち上がったが。
「頼むから、大人しく座っててくれ」
そう言われて、仕方なく、ソファで待った。
宗右真は、一人で部屋を片付けると、部屋に戻って着替えて来た。かなり着古した藍染めの浴衣。おまけに横の髪は、寝癖でぴょんと跳ね上がったまま。いつものこととはいえ、休日の宗右真は、ちょっとだらしがない。
宗右真は、台所で二人分のお茶を入れてきて、ようやく腰を落ちつけた。
「それで?」
左久夜は、ソファの前の床に座り直して、話の続きを促した。
「魔導石ってのは、それ自体が魔力を持つ鉱石のことだ」
宗右真が、机の上に字を書いてくれたので、左久夜にもようやく理解できた。
「あんより聞かないよね?」
「あんまりって言うか、全然だろ。この国じゃ、魔導石はほとんど産出しねぇから、研究もほとんどやってない。そういった意味じゃ、栄国は魔術の研究も盛んだしな」
だから、お前も栄語はちゃんと勉強しろと、説教が始まりそうになって、左久夜は慌てて話を戻す。
「結局、魔導石って何なの?」
「簡単に言えば、増幅器だ。石自体が魔力を帯びてるから、装備した人間の魔力が増える。おまけに、魔術の威力を増幅する効果もあるらしい」
「ホント?」
左久夜にとっては朗報だが。
「でも、それって、どこに売ってるの?」
それが一番の問題だ。宗右真の話だと、イズミで手に入れるのは不可能に思える。
「百貨店にでも行けば、売ってるだろ。魔導石ってのは、ダイヤとか、ルビーとか、宝石のことだからな」
「そうなの?」
宗右真が本をパラパラとめくって、こちらへ向ける。そこには、そう言ったことが書かれてあるのだろう。しかし全文、栄語。左久夜には、何がなんだか分からない。
「石によって増幅効果に差があるらしいが、それはモース硬度に比例するらしい」
「申す、こおど?」
これにもまた、左久夜は首を傾げる。
「つまり、一番いいのがダイヤモンド。その次にルビーとサファイア。あとは……」
宗右真は再び、本をめくる。
本の真ん中辺りに、紙切れが挟みこまれていた。本には一覧表が載ってあり、紙に書かれているのは、その部分を訳したもののようだ。
左久夜は「へぇ」と、手書きの方を覗き込む。
モース硬度は、一から十まであった。その七の欄で目が止まる。
「あ、水晶は知ってる」
「水晶? お前は元々、魔力が少ねぇから、硬度八以上が望ましいんだけどな。まぁ、そうは言っても、石の大きさや品質も影響するみたいだから」
「つまり?」
「早い話、魔導石としての価値は、値段ってことだ」
左久夜は、手書きの一覧に目を戻した。
硬度八以上となると、トパーズ、スピネル、アレキサンドライト、キャッツアイ。そしてルビー、サファイア、ダイヤモンド。
聞いたこともない名前ばかり。
かといって、左久夜でも知っているダイヤモンドは、世界一、高価だと言われている宝石で。
「そんなの、買えないでしょ……」
左久夜は机に突っ伏した。
そもそも、舶来の品は、どれも値が張る。その中でも、宝石は別格。女学生の小遣いではもちろん、気安く親にねだれるものでもない。
「ソウちゃんのバカー。期待しちゃったじゃない」
左久夜は、にらみつけて八つ当たりした。
宗右真は何も言わず、浴衣の袂から何かを取り出して、それで左久夜の頭をポコンとたたいた。左久夜が「痛い」と、言った声は無視される。
「ソウちゃんのバカー」
「誰が馬鹿だ」
「バカバカバカー」
「うるせぇな」
宗右真が、「ほら」と、細長い物を差し出した。先ほど、左久夜の頭をたたいたものだ。




